第8話 じゃあ今度の映画、私と一緒に行こっ!
視聴覚室を出ると、俺は近くの階段から2階へ駆け下りた。そして勢いのまま、3年生の教室がある広い廊下を走り抜ける。
少し遠回りだけど、この人混みなら、深冬たちも上手く
「──廊下は走らないでください」
「はいっ! す、すみません」
だが分厚い資料を抱えた三つ編みの女子生徒に、俺は止められてしまった。
海原さん、だっけ。1年生の時から生徒会で副会長をやっている、次期会長候補。……風紀に厳しいことで有名なのに、生徒会室近くを全力疾走したのは不用意だった。
「天宮星波くん、ですね」
「そう……です」
すると海原さんはクイッと眼鏡を上げた。
クラスは違うのに、俺のこと知っているのか。
「廊下を走ってはいけない。小学校で習いませんでしたか?」
「習い、ました」
「小学生に比べて、高校生は身体も大きく成長しています。もしも衝突すれば、重大な事故にも繋がりかねません。そうした危険な行為であることは理解できますか?」
「……理解できます」
理詰めで来るタイプの説教だ。
あまりの正論にぐうの音も出ず、ただただ自己嫌悪の気持ちが募っていく。苦しい。
「そして、もう一つお話があります」
「は、はい……」
「天宮くん、最近視聴覚室に出入りしていませんか?」
海原さんはまたも眼鏡をクイッと上げた。
……もしかして、俺と深冬と2人でいるところ、誰かに見られてる? だとすれば厄介だ。
深冬も怖いけど、深冬に好意を抱く大量の男どもを敵に回すのはもっと恐ろしい。下手したら命の危機だ。
「あ、あの。どうしてそれを?」
「情報元は関係ありません。事実かどうかを聞いています」
「はい……事実、です」
俺が答えると、海原さんは「はぁ」と深く溜め息をつき、軽蔑するような目で俺を睨んだ。
「昼休み及び放課後に特別教室を使用する場合、生徒会の許可が必要なのは知っていますか?」
「は、はい。一応……」
知ってはいるが、守っている人を見たことはない。正直言って、形骸化したルールだと思う。
「念のため言っておきますが。他の人もやっている、ということは理由になりません」
「も、もちろんです」
いま絶対俺の思考を読んだよね? エスパーなの?
「ルールというのは守るためにあります。守る必要のないルールはあり得ません。学校という集団生活の場において、ルールを軽視する人間の存在がいかに悪影響を与えることか。よく反省してください」
「すみません、でした。以後気を付けます……」
ここまで人に詰められるのは入学式以来だ。
しかも今回は教師ではなく同級生が相手、そして弁解の余地もない。
「そのプニキュアのストラップも、ですよ?」
「えっ? ……あ」
しまった。普段は鞄の内側に隠しているプニキュアのラバストが、さっき走った拍子にはみ出たらしい。
「校則で許されているサイズよりも、一回り大きいように見受けられます」
「すみません」
「そもそも高校生の男子が、プニキュアのグッズを大っぴらに身に付けるということ自体、私は問題があると考えます」
「問題、ですか」
たしかにプニキュアのメインターゲットは未就学の女児だ。校則違反もまた事実。
だけど……自分の好きな気持ちを否定されるのは、やっぱり。
「──それはちょっと違うんじゃないかしら、副会長さん」
後ろを見ると、なんと仁王立ちをした涼川真夏が、海原さんを睨み付けていた……!
「違うとはどういうことですか? 涼川真夏さん」
俺が尋ねるより先に、海原さんが言った。
だが真夏は怯むことなく、腕組みをしたままはっきりと答える。
「表現の自由と思想・信情の自由は憲法で保障されているわ。天宮が何を付けていようと、他人に何かを言われる筋合いはないはずよ」
「憲法ではなく、私は校則の話をしています。一人がルールを破ることで、集団の秩序が乱される可能性も──」
「そんなことで乱される秩序に、私たちが付き合う必要はないわ。行きましょ、星那」
「ま、真夏!?」
真夏は俺の手を引き、ずんずんと歩き出した。周りの3年生から、奇異の視線が向けられるのを感じる。
「ど、どうして──」
「天宮ってさ。プニキュア好きなの?」
「う、うん。好きだけど……」
真夏の足がピタッと止まった。
「真夏さん?」
そしてゆっくり振り返った涼川真夏は、これまで俺に見せたことのない、満開の笑顔を咲かせていた。
「じゃあ今度の映画、私と一緒に行こっ!」
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