第2話:サーバというもの、クロートという男

 ボクがクロートに引き取られてから大体三か月が経った。

 流石にそろそろ生活にも慣れて、最初の頃に感じた興奮も落ち着いてきた。

 落ち着いてくると色々なものが見えるようになって、色々考えることもできるようになったので、今は考え中だ。


 クロートの見た目は、この辺りでは珍しかった。

 鉄で出来た全身に黄色いジャケットを羽織って、大体いつもボクの背と同じくらいの大きさの銃を背負っている。

 銃を持っている人は結構見るけど、あんなにでっかい銃を持っているのはクロートくらいだった。


 それ以上に他と違うのは、クロートの全身だった。

 初めて見たのが先生とクロートであったから気にしていなかったけど、クロートのように全身が機械でできている人というのは他にはいなかった。

 体の一部、たとえば腕とか足とかが機械の人は結構いた。ボクと同じように何かがあって、義肢をつけた人たちだ。

 大体の人が屈強な体つきで、クロートと同じ回収屋だった。

 回収屋というのはかなり危険な仕事らしい。

 怪我も珍しくないし、それが取り返しのつかないようなものになることもある。

 だから義肢というのは、回収屋の中ではありふれたものだった。


 ただ、全身機械化……サイボーグ化するというのは普通はありえない。

 というか出来ないらしい。

 拒絶反応がどうとか……難しい話は置いておいて、機械でも再現できない所があるとかで、特に頭なんかは機械化が難しいらしい。

 じゃあなんでクロートは全身サイボーグなんだろう。

 ということを直接聞いてみたら、どうやらクロートは昔軍隊にいたらしい。

 軍隊のサイボーグ化技術はここよりもずっと進んでいて、クロートはそこで全身を改造したのだそうだ。


「おお三佐、お出かけですか!」

「三佐はよせ」

 

 サーバを歩いてると、時々クロートはそう声をかけられることがある。

 ちなみに、クロートは他の人には「三佐」と呼ばれている。

 軍隊にいたときの階級が三佐というものだったらしく、今でもそう呼ぶ人が少なくないのだ。

 クロート自身はあまり好きではないらしく、そう呼ばれる度に微妙な顔をしている。

 顔というより、全身から微妙な感情が漏れ出るのだ。


 というわけで、クロートは他と見た目がかなり違うので、とても目立つ。

 背も高いから、人が多い場所でも頭一つくらい飛び出ているのだ。

 前にはぐれてしまった時があったが、ちょっと高い所から周りを見たら直ぐに見つかった。

 迷ったときはクロートを探せというのがボクが最初に学んだ事だ。


 このレッドロックサーバはそれほど大きいサーバではないらしく、半日で外周を周りきれるくらいの広さだった。

  どうにも辺境と呼べる場所で、他のサーバも遠いから外からの人も滅多に来ないらしい。

 そんな理由で、人の顔を覚えるのにはそう時間はかからなかった。


 まず知り合ったのは、クロートの知り合いのディグというおじさんだった。

 ディグも回収屋で、クロートがこのサーバに来たときからの付き合いらしい。

 クロートは半年前にふらっとこのサーバに流れ着いて、見た目もあってあまり周囲と馴染めず、一人で回収屋をやっていたらしい。

 その時一番最初にクロートに声をかけたのがディグだったようだ。

 ディグは元軍人で、クロートの事を知っていたのだ。

 もっともディグは一兵隊でしかなく、クロートと直接話をしたことはなかったらしいが。

 それでも噂は耳にしていて、一目見た瞬間にクロートが何者かに気づいたのだ。


 クロートは軍隊では有名だったらしい。凄まじく強くて頭も切れた。

 ディグはクロートが何で軍隊を辞めたのかは知らなかったが、クロートの実力は知っていた。

 だからこそクロートに話しかけ、以来仕事を共にするようになったのだという。


 そうしてディグと一緒に仕事をしていく内に、クロートの評判はうなぎ上りに上がった。

 次第にサーバの住民もクロートに心を開くようになっていき、困ったことがあれば彼を頼るようになったのだという。

 というのもクロートは戦闘力もだけど、機械弄りの方も相当できたのだ。

 簡単な機械の修理程度なら下手なメカニックよりも上手く、回収屋業以外でも重宝された。

 何よりクロートは大抵の事を断らなかった。

 勿論報酬は貰うが、出来ることなら何でも仕事として引き受けたらしい。

 結果的にクロートは回収屋というよりは何でも屋のような存在になり、サーバに馴染んでいった。


 とはいえ、クロートはレッドロックサーバに腰を落ち着かせる気はなかったらしい。

 ボクを拾う事がなければ、もう今頃には別のサーバを目指して旅立っていたと話していた。

 何で定住しないのかと聞いたらはぐらかされてしまった。

 きっと理由があるのだろう。


 レッドロックサーバには数人の子供もいた。

 全員ボクよりも小さく、ボクはその中の年長者になった。

 とはいってもボクは昔の事は全然覚えてないから、年上らしい事はできなかったけど。

 ちなみに女の子よりも男の子の方が話が合った。

 女の子の好きそうな話は、ボクはよくわからなかったのだ。

 

 レッドロックサーバに住んでいる子供たちは、サーバの大人たち全員で育てられていた。

 このサーバの主な仕事は回収屋で、回収屋はサーバの外に行くことも少なかったから、自然と手の空いた大人が世話をする、という形式になったのだという。

 ボクもクロートが回収屋の仕事で出ている時は、子供たちと一緒に遊ぶようになった。

 ボクは年長者だから遊んであげているといった方がいいか。

 たまに大人が誰もいない時なんかは、ボクが子供たちを見張る役をやるようにもなった。

 クロートの拾った子供ということで、ボクはまぁまぁ信頼を勝ち取るのが早かったのだ。

 

 年長者というのは、中々気分がいい。

 子供の皆が「お姉ちゃん」と呼ぶのだ。

 喧嘩も今の所はしていない。

 皆ボクよりも小さいから、喧嘩という雰囲気にはならないのだ。

 とはいっても他の子が喧嘩しているのを見ることは多い。

 最初は何をやってるんだろうと見ていたが、最近は仲裁に入るようになった。


 例えばつい昨日の事。


「バンのバカ!何でいっつもいっつも私のいうことを聞かないのよ!」

「お前こそいつも口うるせーんだよ!」


 バンとジュリという子が喧嘩していた。

 バンは男の子で、ジュリは女の子だ。

 この二人は産まれた日が近くて、兄妹のように育ったらしい。

 というと仲がいいのだろうと思うけれど、実際の所二人の仲は最悪だった。


 バンは暴れん坊のやんちゃ坊主といった感じで、ジュリに度々ちょっかいをかけては喧嘩になるというのを繰り返していたのだ。

 ジュリの方はちょっとませた女の子で、ボクが来るまでは一番のお姉ちゃんの座を我がものにしていたらしい。

 やんちゃ坊主とお姉ちゃん気質。

 まぁ、当然だけど喧嘩になる。

 バンが危険なことをしてジュリが怒る、バンはそれにむかっと来てジュリにちょっかいをかける。そしてさも当たり前のようにジュリが怒り、喧嘩になる。

 だいたいはこんな流れだ。

 これだけ聞くとバンが大体悪いようにも見えるけど、ボクが見る限りでは実際の所トントンといった所だった。

 というのも、ジュリは口が悪いのだ。特にバンに関しては。

 ちょっとした一言に皮肉が混じっていたりして、バンはそれを我慢するのだが……何かの拍子に爆発したりして、喧嘩が勃発というのがいつもの流れだった。

 そしてジュリは、何故だかバンにやたらとちょっかいをかけているのだ。

 つまり、最初に導火線をつけるのは大体ジュリなのだ。


 だからまぁ……喧嘩の仲裁は中々苦労する。

 バンが悪さをしたという話から始まり、それより前にジュリがバンを怒らせるような事を言っていたのだと判明し、そのままヒートアップして最終的にどっちかの手が出る。

 それの間に挟まって、ぽかぽかと殴られてボクが怒ったり怒らなかったりする。

 ボクが怒って二人ともを叱るとその場は収まるのだけど、見てない所でまた同じ理由でケンカが始まるというのが続いたので、だんだんとなるべく怒らないで仲裁に入るように切り替えた。

 ボクがずっと冷静に二人の言い分を聞いて、何がどう悪いのかというのを三人でうんうんと考えてくと、段々と自分の何処が悪かったかというのを理解していってくれて、ようやく仲直りという雰囲気になるのだ。

 子供っていうのは難しい。ボクも子供なんだけどね。



 回収屋についても、暮らしていくうちに大体の事がわかった。

 どうやらサーバの外には暴走した機械がいて、回収屋はそれを狩ってパーツを回収してお金に替えるらしい。

 暴走した機械はアンノウンと呼ばれている。

 元々は理性のある機人種だったらしいが、何かの拍子で暴走をすると理性を失ってアンノウンになるらしい。


 機人種というのは、機械の人のことだ。

 機械の人といっても姿かたちはそれぞれで、動物の形をした機人種とかもいるらしい。

 人の形をした機人種が大半らしいけど。

 彼らは機械で体ができていて、でも人と同じように考える事ができる。

 機上歴100年くらい前に新しい人類と認められた種族で、暫く人間と衝突していたが、最終的に良き隣人になったのだそうだ。

 ちなみに今は機上歴135年らしい。

 35年、長いのか短いのかはよくわからない。


 ちなみにボクも機人種だ。

 こんなに人に近い機人種は珍しい、とクロートは言っていた。

 耳が機械でなかったら見分けがつかなかったんだとか。

 ボクも機人種という自覚は薄い。大体の見た目は他の人と同じだし、記憶もないからね。


 とはいえ、機人種というのはレッドロックサーバではあまり……いや、全然いない。

 今の所はボクしか見たことがない。

 というのも、機人種と人類は絶賛戦争中なのだ。

 そしてレッドロックサーバは人間の住むサーバ。なので機人種はいなかった。

 幸いこのサーバは主戦地からかなり遠くて、戦争というのは他人事に近かったから、ボクは珍生物くらいの見られ方をするだけで済んでいる。

 ぶっちゃけボクよりもクロートの方がよっぽど機人種っぽいしね。あれはサイボーグだけど。

 とはいえ、地域によっては大分差別意識が強い所もあるらしい。

 もしも行くことになったら、最低でも耳は隠すようにとクロートに釘を刺された。

 サーバの外に行くことはあるんだろうか。興味はあるけど。


 というか、戦争してるということはクロートは機人種と戦ったりしていたのだろうか。

 そうなるとクロートはボクを見て敵だと思わなかったのかな。

 その辺はまだ聞いていない。

 なんとなく、それでクロートがボクをどう見ているのかというのを知るのが怖かった。

 勿論よくしてくれてるんだけど……ボクに対する扱いは、義理だけじゃない何かがあるような感じがした。

 それが何なのかを知るのは……まだ早い気がする。


 そうしてレッドロックサーバでの生活にも慣れていって、今度は今後の事を考える必要が出て来た。

 クロートがずっと世話をしてくれる訳ではない。そもそも、クロートは何もなければもうこのサーバから出ていってる筈なのだ。

 彼がまだこのサーバにいるのは、ボクというお荷物を拾ってしまったからに他ならない。

 なので、一刻も早く仕事にありついて最低限一人で生活が出来るようになる必要があった。


 で、最近は色々と試してみたんだけど……

 これが全然ダメだった。

 体力はない、手先は不器用、知識も知恵もない、重いものは持てない。

 子供たちの面倒を見る事はできるけど、それは仕事にはならない。

 ボクは仕事というほどに出来ることが無かったのだ。


 焦らなくてもいいとクロートは言ってくれている。

 ボクの資産はあと2,3年は普通に生活できる位あるし、一人で生活できるようになるまではクロートもこのサーバから出るつもりはないらしい。


 とはいえ、それはクロートに甘えてるということだった。

 それはなんとなく嫌な感じがした。

 クロートは自分の生活を曲げてボクの世話をしてくれてるのだ。そしてボクはクロートの子供でもなんでもない、赤の他人。

 拾った縁でいつまでも世話をしてもらうというのは、クロートにそれだけ貸しをつくっていく事だ。

 それが嫌だった。

 なるべく早く自立して、なるべく早くクロートへの借りを返したい。

 そんな気持ちが日に日に増していった。


 クロートと一緒にいるのが嫌な訳じゃない。

 あまり喋らないし素っ気ないし説教くさい部分はあるけど、そういうのは大体ボクを考えての事だ。

 ボクの話は基本的にうんうんと聞いてくれるし、何もないときは一緒にいてくれる。

 クロートといると安心するのだ。

 

 ただ、この安心に甘えてはいけないんじゃないかと思ってしまう。

 気にしなくていいと言われても、気にしてしまう。

 これは仕方のない事なのだ。


 だからボクは仕事をいち早く見つけないといけない。

 あやとりをして、子供たちの世話をして、自分が出来そうなものを探す。

 はやく一人前になりたい。

 そんな焦りばかりがどんどん大きくなっていく感じがした。


 今日はクロートが仕事で帰ってこない日だ。

 ちょっと遠くまでいって、仲間たちとジャンクを集めるらしい。

 きっとアンノウンも狩るんだろう。銃を念入りに確認していたから。


 ボクも戦えたら回収屋をやれるのだろうか。




 銃の使い方を教えてもらおうか、今度。

 






















 その夜、レッドロックサーバに襲撃があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る