第9話 真夏さん、鼻ほじるの……?

「おっじゃましまーす♪」

「ど、どうぞ。散らかってるけど……」


 放課後。

 俺はとても上機嫌な涼川真夏を、自宅にお招きしていた。


 ……いや、俺だって意味がわからない。

 幼馴染のいのりはともかく、まさか真夏さんまで俺の部屋に──だが同じプニキュアを愛する者として、「オタク仲間とプニキュアにを語り合いたいの!!!」なんて熱弁されたら、さすがに付き合わざるを得ないじゃないか。


「すごっ!? ほんとにプニキュアに囲まれてる……!」

「まぁね」


 机の上、棚の上。床から壁から天井まで。一面にプニキュアが敷かれた自慢の部屋に、真夏は感嘆の声を上げた。

 いのりの時とは違う羨望の眼差しが、俺は嬉しい。


「ねぇ天宮! その壁紙って、もしかして一番くじの……?」

「そうそう、正月のラストワン賞」

「いーなーーー。私も欲しかったけど、金欠で断念しちゃったの」

「タイミングもあるよね。俺の時は運よくラスト5つだったから、ちょっと粘ったけど」

「羨ましぃ……」

 

 真夏の口から一番くじというワードを聞くのは、なんだか不思議な気持ちだ。

 いつも友だちに囲まれていて、キラキラしていて、俺とは別世界の住人みたいに感じていたから。


「いやー、それにしても。まさか天宮がプニキュアオタクだったとは……意外だったな」

「意外、かな。俺がオタクなのは、割と有名だと思うけど」


 もちろん悪い意味で。

 入学式の一件はいまだに尾を引いてる。なんと言っても、残念クソオタクだし。


「もちろん天宮がオタクはなのは知ってたけどね? それがプニキュアだとは思わないじゃん」

「まあ……たしかに」


 プニキュアは大人にも根強いファンがいるが、メインターゲットはあくまで未就学の女の子。たしかに男子高校生が推しているとは、普通は考えないか。


「でも正直。俺より真夏の方が意外な気がするけどな。俺と違って、アニメとかあんまり見なそうだし」

「……まぁ、そういう自分を演じてるからね」


 そう言って、真夏は「はぁ」とため息をついた。


「演じてるって、どういうこと?」

「高嶺の花だとか美少女だとか、周りから好き勝手言われるじゃない?」

「そう、だな。真夏さんも深冬さんも美人だし」

「でもって、鼻でもほじろうもんなら、解釈違いだの裏切りだの。また好き勝手言われるのよ」

「真夏さん、鼻ほじるの……?」

「たとえよ、たとえ」


 ……冗談わかりづらいな。

 空気が真面目だから、笑うタイミングに気付けなかった。てっきり鼻をほじりたいのかと。


「そんなわけでね。変にオタ活を公言して、逆ギレされても面倒くさいし。結局、みんなが求める高嶺の花を演じるのが楽なのよね」

「いろいろ大変なんだな」


 きらきらした世界だなー、なんて。無責任に思ってたけど。

 常に周りから注目されるって、よく考えたらすごいストレスだよな。下手に鼻もほじれないだろうし。中村みたいなのに絡まれるリスクもある。


「だから普段はプニキュア好きも隠してるんだけど。さっき副会長に言われた時は、ついカッとなっちゃた」

「その節はありがと。おかげで助かった」


 ただでさえ理詰めの説教に参ってたのに。そこで推しまで否定されたら、俺は正気を保てなかっただろう。


「ううん、気にしないで。……ま、だからね。自分らしく生きられるプニキュアとか──あと、ふゆとか。そういう人たちを見ていると、ちょっと羨ましくなるんだ」

「そっ、か」


 切なげに語る真夏を見て、俺は思う。


 ”高嶺の花の双子姉妹”


 その肩書は真夏にとって、決して生きやすいものではないのだろう、と。


「というわけで! 暗い話はこの辺でおしまーい」

「う、うん」


 突然だな。


「てなわけで天宮? 今週の日曜日、プニキュアの映画に行くわよ」

「えっ! ま、まあ空いてはいるけど……ほんとに俺とで良いの?」

「去年まではふゆが付き合ってくれてたんだけどねー、今年は行かないって言うし。丁度ここにプニオタがいるなら、利用しない手はない!」

「り、利用って……別に俺は構わないけど。というか日曜って公開当日じゃない?」

「そうよ。私、絶対にネタバレ踏みたくないもの」


 まあ気持ちはわかる。

 最近はSNSですぐ情報が流れてくるし。完全に自衛するなら当日に観るしかない。


「けど公開日って、子連れとか多いんじゃない?」

「そうね。だから最終20時の回にしましょ」

「それならたしかに小さい子はいないけど……終わりが22時になるし、親御さんが心配するんじゃない?」


 俺は1人暮らしだから大丈夫だけど、年頃の娘が終電が帰って来るのを、許容する親はいないだろう。


「大丈夫。ママには友だちの家に泊るって言ってあるから」

「じゅ、準備が早いな」

「てことで私、そろそろ帰ってご飯作らなきゃ! てことで日曜日は17時にそこの駅前集合でよろしく。それじゃ!」

「お、お気を付けて……」


 そうして真夏は嵐のように去ったのだった。


 ……あれ?

 さっき真夏、泊るって言った?

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