第14話 あたしのセクシーな水着見たいでしゅもんね♡

 それから一月が経ち、7月の下旬。

 明日はいよいよ夏休み──にもかかわらず。なぜか中村の元気がない。どうでも良いけど。


「天宮ぁ~、聞いでぐれよぉ~」

「……なんだよ、鬱陶しい」


 纏わりつく中村の腕を振り払い、俺は読みかけのラノベに視線を戻す。今学期一度も席替えしなかった担任を、俺は決して許さない。


「この前のテストがさぁ~、大爆死だったんだよぉ~」

「そうかそうか」


 まあ妥当だろう。

 中村が授業中に起きてるのを見たことがないし、家で勉強している様子もない。テストがちゃんと機能している証拠だ。


「はぁ~、天宮はいいよなぁ~。テストは学年8位だし、高嶺の花とも仲良さげだし」

「……なんで俺の順位知ってるんだよ」

「今朝からそこに貼ってあるぞ?」


 あぁ、ほんとだ。

 それでさっき、黒板の前に人が群がってたのか。


「ちなみに1位は深冬さん、2位は生徒会副会長の海原さんな」

「へぇ」


 すごいな深冬、また1位だったのか。

 そして海原さん……この前の詰め方、怖かったなぁ。あまり思い出したくない。


「というか天宮さ。最近色気づいてね?」

「えっ、どこが?」


 そんな事実は断じてない。これからもこの先も、俺の嫁はプニクローバーただ一人。

 何より、毎日性懲りもなく女子に言い寄ってる人間にだけは、絶対に言われたくない。


「だって天宮、髪切る店代えただろ?」

「まぁ、うん」

「ワイシャツにも皺がないし、毎日アイロンをかけるようになった」

「よ、よく見てるな」


 真夏に指摘されてから、身だしなみに多少気を遣うようになったのは事実。

 色気づいたわけではないが、女性に普通じゃないと言われるのは、さすがに俺もショックだった。


「天宮まさかお前……! ついに彼女が──」

「できていない、安心しろ」

「いーや、怪しいな。夏休みの予定は?」

「短期バイトを入れまくりつつ、稼いだお金で推し活かな」

「なら……いいけどよ」


 中村に許可される筋合いはないが、本当に嘘はついていない。

 真夏と映画に行って以降、次の約束どころか、むしろ距離を置かれている感さえある。教室で話すこともないし、目が合いそうになるとプイッと目を逸らされるし。

 だが中村は、依然として半信半疑という表情。


「もし女の子と遊ぶことあったら、絶対に俺を誘えよ」

「まぁ、善処はする」


 ……2学期こそは席替えしたい。



 終業式は午前中で終わるので、午後からは実質夏休みだ。

 帰宅部の俺は速やかに下校し、嬉々として帰ってきたのだが……なぜか家の前に、見慣れた顔が立っている。


「あ、たっくん! おかえりなしゃ──」

「なんでいのりがいるの?」

「合鍵返してく~だしゃい♡」


 きゅるんとした瞳で、俺に両手を差し出すいのり。さすがに帰宅が早すぎる。

 そしてもちろん。いのりに返すべき合鍵はない。


「いや。そもそもいのりに合鍵をあげた覚えはないぞ?」

「え~、たっくんのけち~。お隣さんも半同棲も変わらないじゃないでしゅか~?」

「大いに変わるだろ」


 その論理だと、俺は逆隣に住んでいるおじさんとも半同棲していることになる。おじさんもびっくりだろう。


「まっ、それはとりあえず良いや」

「何も良くないが……?」

「夏休みはいつ遊びましゅ?」

「なぜ遊ぶ前提……予定詰まってるから無理かも」


 嘘ではない。バイトと推し活で、俺のスケジュールはびっちりだ。


「えぇっと今週のたっくんは……水曜日は一日弁当詰めのバイト、金曜日は夕方から弁当詰めのバイトで、土曜日は遊園地のプニキュアショー。日曜日はライブだから、木曜日なら空いてましゅね♡」

「待って待って待って!」


 怖すぎるだろ。なんで俺の一週間の予定を全部把握してるんだよ。


「彼氏のスケジュール管理は、彼女として当然でしゅよ♡」

「どさくさに紛れて、ありもしない事実を捏造するな」

「というわけでプールに行きましょ? あたしのセクシーな水着見たいでしゅもんね♡ たっくんのエッチ」

「行くとも見たいとも言ってないだろ……」


 エッチの部分は否定できないが、いずれにせよ、いのりと2人で外出はさすがに怖い。弁当箱にGPS仕込むような女だし、何をされるかわからない。

 かといって安易に断るのも危険だし……そうだ!


「ねぇ、いのり」

「なんでしゅか?」

「もう一人、友だち誘っていい?」

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