バカとはさみとどすけべスキル
尾中炊太
子ども探しと触手の眼
第1話 冒険者って、クビとかあるんですね
「このまま依頼を受けないのであれば、あなたはギルドから除名です」
石造りの広間に、受付嬢の冷たい声が響いた。
まだ朝も早いが、ギルドは既ににぎわっていた。
依頼を選んでコルクボードから依頼票を取っていく者、済ませた依頼を報告しに来た者、めいめいが
そんなざわめきの中、俺の時間だけが止まってしまったようにカウンターの前に立ち尽くしていた。
「く、クビってことですか!? エリスさん!!」
「ありていに言えばそういうことです」
「冒険者って、クビとかあるんですね」
「私も初めて宣告しましたが……」
エリスは淡々と答え、ぱらぱらとめくっていた資料を机の上に置いた。
感情の薄い瞳が俺を射抜く。
怒っているわけでも、困っているわけでもない。
事務的に必要なことだけを言う彼女が、ひどく冷酷に見える。
「三ヶ月。これが何の期間かわかりますか?」
「赤ちゃんの首がすわるまでの期間ですよね」
「違います。いや、あながち間違いでもないんですけど、今は関係ないです。リョーさんが一件も依頼を成功させられなかった期間です」
「もうそんなになるのか……」
まるで他人事のように言った。
魔導師団の連中に召喚されて、日本からこちらにいわゆる異世界転移をしてきたものの、スキルがあんまりにもあんまりだったので王都を
俺もつよつよスキルで俺TUEEEしたかったんですけど!!
現実は非常である。
「とにかく、ギルドだって慈善事業じゃないんですから。仕事もしない人をいつまでも宿舎に泊められるわけじゃないんですよ。とっとと依頼を見繕ってきてください」
エリスの冷たい宣告に冷や汗が流れる。
いや、言い方が冷たいだけで、内容はむしろ優しいほうだと理解はしているのだけど。
この街に流れ着いてから、仕事も金もない俺は冒険者ギルドに拾われる形で冒険者として登録した。
それから今日までろくに稼げていないのだから、普通ならとっくに放り出されているだろう。
「で、でも、森には魔物が出るっていうじゃないですか!」
「知っていて冒険者になったのでは?」
「それはそう! でも、命って……。 命って、一つしか無いんですよ!?」
「知っていて冒険者になったのでは?」
「それもそう!」
くっ……、完全に論破――論破と呼ぶのも
何故冒険者なんかになってしまったのか。
理由は単純で、着の身着のまま王都を逐われた人間が食っていく方法なんかこれくらいしか思いつかなかったのだ。
盗みを働けば捕まるし、身分証も無いからまともな仕事には就けないし。
冒険者になることが、最後に残された唯一の道だった。
ギルドカードが身分証になるし、新人は宿舎に泊まれるというおまけもついていたしね。
「そもそも、仕事はしてますよ! 皿洗いとか!」
「五歳になる息子の方が皿を割らないだけマシ、との苦情をいただきました」
「わ、悪口では?」
「悪口をいただきました」
「言いかえろって言ったんじゃないんですよ! もう! スキルで効率化しようとした過程も評価してほしいんですけど!」
「結果、どすけべスキルで効率よく皿を割ったわけですね」
エリスの視線が痛い。
これ、いい加減スラムに捨てられるのでは?
だが、日本の一般オタクがスラム街で生活なんて、やっていけるだろうか(反語)。
そもそもこっちも割りたくて割っているわけじゃないということを伝えなければ。
「割りたくて割ったんじゃないやい! あ、あの時は、急にでっかいカマドウマが出たからびっくりして制御が乱れただけで……!」
「それは大変でしたね。失敗理由に追加しておきましょう」
「そんなこと書いたら『こんな奴に任せて大丈夫か』って思われるじゃないですか!!」
「大丈夫です。皿洗いを失敗してる時点で思われてますから」
「な、何も大丈夫じゃない……! それと、Dスキル! Dスキルですから!」
俺は必死に抗議したが、俺を見る目はひどく冷たい。
いいじゃないか、ステータス上はDスキルって表示されるんだし。
俺のスキル、Dスキルは触手を操作するスキルだ。
……それだけなら強そうに聞こえるかもしれないが、問題点がいくつかある。
召喚されてすぐ、王様の前でスキルの検証が行われた。
Dスキルは固有のスキルだったから、期待も高く、問題点も知られていなかった。
「では、スキルを発動します!」
場所は謁見の間、周りにはお偉いさん。
王様が鷹揚に頷くのを見てスキルを発動した結果、暴走した。
近衛兵が十人くらい来てなんとかその場は収まったが、公衆の面前で王女を襲ったとして放逐された。
……よく放逐で済んだな。
「でも、ですよ? 依頼主に『俺のスキルはどすけべスキルです!』なんて言えなくないですか? 死活問題なんですって!」
俺がそう言うと、エリスはこめかみをもみながら大きくため息をついた。
そんなことどうでもいいじゃないですかと言わんばかりだ。
「そんなことどうでもいいじゃないですか」
言った。
「よくないんですー! 主に気分とかが!」
「別に気分がよかろうが仕事しないじゃないですか」
「してますって! ほら、この前は洗濯だってしましたし!」
「生臭くならないだけ三歳の娘に任せた方がマシとの苦情が……」
「三歳児に! 洗濯なんかさせるな!」
「それはそう。で、これもどすけべスキルのせいですよね?」
「はい……」
エリスが大きくため息をついた。
「そもそも、なんでいちいち触手を使うんですか? 普通に仕事すればいいのに」
「触手を使って皿洗いや洗濯をしたら……、効率よく仕事を進められるかなって……」
「効率的に苦情は増やせましたね。おめでとうございます」
「全然嬉しくないんですけど!?」
「奇遇ですね、私もです」
それ以上淡々と事実で詰めてこようものならそろそろ泣くぞ。
大の男がわんわんと。
しかし本当にどうしたものか。
うんうんと悩み始めたら、なんだか周りが静かになった気がした。
妙にでかい靴音はする気がする。
結局何も策が浮かばず、俺は唇を噛んだ。
「依頼を受けるしか、ないのか……!!」
「何当たり前のこと言ってんのよ、アンタ……」
声がした方向を振り返ると、そこにはセリアが立っていた。
すらりとした体つきに、腰には剣を
凛としたたたずまいと涼しげな目もとは、いかにも「まともな冒険者」という雰囲気だ。
……というより、実際まともな冒険者なのだ。
得意の剣術を活かして数々の依頼を達成。
半年ほどで
「依頼を受けようと思ったのに妙に長いと思ったら……何してんのよ?」
「見てわかりません!? クビになりそうだったんです!」
「わかってたまるかそんなの!? ……冒険者をクビとか……まぁ、アンタならありえる……の?」
「ありえませんが!?」
俺を何だと思っているのだ。
俺の恨めしげな目線を気にも留めず、セリアは依頼票を提出した。
「これ、受けようと思ってるんだけど」
「はい、こちらですね。子どもの捜索依頼……あの、リョーさんも連れていってもらえませんか?」
「「え」」
ハモった。
エリスは少しだけ眉をひそめた。
セリアはめちゃくちゃ文句を言いたそうだ。
「なんでリョーさんが嫌そうなんですか。あなたには決定権ありませんけど?」
「ないんですか!?」
「クビになってもいいのなら」
「よくないですごめんなさい」
音が出るほど勢いよく頭を下げた。
セリアは嫌そうな顔を隠しもしなかったが、あきらめたようにため息をついた。
「しょうがないわね。あんまり時間をかけると子どもが危ないわ。ほら、行くわよ」
こうして俺は、あきれ顔のセリアと組まされることになった。
クビになるよりはマシ……の、はずだ。
――――――
読了ありがとうございました。
セリアと共に森へやってきたリョーは、仕方なく子どもの捜索を開始したが――
次回 第2話
『映えっしょ?』
https://kakuyomu.jp/works/822139836891391304/episodes/822139836891818818
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