幕間 ……お姉ちゃんは……私が……幸せにする
「……あっ……雨」
突然降りだした滝のような雨は、紺色のワンピースをあっという間に濡らし、肌着にまで染みこんでくる。文字通りのびしょ濡れ、傘がないので成す術がない。天気予報は雨だったのに、外が快晴だから油断した。
だけど……私は雨が嫌いじゃない。むしろ好きだ。
山から海へと流れた水は、やがて蒸発し、雲となり、水滴となって私に降りかかる。自然を排した人工的な生活の中で、自然の流れを肌に感じる数少ない瞬間、それが雨だ。そのエネルギーを全身で受け止めるのは、まるで自分が自然の一部に回帰したようで、少し心地が良い。
空模様とは対照的に晴れやかな気持ち。
できたばかりの水たまりを軽やかに蹴り、右の角を曲がった、次の瞬間──
「あたしって相合傘に向いてると思いません?」
「相合傘に向いてるも何もないだろ」
私の足はその水たまりを、再び踏んでいた。
見たくない。
見たくない見たくない。
本能がそう叫び、逃げるように元来た道を引き返す。
私の好きな人。お姉ちゃんの好きな人。それなのに、彼の隣にいるのは──別の人。
「……なんかたっくん、女の匂いがしますね」
「おい、ワイシャツを嗅ぐな」
私の知らない星波の声がそこにある。私の知らない星波の顔がそこにある。私の知らない星波の時間が、そこにはある。
たとえこの場を離れても、その事実は何も揺らがないのに……臆病な私には、目を背けることしかできない。
聞きたくない。
聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
跳ねた水は靴下をも濡らし、足元から全身が冷やされる。地面を踏む度に起こるグシュグシュした感触が、気持ち悪くて仕方ない。
そんな不快感を纏いながら、私は姉のいる自宅へと急いでいた。
※
「……ただいま……お姉ちゃん」
「ふゆ!? びしょ濡れじゃない」
「……傘……忘れちゃった」
「何してるのよ。ほら、早く上がりなさい」
お姉ちゃんは慌てて私にタオルを持ってくると、髪の毛をわしゃわしゃ拭いてくれた。
それはとってもふかふかで、温かくて、ほのかに甘い匂いがする。もしも愛に実体があるならば、それはきっと、このタオルみたいに優しい肌触りなんだろうな。
「……ごめん……頼まれた野菜……買えなかった」
「そんなこと気にしなくていいから」
「……でも……ご飯が」
「冷蔵庫にあるもので作るから大丈夫よ。それより早くお風呂に入って。ふゆが風邪をひく方が困るわ」
「……ありがと」
──世の中には、幸せになるべき人がいる。たとえばそれは、人の幸せを、心から願える人。
私の姉はきっと、幸せに値する人だと思う。自分のことよりも、いつも誰かを想ってる。お姉ちゃんが幸せにならないなら、好きな人に選ばれないなら……間違ってるのは、世界の側だ。
「……ねぇ……お姉ちゃん」
「どうしたの、ふゆ?」
「……お姉ちゃんは……私が……幸せにするね」
「何を馬鹿なこと言ってるの。早くお風呂入ってきなさい」
「……うん」
天宮星波と結ばれるのは──お姉ちゃんがいい。
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