『魔法使いの戦闘』2/6

「おい!目ぇーつぶれ!失明するぞ!」

カンは叫ぶやいなや勢いよく飛び出した。相手が構えるより早く、唇の形で詠唱をつむぐ。


閃光魔法フラシオ・オクルス!」

鋭い閃光が周囲を突き刺すように弾け、護衛たちの視界を一瞬にして奪った。続けてカンは次の呪文を放つ。


耳鳴魔法ティニトゥス!」

耳を引き裂かんばかりの高周波が響き、護衛たちは咄嗟とっさに耳を押さえ、膝を折ってその場に崩れ落ちる。保護魔法で身を守っているカンだけには無害だった。さらに詠唱を続けようとするが、先頭の男がよろめきながらも立ち上がり、拳銃を構えて発砲した。弾丸はカンの左足をかすめ、カンは反射的に防御魔法プロテクスを張って身を守る。


「魔法は撃たせん!」

先頭の男は下唇を噛みきるように拳を固め、全身の力を振り絞って撃ち続ける。隙を与えまいという執念しゅうねん弾幕だんまくとなって襲い掛かる。


さらに、最初に放たれた魔法の効力が徐々に薄れると、床に崩れていた者たちも苦しげに起き上がり、先頭の男に合流していった。戦闘が激化する中、少女はその混乱を利用して行動を始める。


貫通魔法トランスペリオ」少女は静かに魔杖つえを振り、自身を透過して迅速じんそくに次の部屋へ、また次へと滑るように移動していく。フロア全体に魔法と銃声がこだまし、その喧騒けんそうを背に彼女は一歩ずつ、着実に目的地へと向かう。


だが運悪く、廊下の曲がり角で護衛三人と鉢合わせしてしまった。彼らは一瞬ためらったが、すぐに拳銃を向け発砲する。少女は壁をすり抜けて接近し、すばやく左右に翻弄しながら弾丸をかわす。護衛たちの動きがわずかに乱れた隙を突き、少女は反撃に移る。


閃光魔法フルグレア

先端から放たれた光線は稲妻のように走り、目にも留まらぬ速度で護衛の胸を貫いた。彼らはその場に崩れ落ちる。振り返れば、少女の姿はもうそこにはない——彼女は既に先へ進んでいた。


やがて、少女は工場長・薬楽大輔やくらだいすけのいると言われるオフィスへと近づいていく。途中で遭遇した護衛も冷静にかわし、ついにオフィス前の廊下までたどり着いた。外からは中の様子がうかがえない。少女は身を低くして、上半身のみをすり抜けさせ中を確認した。オフィスの中は電気がともり、部屋全体が明るく照らされていた。


(ここも……保護魔法で覆われてるのかな)


少女は魔杖つえの先端をそっと床につけ、慎重に罠の有無を探る。結果…異常はなし。

詮索魔法ディテクトゥスを解除し、前身する。残りの下半身も壁を抜け、静かに物陰に身を潜め、わずかな隙間から視線を伸ばす。


(見ずらいな、明るいから解除しようかな暗視…いや、また暗くなるかもしれないか、)明かりがあり、見ずらくなっている視界だったが、いつ暗くなるか分からない為、暗視魔法ノクティスの解除はしなかった。

少女は別の隙間からも覗く。すると、事前に写真で確認していたターゲットである薬楽やくららしき男の姿を確認した。


驚いたことに、彼はまるで緊張感など存在しないかのように悠然ゆうぜんとコーヒーを口に運び、護衛たちと談笑だんしょうしていた。部屋全体を包む静けさと明るさの中で、薬楽やくらだけがまるで別世界にいるかのようだ。


この部屋は防音室になっており、中の音は外に漏れず、外の物音もまた中には届かない構造だった。少女はその防音の特性を瞬時に理解し、行動をさらに慎重にせざるを得ないと悟る。


「あーところで、今奴らはどの辺にいるんだい? 先ほどから情報が回ってこないが、連携はちゃんと取れているのかね」


薬楽やくらが椅子にもたれかかり、落ち着いた声で問いかける。


「申し訳ございません。男の方は階段付近で戦闘中、少女の方は見失ってしまいました」


「少女一人見失って、それでもプロかね、君たちは……まぁいいか。ガキがここまで辿り着いたとしても、こちらにも魔法使いがいるからな」


少女は言葉の一つひとつを噛み締めるように聞きながら、心の中で警戒を強めた。オフィス内には護衛が四人いる。しかし誰も魔法使いではない。彼らの性別や人数、そしてなぜこの部屋に魔法使いがいないのか、何一つ手がかりがない。


そのとき、近くの護衛が小さな声でつぶやくのを少女は聞き逃さなかった。


「連携狂ったの、あの魔法使いが原因だっつうの」


その一言で、少女の頭の中に光が走る。


(魔法使いが複数人いるとしたら、この状況はおかしい。外の護衛と建物内の護衛で連携に差があるのはなんで?しかも外の護衛の数は建物内に比べ少なすぎる。中と外で指示者が違う? 連携が取れていない?時間稼ぎの罠が増えたのはなんで?……いや、それは別として、もし仮に魔法使いが一人だとしたら——)


少女は仮説を瞬時に組み立てる。魔法使いの護衛は、現実界の護衛側から見ても珍しい存在。あの護衛の言いぶりからするに、魔法使いは最近配属されたばかり。外でバラバラに動く護衛たちは魔法使いを否定する派閥はばつ。独断で動き、連携なんて存在しない穴だらけの部隊。仮にそうだとしたら、やはり魔法使いは――「一人だけだ…」


残る謎は、魔法使いの正確な居場所と、時間稼ぎの意味だけ。だが、ここで長く考えている余裕はない。少女はすぐに行動に移そうとした。


その瞬間、背後からかすかな気配を感じる。


「この感じは……」


少女は振り向き、壁を見つめた。そこから、ゆっくりと、すり抜けて現れたのは——


「お待たせ、ほんと無事でよかった」


小声で陽気に告げたのは、怪我を負いながらも笑顔を崩さないカンだった。


「どんな感じだ?」


状況を確認する声も、少し軽やかで、しゃがみ足で少女のそばまで来る。だが、決して平然としていられるような怪我ではない。


「あの数を……」


少女の胸に心配と尊敬の念が湧き上がる。人見知りの性格を押しのけ、勇気を振り絞って声をかけようとしたその瞬間、薬楽やくらが動いた。


「魔法使いを直前に雇った理由、わかるかな、諸君?」


椅子から立ち上がり、護衛たちに問いかける。


「相手が魔法使いだからでしょうか?」


護衛の一人が答えると、薬楽やくらは苦笑した。


「違う違う、そんな簡単な話じゃないよ。僕は何事も、常に“一番”が良いんだ。だから、魔法界のボディーガードをこちらで雇った——世界初の試みさ」


誇らしげに語る薬楽やくらを前に、二人は魔杖つえを握る。カンに仮説を話す時間はない。しかし、不思議と二人の呼吸はぴたりと合っていた。やるべきことは、自然と定まっていた。


「今ここで仕留める!」二人の意思が——初めて揃う。

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