第一部第8話『休み時間なのに授業より内容濃くない?』
「山並くん、ちょっといい?」
翌日の休み時間。
教室の扉の外から、落ち着いた声が響いた。
見慣れない制服の少女――朝霧ミサ、コードネーム《ミラージュ》
彼女の姿を見た瞬間、クラス中がざわついた。
「誰だあれ?」
「制服、違くない?」
「転校生?また?」
「今年の流行語、“転校生”で決まりだな」
「流行るかっ!!」
笑いが広がる中、渉が春人に小声で聞いた。
「……あれ誰? 知り合い?」
春人は少しだけ間を置いて答える。
「中学の時の同級生だよ」
春人はそのまま教室を出ていき、ミサと並んで廊下の先に消えた。
ざわざわと残る視線。
皐月はその後ろ姿を、じっと目で追っていた。
(あの人……はるくんの何?彼女……なの?)
「……様子、見てこよっと」
そっと立ち上がる皐月。
渉とほのかは、顔を見合わせた。
「ねぇ、昨日、皐月さん山並くんの事“サイキックくん”って思考してたよね」
「うん。なんか裏がありそうだな。僕たちも行くか」
2人もその後を追う。
屋上。
春人とミサが風に吹かれながら話していた。
「なあ、あんまり人前で声かけんなよ。目立つだろ。」
「いいじゃん。知り合いって設定の方が情報共有しやすいし。」
「……社畜だな」
ミサが微笑む。
「その言葉、あんたにそのまま返すよ、ファントム」
二人のやり取りは、あくまで職務的なもの。
けれど、ドアの陰から覗く皐月には、どうしても親密に見えてしまう。
(近い……近いってば……!)
思考がだだ漏れだという自覚はゼロ。
皐月の頭の中は、嫉妬でいっぱいになっていた。
そんな時ミサが話題を変える。
「ねぇ、ファントム。(渉の)能力の調整、進んでる?」
「さぁな。……ただ、最近少し彼女が転校してきて(渉の様子が)変みたいなんだ。」
その言葉に、皐月の胸がドキリと鳴った。
(私が転校してきてはるくんが変になったって?そ、それって恋ってこと??)
「とにかくサイキックの能力には気をつけて」
「わかってる」
(……やっぱりはるくんはサイキック。間違いない)
そして、皐月は今頃任務のことを思い出す。
(そうだ、私は今、“構成員”としてここにいるんだ!感情なんて後回し。……今、はるくんの能力を奪えれば──)
皐月はポケットから小さな黒いデバイスを取り出す。
その時、後ろから様子を見ていた渉達が、皐月の思考を拾った。
(能力を奪う……!?まずい!)
渉は咄嗟に皐月の手をつかむ。
「やめろ!」
瞬間、渉の頭の中を何かが駆け抜けた。
“何か”が流れ込む感覚。
視界がぐにゃりと歪む。
「な、なんだこれ……?」
皐月は反射的に腕を引こうとする。
だか渉は離さない。
「離さないと痛い目みるよ!」
皐月はそう言うと指先に力を込める。
空気が微かに震え、指先に青白い光が集まる。
《マインドショット》
念波を弾丸の形に圧縮し、放つ皐月の能力。
本来はピストルほどの威力を持つが、ポンコツな皐月のはエアガンレベルの“痛いだけ”。
(……これだけはちゃんと使える!威力はそんなにだけど……)
指を渉に向け照準を合わせる。
次の瞬間――光弾が弾けた。
皐月の放った念弾は直線を描き、渉めがけて飛んでいく。
だが――同じ瞬間、反射的に顔を覆った渉の掌からも光の塊が弾け飛んだ。
ふたつの弾が空中で衝突する。
皐月のそれは、溶けるように霧散した。
渉の弾は軌道を逸れて皐月の背後のコンクリ壁にめり込み――
ズドンッと鈍い衝撃と共に拳大の穴を開けた。
「え? え? なにが起きたの?」
皐月はなぜ自分の方にマインドショットが飛んできたのかが分からず心拍数の上限更新。
渉も何が起こったのか分からず呆然。
ほのかが肩をすくめて言う。
「……ねぇ、渉何をしたの?」
「いや…分からない。何か来ると思って防御したらいつの間にか…」
そのタイミングで屋上の扉から、春人とミサが顔を出す。
「お前ら、ここで何してんだよ?」
「いや、ちょっとした……事故?」
渉が曖昧に笑う。
皐月は慌てて両手を隠しながら言う。
「なんでもないの!ちょっとヤンチャがすぎただけ」
春人はため息をつき、壁の穴を見上げた。
「……どう見てもヤンチャで済むレベルじゃないだろ」
そんな中、ミサは何かに気付いたかなように渉に話しかける。
「まさか……。橋口くん、あなたに話したい事があるの」
(え、初対面で話あるとか…生き別れの妹とか?)
屋上には、冷たい風と、なんとも言えない気まずさと、そして渉が放った一発のマインドショットの痕跡だけが残った。
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