第13話013_転機

「クソ漏らしじゃねえか!」

「きったねえ!?」


 罵声が飛ぶ。

 今まで冷静さを崩さなかったザインの眉間に血管が浮かぶ。

 アテナは目を丸くしていたが、ふいに「プッ」と吹き出した。


「ブリッツ……最高じゃねえか!?」


 リブロが地面にあお向けになって笑い転げる。


「ぶははっっ!お前!俺、腹をやられてるってのによぉ!笑わせんじゃねえよ!…見たか!ザイン!これが人族だっ!ぶははっ!」


 血を吐きながら、それでも笑っていた。


「きっ……貴様ら、殺す!」


 怒り狂ったザインが吠える。血の鎧によって全身が自身の血で結晶化する。


「やめて!」


 アミュレが止めようとするが――「どけ!」と言ってザインは彼女は突き飛ばした。

 肩を怒らせながらブリッツに近づいていくザイン。

 なおも近づき、ザインを止めようとするアミュレをブリッツが制止した。

 その声にアミュレの肩がビクリと跳ねる。


「アミュレ、もういいんだ!それから、ありがとう!」


 ブリッツは逡巡した。


(これでよかったんだ。人族のプライドを捨てずに、一矢報いることができたから…。この先に待っているのが死だとしても、僕は…)


 アテナやリブロの笑い声が聞こえてくる。

 彼らを最後に笑わせることができた。

 これで、ブリッツはみなと肩を並べて旅立つことができるだろう、彼はそう考えた。

 ただ一つ気がかりだったのは。


「…どうして」

「ごめんね、アミュレ…」


 蠅族の少女、アミュレが悲しそうな瞳でブリッツを見つめていた。

 危険を冒してまで、自身を助けに来てくれた彼女にブリッツは心でわびた。


(彼女に報いることができなかったことが唯一の後悔だ。だけど、僕にいったい何ができた。確かにザインさんには魔法は効いたけど…って…)


「…ん?」


 ふと、ブリッツの脳内に疑問が浮かんだ。

 人族の魔力耐性が強いザインには、アテナの魔術でさえ効いていなかった。

 なのに、いったいなぜ彼の魔術は効いたのか。


 ブリッツが思考している最中、彼の瞳にコロシアムの観覧席に向かって歩くある人物が写った。

 おそらく、前の闘いが終わり、着替えが済んで戻ってきたのだろう。

 豪奢な服を着ているその人物は遠目から見てもわかるほどの巨体だった。

 

「もしかして…いや。でもこうなって…ああなれば…おそらく、こんな性格だろうから…」

「何をぶつぶつとしゃべっているのです!」


 気付けばザインが目の前に立っていた。

 彼は怒りで顔を真っ赤にしてブリッツを睨みつけている。

 

「あなたはただで殺しません…と言いたいところですが!私は早く着替えをしたいので、あなたも含めてここにいる人族どもをさっさと殺してあげますよ…!あの世で自身の愚かな行為を後悔するといい!」

 

 ザインは自身の右手を振りかぶった。

 横なぎにブリッツの首をはねるつもりなのだろう。


 死を目前にブリッツはさらに思考を加速させる。

 

(もしかして、もしかすると…!僕の魔術でもこの状況を変えられるかもしれない!通じるだろうか!…いや!駄目でもともとだ!)


「魔王さん!」


 ブリッツが突然叫んだ。

 その言葉はさすがのザインも無視できなかったのだろう。

 首をはねる寸前でザインの手が止まる。


「はっ?魔王様がどうしたというのです」


 だが、ブリッツはザインのほうには目もくれず、はるか遠くの観覧席のほうを見つめていた。

 思わず、ザインも振り返る。

 巨体の持ち主は観覧席のほうからじっとこちらを見つめている。


「魔王さん!僕は…あなたに挑戦したい!」

「おおっとぉ!?人族の少年のブリッツ君、なんとなんと!魔王様へ挑戦状をたたきつけたぁぁあ!」


 実況の女性が拡声魔術で叫ぶ。

 その声に反応して、観客たちも大いに沸いた。


「はっ?いったい何を言っているのです。あなたのような非力な存在が魔王様などに」

「僕の魔術は!人族の魔力耐性が強いザインさんにも通じました!なら、魔王さん!あなたはどうです!?」


 ザインを無視して叫び続けるブリッツ。

 その返答を皆が期待して、場内は静まり返る。


「…人族の少年よ。俺に挑みたい、そう申すのか…」


 巨体の持ち主がブリッツの言葉に反応して、こう返した。

 その声は静かに話しているというのに、地響きのように場内に鳴り響いた。

 ブリッツも負けじと叫び返す。


「はいっ!僕の魔術があなたに通じるかっ!勝負ですっ!」


 皆が静まり、観覧席、巨体の持ち主の持ち主に視線を注ぐ。

 その時、巨体が皆の視線から一瞬で消えた。

 

ーードオォオオン!

 

 先ほどアテナが放った魔術と同じくらいの轟音がコロシアムの中心に響き渡った。

 気付くと巨体の持ち主が、コロシアムの中心に立っていた。

 

 人族の3倍はあろうその巨体。

 全身は浅黒く、鋼のような筋肉によって膨れ上がっている。

 巨体の上に乗るその頭はいかめしく、ただ一点、人族の少年ブリッツを見つめていた。 


 そして、なぜか、先ほど着ていた豪奢な服は脱ぎ去り、半裸になっていた。


「もう一度、申してみよっ!!!」


 爆音ような声音が場内に響き渡る。

 アテナやリブロはその爆音に思わず耳をふさぐが、ブリッツだけは身じろぎもせず、魔王を見つめていた。


 「魔王、トミー・ジーン!この勝負、受けるのですか!?」


 ブリッツが目いっぱいに叫ぶ。

 すると、魔王はポーズをとって、全身に力を籠める。

 巨大な肉体がさらに大きくなる。

 自身の上腕をぐっと曲げるとその腕に向かってこう叫んだ。


「おい俺の筋肉ぅぅ!この勝負っ!受けるのか!受けなぁぁいのかぁあ!?どっちぃなんだいっっ!!!??」


 皆が魔王を見つめる。


 ぐっと上腕二頭筋に力を入れると、ブリッツに向かってこう叫んだ。


「やぁぁぁぁるっっ!!!」


 その声にコロシアム全体が今日一番に沸いた。


「魔王様、やぁぁる、だぁぁぁぁああ!!」


 実況も今日一番に叫んだ。

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