第3話:アンノウンと怪物①
外がやけに騒がしくて目が覚めてしまった。
こんな夜更けに何をしてるんだと思いながら、カーテンを開けて窓の外を見る。
やけに明るい……?
赤橙の光で街が照らされていて、辺りでどぉんどぉんと大きな音が聞こえる。
三か月サーバで生活していたけど、こんなことは初めてだった。
ボクは呑気にそれを眺めながら、クロートたちが帰ってきて宴みたいな雰囲気にでもなったのかななどと考えていた。
クロートが帰ってくるのは朝になると言っていたが、早くに仕事が済んだのだろうか。
と思ってぼけっとしていると、部屋の扉をガンガンガンと強く叩く音がしたので、そっちに振り向いた。
「ビギナちゃん!いるか!?
緊急事態だ、荷物まとめて避難するぜぇ!!」
この声はディグかな。
緊急事態? なんのこっちゃ。
というかディグはサーバの警備をしてる筈じゃなかったっけ。こんな外れに来てていいんだろうか。
扉を開けた先にいたディグは、なんだか切羽詰った顔をしていた。
いつもニコニコ……いや、ニヤニヤだな。して金歯を光らせてるのに、今は汗だくでぜーはーと肩で息をして、落ち着きがない。
「アンノウンが群れで攻めてきやがったんだ!
ガキたちを中央広場に集めてるから、お前も早くいくぞ!」
アンノウンが攻めて来た。
一瞬何が起きてるのかわからなかったけど、窓の方を見返してようやく状況を理解した。
あの赤橙の光は、炎だ。
響いてる大きな音は戦ってる音。
サーバにアンノウンが迫ってきて、もしかしたら中まで侵入してるのか。
こんな事は今までなかった。
ボクは急いで身支度をして、ディグと一緒に中央広場まで向かった。
一応護身用に棒切れの剣を持っていこう。何の役にも立たないだろうけど。
「なんでこんな近くまでアンノウンが来てるの!? しかも群れで!」
「わかんねぇ! 気づいたら外壁を崩して入ってきやがったって話だ!
こんなに近づかれるまで気づかねえなんて前代未聞なんだよ!」
サーバの外周には壁があって、その周りをジャンクを積み上げた山が囲っている。
壁のない場所……サーバの外への出入り口には金属製の門があって、そこには毎日門番が立っている。
壁はアンノウンが2,3体突っ込んできてもびくともしないし、門に近づくアンノウンは門番が始末する。
大規模な侵攻が来ないように周辺の情報はこまめに仕入れて、サーバに近づくアンノウンの群れがあれば回収屋を派遣して、先んじて潰すようにしている。
今日クロートが不在なのも、そういった群れのアンノウンを掃討しにいっての事だったらしい。
つまり、こんな事態が起きるような不備はなかったのだ。
なのに群れのアンノウンが突然攻めてきて、北東の壁が破壊された。
今はサーバに残ってる回収屋たちが群れの対処をしているが、中々に拙い状況であるというのはボクでもすぐに分かった。
ディグは襲撃の反対側を守っていて、襲撃現場に向かう道中でボクを拾いにいったらしい。
万が一自分が不在の時に何かあったらボクを頼むと、クロートに言われていたのだそうだ。
ディグが来なかったら、ボクは寝ぼけながらしばらくボロ宿で呑気していただろう。
クロートにもディグにも感謝しないと。
中央広場には、既に戦えない人が集まっていた。
大体40人くらいかな。女の人や老人、先生もその中にいた。
戦える人の中で数人が彼らの護衛をして、他は出払っている。
大半は群れへの対処に駆り出されているんだろう。
「んじゃ、騒ぎが収まるまでここにいるんだぞ!
ビギナちゃん、ガキ共の事頼まぁ!」
ディグはボクに子供たちを見張るように言って、そのまま北東の応援に向かうトラックに乗り込んで行ってしまった。
ボクに今出来ることは、ディグの言うことを守るくらいだ。
とりあえず子供たちを確認する。
皆怯えてるかと思ったが、子供たちの中には何が起きてるのかわからなくて呑気に遊んでる子もいた。
深夜だからか、こくこくと舟をこいでいる子もいる。
とりあえずどっかに行かないようにだけ見て、騒ぎが収まるのを待っていよう……
「ねえ、お姉ちゃん」
と、思っているとその中の一人に声をかけられた。
その子は子供たちの中では大きい方で、だいたいバンとジュリと同じくらいの子だ。
確か二人より一年遅く生まれたんだっけか。バンとジュリが9歳だから、この子は7,8歳だったはず。
大人しくて手がかからない本の好きな子だったから、ボクはあまり彼と話していなかった。
なので名前を思い出すのに時間がかかった。
確か……トットだ。
「バンとジュリがいない…」
トットが少し不安そうにそう言いながら、集まってる子たちの方を指さした。
集まっているのは六人。ボクを含めて7人。
レッドロックサーバの子供はボクを入れて9人だ。
2人足りない。
「ここには来ていたの?」
「ううん、来てない」
騒ぎがあって大体2時間が経っていた。
外周を歩いて半日かからない広さのサーバだ、急いで避難を促せばもう大体の所には声がかかっているだろう。
それなのにまだ集まっていないというのは……不自然と考えるべきなのだろうか。
いや、案外他の所に集まってるかもしれない。
騒ぎの反対側とかなら、こっちに来るより残ってる方が安全かもしれないし。
「バンとジュリのおうち、火がついてる方……」
そんな楽観的な考えは一瞬で消え去った。
バンとジュリは北東の方にあるらしい。それなのに、未だに避難していない。
背中に嫌なものが張り付く感じがする。
バンとジュリは避難ができないような状況になってるんじゃないか?
例えばジャンクで道が塞がれたとか、家に閉じ込められてるとか。
バンとジュリの家族は回収屋だ。確か今日はクロートと一緒に出ていってるから、家に大人がいないかもしれない。
騒ぎが起きてる所は避難誘導も上手くいってないかもしれない。
何せ、大量のアンノウンが雪崩れ込んでいるのだ。
「……ボクが探してくる」
手が空いてて、バンとジュリの事を知ってるのはボクだけだ。
行くしかない。
「トットは子供たちを見てて、すぐに戻るから」
「……わかった」
トットは何か言いたそうであったが、それを呑み込んで子供たちを任せられてくれた。
荷物は……一応武器は持っていこう。
剣……といってもボクが最初に使っていた義手だ。それを手に持って炎の方向を見る。
「バンたちの家はわかる?」
「ええっと…」
トットは悩みながら、バンたちの家を説明してくれた。
赤い防塵塗料が塗られてる家で、北東の壁際にあるらしい。
色が目立つから多分すぐに見つかるとのことだ。
ジュリの家も隣にあって、似たような見た目らしい。
それだけ分かれば大丈夫だろう。
壊れた壁の近くには出来るだけ近寄らず、家に真っ直ぐいって、バンとジュリを見つける。
うん、難しい事じゃない、大丈夫。
急げば一時間くらいで戻ってこれるはずだ。もしかしたらその頃には騒ぎが収まってるかもしれない。
「いってくる」
トットがこくこくと頷くのを横目に見て、急いで北東に走る。
暗がりの道を、炎の光を頼りに真っ直ぐ進んでいく。
こんなに走り続けるのは初めてだ。
空気が足りない。吸う量も吐く量も全然運動に追いつかない。
それでも出来るだけ速度を落とさず、走った。
20分くらい走ったろうか。
炎が出ている壁がようやく見えてきた。
壁はえぐり取られたように崩れていて、その周りで何度もババババという音が響いている。
蠢くように動く機械の化け物が、壁を抜けて何体もサーバ内に入っていた。
特に目立っていたのは、2,3体存在する、大型のトラクターくらいの大きさをした化け物だ。
多分あれが突撃して壁を破壊したんだろう。
それを大人たちが抑え込んでいる。
劣勢という感じではないように見えたので、少し安心した。
ボクの近くにはまだ争ったような跡はない。
壁付近で抑え込めてはいるみたいだ。
大人たちは頼りになるらしい。
壁を確認しながら息を整え、バンたちの家を探してみる。
確か赤い家の筈だ。なら見つけるのも簡単……と思ったが、ここでトラブルがあった。
今周りを照らしている光は炎によるもので、つまるところ赤橙色の光だった。
そのせいか周りにある家全部が赤く見える。どれもこれも赤い家だ。
くそっ、これじゃどれがバンたちの家か全然わからないじゃないか……!
キィン―――――
「えっ?」
そう思ってると頭の中で甲高い音が聞こえて、急に視界が蒼黒いものに変わった。
炎が真っ赤に映り、戦ってる大人やアンノウンの姿も緑から橙の光の塊に見えるようになったのだ。
なんだ、凄く違和感がある。
でも人の姿は見えやすいな……
その眼で辺りを見渡してみる。
人がいるのは崩れた壁の周辺ばかりで、他の所には人の光は見当たらない。
どうやらこの眼が温度のあるものを赤めに映してくれるようだと気づいたのは、自分の手を確認してからだった。
熱いと真っ赤に、人肌くらいだとオレンジに、壁や家みたいに温度がないのは暗い青、というような感じだ。
どうにもある程度の障害物があっても温度が漏れてれば敏感に感じ取ってくれるみたいで、さっきはよく見えなかった人やアンノウンも視認する事ができた。
これならバンとジュリを探せるか……?
そう思って見てみると、崩れた壁から少し離れた所にある3つの熱源を発見した。
2つは小さくて1つは大きい。
大きい方は、大人よりも頭一つ大きいくらいだ。
それが、2つの小さい熱源にゆっくりと近づいている。
バンとジュリだ!
もう一つはアンノウンか?
大人たちが撃ち漏らしたんだろうか、それとも別の所から入ってきた?
どっちにしろ危険には違いない。
ボクは躊躇なく、その熱源の方に走り出した。
距離はそんなに遠くない、走って向かえばなんとか間に合う。
間に合ってそれからどうするかということは、頭からすっ飛んでいた。
走って、走って、走り続ける。
ペース配分なんて考えなかった。兎に角急がないとバンとジュリが危ない。
だからなるべく急いで、着いた時の事なんて考えないで走った。
そこは、使えなくなったり、もしくは使えそうになかったゴミを積んでおく廃棄場だった。
廃棄するゴミはこうして集められて、後で車で一気にサーバの外に捨てられる。
その中で縮こまっているバンとジュリ。
ゴミは大きいものも多いから、子供二人くらいが忍び込む隙間はいくらでもあった。
でも大人は流石に入り込めない。あの大きい熱源も、中に入る事ができなければ、時間稼ぎはできるかもしれない。
だからここに逃げ込んだんだろう。
それに襲い掛かろうとゴミを砕いている、大型犬のような機械のバケモノがいた。
でかい。
犬はこのサーバにもいる。猟犬として育てているらしい。
立つとボクの臍くらいまで頭があって、皆逞しくて大人の言うことをよく聞く賢い犬だ。
彼らは小型のアンノウンの首なら顎で噛み切ってしまうくらい強く、鼻がよく効き、素早い。
ちゃんと躾ければアンノウンの匂いを嗅ぎ分けることも出来るのだという。
犬というのはそれだけ優秀な狩人なのだ。
このアンノウンはその犬を模して造られている。
だけど大きさは、犬というには大きすぎた。
四足で立っているのにそれでも頭の高さは僕の背と同じくらいあって、勿論四足だから、頭の後ろにはそれを支える大きな体がある。
あれがやろうとすれば、大人だろうと頭からばっくりと食べられてしまうのが簡単に想像できた。
寒い訳でもないのに体の芯が震える感じがした。
とてつもなく恐ろしかった。
あんなバケモノに近づくなんてとんでもない。
きっとボクに気が付けば、すぐにボクをバラバラにして食べつくしてしまうだろう。
正直、足が震え続けている。
逃げたい、逃げたい。
大声で大人を呼ぶ?
いや、あっちも手一杯だし、何より多分、呼んでくる間にバンとジュリが襲われてしまう。
大広場を出る前に、誰か大人を一人でも連れてくればよかったんだ。
一人でこっそりといくなんて、どうかしていた。
でも、今いるのはボク一人なのだ。
ボク一人でどうにかしなくてはいけない。
逃げたらバンとジュリが死んでしまうかもしれない。
それは絶対に嫌だ。
ボクがやらなければいけないんだ、ボクが。
「あぁあああああああああ!!!!!」
気が付いた時には、大声を上げながら走っていた。
不意を突こうとか、逃げ道を探そうとか、そういう事は頭から吹っ飛んでいた。
とにかくやらなくちゃいけない。あのバケモノをどうにかして、バンとジュリを助けて広場まで逃げるんだ。
ボクはバケモノの後頭部目がけて、全力で棒切れの剣を振るった。
カキィイイイン―――
そして、あっけなくボクの棒切れの剣は折れていた。
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