第14話「狙われた街!蜘蛛の罠、迫る!」
「誠一郎くんが風邪?」
放課後、ティアはひなたの重々しい言葉に眉をひそめた。
「うん、今日も学校を休んでる。」
その声はどこか沈んでいた。教室の窓から射す夕陽が、机の上の影を長く伸ばす。ひなたの胸の奥に、じりじりとした不安が広がる。
放課後、ひなたはその足で誠一郎の家を訪れた。部屋に入ると、閉めきったカーテンの隙間からこぼれる光が、ベッドに伏す彼の横顔を淡く照らしている。顔色は悪く、唇もかすかに乾いていた。それでも彼は、無理に笑って言った。
「ごめん、来てくれたのに……」
「謝ることないよ。でも、その“ごめん”って……」
ひなたが問いかけると、誠一郎は視線を逸らし、「風邪をうつしたら悪いから」と短く答えた。
その声の震えが、ひなたの心を強く締めつける。
(……嘘だ。そんな声、聞いたことない。何かを隠してる)
思い返せば、彼が熱を出して学校を休み始めたのは――あのイービルゲルとの戦いの直後だった。あのときの衝撃波、光の残滓。偶然で片付けるには、あまりにも出来すぎている。
けれど、彼を責めることもできない。自分だって“ブレイブメイデン”として戦っているという大きな秘密を抱えているのだから。
別れ際、テレビから流れたニュースが耳を打つ。
『連続行方不明事件、被害は40人以上に』
「また……増えてる」
ひなたは唇を噛み、拳を握った。
(急がなきゃ。誰かが、次の犠牲になる前に……)
「いやっ、放して!誰か助け、むぐっ……!!」
闇に沈む路地裏。冷たい風が吹き抜ける音の中、少女の悲鳴が瞬時にかき消された。暗がりの奥で、蛇の尾がゆらりと蠢く。サーペントゥーナが妖艶に囁く。
「これ以上さわいじゃ駄目♡ あなたにはもっと“恐怖”を奏でてもらうから」
その声は甘く、そして冷たい。捕らえた獲物の震えを指先で感じながらも、彼女の瞳には焦りが宿っていた。
異界の祭壇――。サーペントゥーナは捕獲した供物を捧げ、アビスロードの前に跪いた。しかし、その主の声は低く、苛立ちを孕んでいた。
「サーペントゥーナよ。計画が難航しているではないか。バザールがいれば既に七割は開いていただろう。」
「それにブレイブメイデンズに計画が漏れたそうだな。」
普段は無口なデスナイトの言葉が、異界の空気をさらに重くする。サーペントゥーナは一瞬唇を噛んだが、すぐに優雅な笑みを作り、頭を垂れた。
「申し訳ございません。すぐに体制を整えます。……アララ・クネラ、クロコダイター、出なさい」
暗闇の底から現れたのは、蜘蛛の下半身を持つ女と、大金槌を掲げるワニ型の戦士。二人の影が地を這い、跪いた。
「アララ・クネラの蜘蛛糸を使い、人間達の捕獲を円滑に行います。この者の糸は、闇よりも粘り強く、美しい罠を編めます。そしてクロコダイターには護衛と迎撃を任せます。彼の怪力と水中戦なら、どんな獲物も逃れられませんわ」
アビスロードは長い沈黙の後、低く告げた。
「うむ、そなたの活躍に期待しよう。」
だが、サーペントゥーナの胸の奥では、別の感情が渦巻いていた。
(失敗は許されない……私の存在ごと、闇に呑まれる)
誠一郎の家を後にしたひなたは、胸のざわつきを押さえきれぬままバイオス邸へ向かった。
夜の帳が落ちると同時に、パトロールの準備が始まる。だが、サーペントゥーナの姿はどこにも見えない。行方不明者は増え続け、街は不安に包まれていた。
次の日も、彼のお見舞いを終えた後、少し遅れて屋敷に戻ると――リビングには、みのりとティアの二人だけがいた。
「ひなたちゃんも仮眠を取ったら? 学校に、夜のパトロールに、お見舞いまで行ってたんでしょ。一番忙しそう。」
「大丈夫だよ。みのりちゃんこそ、仮眠取らなくていいの?」
柔らかい灯りが、二人の影を壁に映す。
みのりは微笑もうとしたが、その笑みの奥に翳りがあった。
「私、みんなの役に立ててるかな……。ひなたちゃんやしおんちゃん、まどかちゃんみたいに強い技もないし、ゆかなちゃんみたいな索敵能力もない。そんな私が、いていいのかなって。」
私は少し考えてから、優しく言葉を返した。
「みのりちゃんのバリアと治療がなかったら、みんなあんなに戦えないよ。この前のイービルゲルの時だって大活躍だったじゃない。誰も役立たずなんて思ってない。5人揃ってのブレイブメイデンズだから――1人でも欠けたら、ダメなんだよ。」
その言葉に、みのりの瞳が滲む。涙の粒がこぼれ、指先で拭った。ティアがそっと頷き、明るく言う。
「ひなたがみんなをまとめるリーダーでよかったぴょん!」
暖かな空気が一瞬流れ、私は小さく笑った。
(この時間を、絶対に壊させない……)
「朝霧中学校、新聞部でーす! 特ダネになりそうなことありませんかー?」
放課後の街は、オレンジ色の夕陽に染まり始めていた。制服姿の学生や買い物帰りの親子、会社員たちが急ぎ足で駅へ向かう。いつもの賑わい――そのはずだった。ゆかなは人波を縫うように歩きながら、カメラを胸元にぶら下げ、周囲を観察していた。
そのころ、空の彼方では。サーペントゥーナが亜空間の裂け目から街を見下ろしていた。蛇の尾をゆらめかせ、声を潜めて命じる。
「アララ・クネラ。あの“青い人型の絵”が灯った瞬間になったら、まとめて仕掛けなさい。」
「了解しましたわ、サーペントゥーナ様。」
アララ・クネラが蜘蛛の群れ――ネトラたちに合図を送る。屋上の影がざわめき、糸が月光のように淡く光った。
夕焼けの光が赤から紫へと変わる。交差点では、赤信号で静止した車列のヘッドライトが並び、その前を歩行者たちが、青信号の点灯と同時に歩き出す。
――その瞬間。
ずしゃっ!
空を切る音とともに、白い影が降りかかった。蜘蛛糸の網がいくつも重なり、人々の頭上を覆う。信号待ちで止まっていた車の屋根やガラスにも、ぺたりと粘着質の糸が貼りついた。街灯の光を鈍く反射するその白は、まるで空全体が蜘蛛の巣に変わったかのよう。
「きゃあっ!」
「何これ、動けない!」
「助けて!」
悲鳴が交差点に満ちる。バッグを落とす音、誰かの靴が転がる音。夕方のざわめきが一瞬にして凍りついた。
「うそ……まさか、まだ明るい時間帯に!?」
ゆかなは走り出し、すぐに変身した。
「シャドウ・アロー!」
影が弾け、弓を構える。矢が空を裂いて網を狙うが、蜘蛛糸は強靭で、矢が刺さったままべっとりとくっつくだけだった。
「なにこれ、全然切れない……っ!」
上空でアララ・クネラが妖しく笑う。
「ふふふ、昼間の人間どもは動きが鈍いわねぇ。さあ、たっぷり捕らえて差し上げますわ♡」
糸が軋み、悲鳴が再び重なる。ゆかなの頭に閃きが走った。
「……そうだ、スナイプビーコン!」
矢筒から小さな発信機を取り出し、矢にくくりつける。放たれた矢が蜘蛛糸に突き刺さり、発信機が赤く点滅する。
「よし、これで――追跡できる!」
だが、その直後、糸に捕らえられた人々が上空へと引き上げられ始めた。その光景に、夕焼けの空がまるで血のように染まる。オレンジの光が白い糸を赤く照らし、街全体が不気味な薄明に包まれた。
風に舞う書類、遠ざかる悲鳴。街のざわめきが途切れ、残ったのは、――夕暮れを引き裂く蜘蛛糸のきしむ音だけだった。
翌日、休校となった朝。ひなたたちはバイオス邸に集まり、ゆかなの発信機から敵の居所を追跡していた。それと並行し、次に敵がどこを狙うかを特定するため、しおんが地図を指でなぞる。
「人通りが集中するのは夕方の駅前。そこを狙う可能性が高いわ。」
バイオスが頷きながら補足する。
「発信機の反応は微弱だ。居所を割り出すにはまだ時間がかかる。だが、奴らの行動パターンを読むのは今しかない。」
ひなたは地図を見つめながら拳を握った。
「昨日の夕方、あんなに多くの人が襲われた……。また同じ時間帯を狙うとしたら、次は――」
「ちょうど日が暮れるころ、会社から帰宅するサラリーマンであふれるあたりね。」
しおんの言葉に全員が頷いた。みのりが不安げに尋ねる。
「でも、またあの蜘蛛の糸が……?」
「今回は、絶対に阻止する。」
ひなたの瞳に光が宿る。その決意は、沈黙の中で仲間たちに伝わった。
夕陽が街を染めていた。駅前ロータリーはオレンジ色の光に包まれ、人々の影が長く伸びる。日中は閑散としていたが、帰宅時間になると、スーツ姿の人々が列をなし、改札口にはざわめきと靴音が満ちていた。
(あの夕暮れの光の下に、昨日の“蜘蛛の巣”が落ちてきたら――)
ひなたはその光景を想像し、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
その上空、薄闇の亜空間。サーペントゥーナが微笑を浮かべ、街を見下ろしていた。アララ・クネラは頷き、下方を指差した。
「蜘蛛糸展開! 捕獲開始ですわ!」
ホームへ向かう人々、電車の到着を待つ列にめがけてネトラの群れが一斉に糸を吐き出した。銀色の糸が夕焼けを切り裂き、駅前の空を覆う。通勤客たちは悲鳴を上げ、バッグを抱えて走り出すが、逃げ場はない。
――その時。
「そこまでよ!」
地上に光が弾けた。みのりの結界魔法が展開し、群衆を包み込む。透き通るドーム状の光が蜘蛛糸を弾き、バチンと音を立てて火花が散った。
「な、何ですって……っ!」
アララ・クネラが驚愕する間もなく、疾風の刃が空を裂いた。しおんの魔法が蜘蛛糸の網を細切れにし、まどかが大剣で残滓を絡め取る。彼女はその糸を力任せに引っ張り、怒鳴った。
「さて――みんなを連れ去ろうとしたのは、どんな奴だ?」
亜空間が波打ち、アララ・クネラが姿を現す。背後には複数のネトラが蠢いていた。
「いたた……よくもやってくれましたわねぇ!」
その声には怒りと焦りが混じっていた。さらに、闇を裂くようにクロコダイターが現れる。巨大な鉄槌を肩に担ぎ、低く唸る。
「ここは俺に任せろ。お前は捕獲を続けろ。」
「悪いわね、クロコダイター。絶対に邪魔させないで!」
アララ・クネラが再び糸を構えた瞬間――
「させない! シャドウ・アロー!」
ゆかなの矢が影を走り、クロコダイターの巨体をくぐり抜け、アララ・クネラの腕を撃ち抜いた。
「ぎゃあああっ、腕が――!」
蜘蛛糸が垂れ、彼女の顔が苦痛に歪む。
「いかん、お前は引け! サーペントゥーナ様に報告だ!」
クロコダイターの咆哮が響き、彼女は悔しげに唇を噛んで後退する。
「くっ……! 今度こそ必ず仕留めてあげますわ……!」
その言葉を残し、アララ・クネラは亜空間の裂け目に消えた。残されたのは、クロコダイターと、ネトラの群れ。戦いが、始まる。敵の数は多く、乗客の避難も終わっていない。しおんは素早く指示を出した。
「ゆかなは私とネトラの群れを。みのりは避難誘導をお願い。ひなたとまどかはクロコダイターを押さえて!」
各々が即座に動いた。まどかの大剣が火花を散らし、ひなたの光刃がクロコダイターの大槌と激突する。衝撃で床が震え、壁が砕けた。
「くっ……あんなの正面から受けたら武器が壊れる!」
「まどかちゃん、攻撃を見極めて避けよう! 一撃が来る前に!」
鉄槌が唸りを上げて振り下ろされ、地面が砕け散る。粉塵の中で二人はすれ違いざまに攻撃をかわし、息を合わせて反撃する。
一方その頃、構内ではしおんとゆかなが連携していた。風刃が蜘蛛糸を切り裂き、ゆかなの矢が死角のネトラを正確に射抜く。
「蜘蛛の数、減ってきた!」
「でもまだいるわ、気を抜かないで!」
みのりは避難経路にバリアを張り、駅員と共に人々を誘導する。
「こっちです、急いで!」
近づくネトラには聖槍を構え、一突きにして倒した。だが、蜘蛛糸に絡まって動けない人々もいる。
「……間に合わない!」
みのりが歯を食いしばると、ゆかなが矢を放ち、その糸を切った。目が合う。短い頷き。――連携は完璧だった。
やがて戦場は駅の外へ。クロコダイターの巨体が後退し、誘導するように川辺へと向かう。ひなたとまどかはそれを追う。
「ここなら、避難民を巻き込まずに戦える!」
だが、それは罠だった。背後から伸びた蜘蛛糸がひなたの足を絡め取り、そのまま川へと引きずり込む。
「きゃっ――!」
冷たい水が全身を打ち、息が詰まる。
「ひなた!」
まどかが飛び出そうとするが、すぐ近くの柱ごと蜘蛛糸で拘束され、動けなくなる。水面から現れたクロコダイターが笑った。
「もはやこれまでだな。鉄槌を受ける覚悟はできているか?」
巨大な影が迫る。ひなたは動けない。心臓の鼓動が耳に響く。
(駄目――ここで終われない!)
その瞬間、光が弾けた。みのりのバリアが鉄槌を弾き返し、衝撃波が水面を割った。
「ひなたちゃん! 大丈夫!?」
「みのりちゃん……助かったよ!」
続いて、しおんの風が蜘蛛糸を切り裂き、ゆかなの矢が残ったネトラを一掃した。
「蜘蛛の群れは全部やっつけたよ!」
「後はあなただけね!」
しおんが叫び、全員の視線がクロコダイターへ。ひなたが光刃を構え、まどかが火炎の剣を掲げる。みのりの強化魔法が二人を包み、足元の光が強く輝いた。
「ルミナス・ブレード!」
「ブレイジング・スラッシュ!」
二つの技が同時に炸裂し、クロコダイターの身体を貫く。眩い閃光、そして爆風。
「なかなかやる……だが、群衆の叫びがゲートを開く糧となった……。サーペントゥーナ様、申し訳……」
彼の身体が黒い霧となり、川面に崩れ落ちて消えた。波紋だけが、静かに広がっていった。
駅にいた人々は全員無事だった。だが、救えなかった者たち――連れ去られた百五十人の行方は、いまだ闇の中。
ひなたは夕焼け色の空を見上げた。風が頬を撫で、髪を揺らす。
(絶対に、取り戻す。誰一人、見捨てない)
沈みゆく陽が、彼女たちの影を長く伸ばした。その決意が、明日の戦いへとつながっていく。
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