第一部第9話『渉の父』
放課後。
人気のなくなった教室に、5人が集まっていた。
渉、ほのか、春人、皐月、ミサ。
屋上での一件のあと、ミサは一通りE.I.D、リーヴァーについて渉とほのかに説明していた。
机の上には、皐月が持つデバイスが置かれている。
黒く光るその表面が、どこか不気味に見えた。
「で……ミラージュ話って?」
春人が静かに切り出す。
すると渉が食い気味に質問する。
「え、待って、なにミラージュって?」
(しまった…)
春人は後悔するが、時すでに遅し。
フォローする様にミサが答える。
「E.I.Dの監視官はみんなコードネームで呼び合うの。」
「てことは、春人もあるんだよね?コードネーム」
渉の好奇心は収まらない。
「…フ、ファントムだよ…」
渉は嬉しそうに続ける。
「ファントム?中二病拗らせてんじゃん!拗らせ王子の称号譲ろうか?」
「好きでつけたコードネームじゃねぇよ!」
(コードネームに興味津々なんて、橋口くんかわいい…)
2人のやりとりを見てミサはそう思いながら、ふと我に帰る。
「こんな雑談するために呼んだんじゃないんだけど!」
教室が静まりかえる。
そんな中、皐月が小さく息を吸い
「……私から話していい?」
その声に、全員が息をのむ。
「これ以上、隠しても意味ないと思うから」
皐月は視線を落とし、デバイスを指先でなぞった。
「――このデバイス、サイキックの能力を“奪う”ためのもの。でも私たちが使っているこの力は、自分たちのものじゃない。本部に捕まってる“誰か”の能力を、装置を通して使ってるの」
「誰か?」
渉が眉をひそめる。
皐月は、隣にいたミサをちらりと見る。
ミサは小さくため息をつき、渉に視線を向けた。
「橋口くん。あなたのお父さん、行方不明なんだよね?」
渉は驚いたように顔を上げた。
「……どうしてそれを」
「状況が状況だったから、人には話しづらかったと思うけど…」
渉は少しうつむきながら言った。
「……ああ。実は、俺のせいなんだ。親父、毛深いのを気にして脱毛サロンに通い始めてさ。でも、その初日に帰ってこなくなった」
ほのかが思わず声を上げた。
「脱毛サロンで脱毛レーザーじゃないものを照射されたってこと?」
「おいおい、そんな場所で拉致は聞いたことねぇぞ」
と春人がツッコむ。
渉が恥ずかしそうに
「そういえば親父、契約してきた日、スタッフが可愛い子だから難なく通えそうって鼻の下伸ばしてたな…」
「美女に油断したって事か…」
教室の空気が一瞬だけ和らぐ。
だが、ミサの表情は真剣そのものだった。
「――橋口勉さん。あなたのお父さんは、サイキックの中でも“最上級”。E.I.Dでも、最重要人物だったの」
渉は呆然とした。
「親父が……サイキック?」
「彼の能力は、“他人の能力を吸収して、使ったり別の人に付与できる”もの。本来なら敵が持っていそうなチートスキルだけど、彼は善のために使ってた」
ミサは静かに続けた。
「でも今は、リーヴァーに捕まってる。リーヴァー本部の装置に繋がれて、“能力の拡張”の能力を持つ敵のトップに利用されてるの」
皐月が補足する。
「その2人を中枢にして、吸収の能力が拡張されて大勢の構成員のデバイスに送られてる。それで、構成員全員が“能力を奪える”ようになってるの」
沈黙。
渉の手が、机の端をぎゅっと掴んだ。
「じゃあ……俺が皐月の能力を使えたのは親父と同じ……」
ミサが静かに言う。
「橋口くん。たぶんあなたが“コピー”したんだと思う」
「……コピー?」
「お父さんと同じ“因子”を、あなたは受け継いでるはず。赤石さんに能力が残ってる事から吸収ではないと思う。無意識に、触れた相手の能力を写し取ったのかもしれない」
思い出した様に渉が言う。
「ならほのかや春人に触れた時僕は何を写し取ったんだ?」
春人が呆れた様に言う。
「俺は監視官であってサイキックじゃない。皐月の勘違いだ。」
ミサは静かに思った。
(橋口くん、すごい能力を持っているのに中身は報告通りのポンコツなのね……やっぱりかわいい)
近くにライバルとなりえる存在が居るとは気付いていないほのかは、渉に自分の能力を説明する。
「私の能力は念波をコントロールして、この前の階段の時みたいにクッションにしたり色んなモノに形を変えられる」
「コントロール…コントロールか…」
渉は察した。
「あっ!だからあの時ほのかに思った事がそのまま俺に返ってきたのか!」
ほのかが思わず呟く。
「……それって、私に階段から落ちて欲しいって願ったってこと?」
「ち、違うよ!そんな事思うはずないじゃん!たまたま、階段だっただけ!」
渉の言い訳は聞くに耐えなかった。
「渉、後でちょっと話そうね。」
教室がまた一瞬静まり返る。
そんな中、ミサが口を開いた。
「……それよりも今は勉さんをどう助け出すかだよ。このままじゃリーヴァーの思う壺だよ」
渉はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がる。
「……母さんに確かめる。全部、本当なのか」
夕焼けが教室の窓を染めていた。
その中で、渉の背中だけが、どこか決意に満ちていた。
ミサはその姿を見つめながら、
「――こういう時の頼もしいギャップがまた…」
と、小さく呟いた。
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