第13話 ……大好きな人が……仲良しなのは……嬉しい

 水曜日の朝、始業の一時間前。

 誰もいない静かな朝の教室で、俺は黙々と英文を読んでいた。


 推し活はお金がかかるし、休日はバイトを入れたい。だから俺は勉強時間確保のため、平日はこの時間に登校しているのだ。

 うちの高校は進学校には珍しくバイトOKだし、教室で1人だと勉強も捗るもんね。

 

「……あれ……星那……早いね」


 が。どうやら今朝は1人ではないらしい。


「あ、深冬さん。おはよう」


 ガラガラと、涼川深冬が教室の扉を開けた。

 珍しいな、こんな時間に。まさか俺を監禁するために──というわけではなさそう。扉を閉めることもなく、まっすぐこちらに歩いてきた。


「……星那……何してるの?」

「英語の勉強だよ。長文が苦手だから」

「偉いね……隣座って……いい……?」

「ど、どうぞ」

「……ありがと」


 涼川深冬は中村の席に座り、藍色のカバーに包まれた本を広げた。

 ……なんの本読んでるのかな。深冬の成績は学年1位だし、俺が好むような本ライトノベルでないことはたしか。きっと小難しい哲学書とか、そんなだろう。たぶん。


 朝の日差しに照らされながら、細い指で本のページをめくる涼川深冬。その横顔は、まるで女神のように美しかった。

 まつ毛は長いし、口は小さいし、肌は白い。本当に綺麗な姉妹だな。


「私の顔……何か……付いてる?」


 ふと。深冬は本を置き、不思議そうに小首を傾げる。


「い、いや。何も」

「……もしかして……私に……見惚れてた?」

「そんな感じ、かも」

「……ふふっ……正直で……よろしい」

「み、深冬!?」


 流れるように。深冬は両の手を俺の右手に優しく重ねた。

 女の子特有のふわりとした柔らかな感触。それはあまりに刺激が強くて、俺はすぐに手を引っ込めてしまう。


「……ぶう……いじわる」

「ご、ごめん」

「……でも……そういうところも……好き♡」


 心臓が破裂しそうだ。

 その澄んだ瞳が何を考えているのか、俺にはまったく読めない。


「……星那……髪……切ったんだ」

「えっ? あぁ、うん。昨日の放課後にね」


 真夏さんが紹介してくれた、人生初の美容院。

 きらきらした雰囲気のお兄さんに、最初は圧倒されたけど。コミュ障にも優しい素敵な方で、手入れのこともいろいろ教えてくれた。

 我ながら、結構イケてる感じになった気がしないでもない。


「……いいね……似合ってる」

「あ、ありがと」


 すると深冬は俺から目を離し、分厚い本を再び広げた。

 俺も視線を机の英文に戻す。


「……髪のこと……お姉ちゃんに……言われたの?」

「そうだよ。映画の時に」

「……そっか……星那はお姉ちゃんが……好きなんだ」


 本に目を向けたまま、深冬が細い声で、独り言のように呟いた。

 ──はい?

 

「いや、その」

「……私も……好きだから……お姉ちゃんのこと」

「そ、そうだよね」

「……大好きな人が……仲良しなのは……嬉しい」


 深冬のその横顔は、いつにも増して、儚げだった。

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