第二話 ワンダーランド
三時間目は実技練習だった。
超能力の自主練習施設はあるが、授業内でもある。
超能力のベテラン教師の指導のもと、トレーニングルームで行われる。
しかし、これがSランクと、Aランク上位組の一組だと、教師のやる仕事もあまりない。
校舎内に同じ面積、設備のトレーニングルームは五つ。
ここは、3号室に当たる。
「夕、どうやった?」
「普通ー」
休憩時間になって、トレーニングルームの端のベンチに人が集まる。
休憩時間になってもやっているヤツもいて、白倉なんかがそうだ。
トレーニングルームは戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉をいくつか足した面積で、端から端まで標的と、標的に当てた力の数値をはじき出す装置が並ぶ。
銃の訓練室に近い。
が、もっとも面積を多く取るのが、仮想戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉だ。
ここは戦闘を、NOAが保持するデータが生みだした「ある人間」と行える部屋だ。
完全な密室で、外から様子はうかがえない。
相手はNOAのデータバンクにある「誰か」のデータで生みだした幻影。
つまり、戦いたい相手のデータを入力すれば、戦いたい相手との仮想戦闘が行えるわけで、しかもデータバンクは常に戦闘試験で更新される。
本物との実力の誤差は少ないと評判だ。
夕はどうも、倒したいと悲願の岩永のデータで戦ってきたらしい。
しかし、言葉とは逆に浮かない。さては負けたか。
「お前は?」
「普通に的当て」
「ふーん」
吾妻はのんびり答えて、訓練中の白倉を見る。
その眉が寄った。隣に時波が立ったからだ。彼も一組。当然いる。
すると、どこかから九生が現れて、白倉の肩を抱く。
吾妻はベンチから勢いよく立ち上がったが、すぐに座り直した。
我慢、我慢という声が夕にまで聞こえて、夕は苦笑した。
しかし、
「夕、あっち向いてホイ」
「ホイ」
唐突に聞こえた声に夕は従って、右を向いてしまった。
そのあと、変な沈黙が生まれる。
「お前、手は?」
吾妻の両手は足下を向いて降ろされている。言ったならどっか指せ、と夕。
吾妻は当惑した。
「僕、じゃないよ?」
「え?」
夕はなにを言われたのかわからない顔をする。
「僕は、あっち向いて…とか言ってない」
夕は吾妻の顔を真正面から見つめた。その戸惑いの濃い表情。
嘘を吐く顔ではない。
「でも、お前の声………」
そこまで呟いて、夕はばっと背後を振り返った。
振り返り様に風の力を発動させる。かまいたちが発生して床を走る。
その軌道上に立っていた男はひらりと身軽に跳躍して、天井に着地した。
そんなはずはないが、そうとしか見えない。男は普通に天井に足をつけて逆さに立っている。普通、髪の毛が重力に従って逆さまに落ちていいのに、彼の髪の毛は普通に地面に立っているのと同じで肩の方に向かって落ちている。
「
夕の顔見知りらしい。いや、ここにいる時点で三年一組の生徒なのだが、記憶にない顔だ。
顎より少し長めの黒髪に、眼鏡の美形だ。
にっこり微笑んで、天井から足を離す。回転し、地面に正常な向きですたっと着地した。髪の毛は普通に、肩に向かって降りている。
「そいつが吾妻な」
微笑んで言い、彼は近寄ってきた。
「今のなに」
「今の? ただのスマホ。超能力やないで」
彼はスマートフォンを片手に持っていた。同じ言葉が再生される。
「だけど、僕はそんなこと言った覚えない」
「ええー? そぉかあ? 夢の中では?」
絡んでくる酔っぱらいみたいな口調で問われて、吾妻は一瞬黙ってしまう。
今日見た夢があまりに欲望まみれだったからだ。しかし、考えてみたが、やっぱり「あっち向いてホイ」なんて言ってない。
考え込む吾妻の肩を岩永が叩いた。
「気にすんな。あれはお前は言うてへん」
「へ? 本当に?」
「ああ。二組に声マネのごっつうまいのがおるんよ。そいつとなにか交換で取引したんやろ」
「…あー」
なんとなく納得する。しかし、本当にそっくりだった。自分でもわからなかった。
「まして、スマートフォンに録音すると劣化するからな。まあ、そいつの声マネは本物の技術やけど」
彼は笑顔でスマートフォンをポケットにしまい、吾妻に笑いかけた。
「…夕の友だち?」
吾妻は夕に問いかけた。仲良しかはわからないが、親しそうだ。
「いや、俺の従兄弟」
と、夕が答えると、彼の方は目をつり上げた。
「おい、逆やろ? お前が俺の従兄弟!」
「お前が俺の従兄弟だ」
「逆や!」
「どっちでも一緒だよ…」
言い合いを始めた二人が従兄弟というのはわかったが、仲裁する気も起きない。
岩永が近寄ってきて「またやっとる」と呟く。
「あいつは?」
「ん? ああ」
岩永に問うと、岩永は普通に答えてくれた。
「御園
夕の…って言うとツッコミ飛んできそうやから、もうわかったやろうし。
…で、三年一組所属。Aランク。
能力は」
「そこまでばらすんナシやろ」
気づけば従兄弟同士の諍いは終わっていた。
笑いながら説明する岩永を制止した優衣という男は、あくまで暢気に微笑んで言う。
「別にばれてもええけど、今は内緒」
「ふーん」
岩永の気のない返事に苦笑して、彼は吾妻の傍に立つ。高いなあ、と感想。
「今まで眼中になかったやろうから。やっとはじめましてやな。吾妻」
「…僕、そんな有名人?」
「うん、有名。白倉の人徳が語る有名。そもそも同じクラス」
「…ああ」
そういえばそうだった、と呟く吾妻を見上げ、優衣はにっこりと笑む。
「戦闘試験、あたったらよろしゅうな」
「……」
朝の果たし状を思い出した。彼だろうかと疑うのは猜疑心に過ぎるか。
吾妻は頷き、一応と笑った。
「…そういや、なんて呼んだらいいの? 優衣?」
「……………御園で………」
まずはそこからだな、と吾妻が聞いた途端、彼は引いた面もちで己の身体を抱きしめながら離れていった。
「……?」
「あ、心閉ざしただけやから気にすんな。あいついっつもああや」
「………はあ」
結局よくわからない。吾妻はニュアンスで頷いた。
その時、トレーニングルームの外から、誰かが入ってきた。
吾妻に負けず劣らず体格のいい男だが、制服だから生徒か。老けてる。
「あれ、」
岩永が少し驚いた様子を見せた。
スキンヘッドの男は、教師を見つけて話しかけ、なにか聞いたあと、紙を受け取って離れた。
「多分、次に使うんだと思うここ。
で、急な時間割変更とかがあると、その場で使用許可出す必要が出るからその書類?」
「ああ」
「おーい、
夕が手を振る。彼がこちらに気づいて、近寄ってきた。
「静流さん、用事?」
「ああ、時間割変更で」
「やっぱり」
低い貫禄のある声だ。渋いと吾妻は思う。
彼の視線に気づいて、岩永が明るく笑った。
「こいつ、吾妻財前。Sランクの」
「知っとる。有名やし。わざわざ説明せんでええ」
鬱陶しそうな表情でとげとげしく言われ、岩永は少し表情を曇らせた。
「あー、うん。そうやな。ごめん。
後ろ頭に手をやりながら聞いた岩永の言葉を最後まで聞かず、彼は踵を返して扉に向かった。
トレーニングルームを出ていく後ろ姿を見送って、岩永は消沈した様子で呟く。
「やっぱ嫌われとるなあ……」
「そうなの?」
吾妻はつい質問してしまった。夕が露骨にそのまま流せという顔をしていたのに。
「…うん。前から、なんか生理的にあかんみたい」
岩永は無理しているとわかる顔で笑い、休憩時間終わるから行くわ、とその場を離れた。
「……アホ」
夕が呟く。
意味が分からない。
やっと白倉以外にも向け始めた視線。
白倉以外を、きちんと見て話して知ろうとするが、そこは吾妻の想像する以上に、不可思議すぎた。
礼拝堂は、校舎の外にある。
中等部・高等部両方の在学生、共通の施設だからだ。
行事で主に入ることが多いらしいが、平日の夕方までは開いている。
足を踏み入れて、吾妻は周囲を見渡す。
一応、自分より下位ランクだということと、礼拝堂はもろに監視カメラの働いている場所だから超能力使っては来ないだろう、と岩永たちに保証されたからだ。
それに、こういう勝負を挑まれたりというのは、実は嫌いではない。
わくわくする。自分の中の好戦的な部分が騒ぐ。
だから、自分はNOAに来たのだ。
思い出した。
強い人と戦いたい。だから来たのだ。
ばたん、と大きな音を立てて、開けたままだった大きな扉が閉まった。
吾妻はハッとして思考を断ち切った。
扉の前に、寄りかかって立っている身体。シルエットだけがどうにか見えるが、薄暗くて顔は見えない。
心を探ろうとするが、自分と同じ類の感情しか覗けなかった。
同じ感情――――強い相手を倒したい、という気持ちだ。
「呼び出して悪かったね」
思ったより明るい声がかけられた。
「ここで戦う気はもちろんないよ。
キミと戦いたいのに、Bランクに落ちたらSランクとまず当たれないから」
と、いうことは「Aランク」の生徒か。
嘘ではないだろう。耳で聞くと同時に力で心を読んでいる。
言葉と相反する単語は引っかからない。
「じゃ、なんの用事?」
「キミはこの学園の情報に随分うとい。まあいいことだ。
先入観が先立ったらいけないから」
「は?」
「…キミの傍にいる誰かの情報、買いたくない?
代価はキミの能力の詳細。そういう話さ」
吾妻は目を凝らして相手を見つめる。
身長は自分より低い、がそれではほとんどのヤツが当てはまる。
軽妙な調子の声。男。体格はいい。
よく見たら相手の足下には段差があった。これでは正確な身長がわからない。
計算尽くだろう。
「お断り」
「ああ、今はそう言うと思った。
でもね、近いうち、そんな口、撤回せざるを得ないよ。
だって、キミが今関わっているあのメンバーは、過去にいろいろありすぎなんだ」
あくまで明るい声に、吾妻の眉が寄った。
過去にいろいろありすぎ?
白倉も含まれるのか?
「ほら、もうすでに気にしてる」
その言葉にハッとする。見えているのか? 自分の顔が。
そんなはずはない。灯りはない。お互い、視界が利かないはずだ。
「情報が欲しくなったら、ここに来たらいいよ。
大抵ここに寄るからさ」
まるで今から去るような口振りに吾妻は焦った。
床を蹴る。
走れば今なら捕まえられる。
だが自分の足下に、なにかが飛来した。突き刺さった。
それに足が思わず止まる。
「キミは近いうち、必ず俺と戦う。
今はただの予言だと思っていればいいけど、キミが思うより、NOAの世界は広いよ。
キミは差詰め」
扉が開く。急に溢れた光の洪水に目を瞑る。
「自惚れの強いアリスかな。
なにしろ、自分が正義で、その裏にある真実には構わない。
傲慢すぎると、本当が見えないよ」
視界がようやく利くようになった頃には扉はまた閉まっていた。
男の姿はどこにもない。
走って、扉を開け放ったが、誰の姿も近くにはない。
なんか、いろいろ引っかかることを言われた。
かちんと来たが、それ以上に引っかかる。
「過去にいろいろありすぎ………」
呟いて、いかんと首を左右に振る。
出会って間もないのに、向こうが話していないのに勝手に詮索するなんてあんまりだ。
ちゃんと、話してくれるまで待って。
「…誰の?」
自分に突っ込んだ。
彼は複数形で言ったけど、その中に白倉が含まれない場合もある。
決定付ける名前は一言も言ってないからだ。
それに、そもそも彼の言葉は嘘で、白倉達にはそんな過去はない可能性も強い。
が、彼は嘘を吐いていない。自分の能力が告げている。
頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
そこで、はたとなる。
視線の先、自分がさっき足止めされたなにかが、床に刺さっている。
扉が開いているから、外からの日差しで見える。
絨毯の敷かれた床にずっぽりと深く刺さっている。なんだこれ。どうしたらこんな深く刺さるんだ?
握って、なにも起こらないことを確認してから、力を込めて引っ張ると、案外楽に抜けた。
というか、自分が馬鹿力すぎるだけか。
それを持ったまま、礼拝堂の外に出る。
「これ………」
先の丸いハサミだ。
切れ味はよさそうだが、それはあくまでハサミとして使ったらだ。
少なくとも普通に投げたくらいじゃ、絶対床に深く刺さらない。
やっぱり、超能力を使った?
自分のテレパスは使っても特に問題のない様子だったが、それは週番だからか?
…やっぱり、わからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます