第9話009_魔人ザイル
ドラの音が重々しく鳴り響いた。その合図とともに、罪人たち――人族の集団がコロシアムの中心へとなだれ込んでいく。
白い砂地に広がる彼らの隊列は、扇状に展開された。
その中心にはリブロとアテナが立ち、少し後方にブリッツとメルが控えていた。
「さあ、人族たちの登場だ!今回、料理されるのは総勢47人の人族たちだぁ!」
魔族の実況者の声が、臨界魔術によって何倍にも増幅され、コロシアム全体に響き渡る。
「なんだぁ!?このキンキンする声はよ!」
誰かが叫ぶ。アテナが眉をひそめ、叫び返す。
「臨界魔術かっ!」
声は魔術によって反響し、まるで空間そのものが震えているようだった。
「これも臨界魔術なのか…どういう仕組みで…」
アテナが考察を口にすると、リブロが叫ぶ。
「おい、そんなの気にしてる場合か!」
「…ああ、そうだったな。魔族はどこだっ?」
アテナも場内の歓声に負けないように声を張る。コロシアムは観客たちの叫びで、建物全体が揺れそうなほどの熱気に包まれていた。
「さあ、人族全てがコロシアムに集結したようです。今回も今まで同様、なすすべもなくやられてしまうのか。それとも我々魔族に一矢報いるのか――さあ、」
実況者の声に、観客たちの視線が一斉に反対側へと向けられる。
そこには、コロシアムの入り口の影の中に立つスーツ姿の魔族の男がいた。
彼は静かに、二度手を叩いた。すると、入り口から三つの人影が現れる。
腰にボロ切れだけをまとっただけの人族。
首には首輪がつけられ、後ろにはリードのように鎖が伸びていた。
彼らはうつむきながら、その鎖の端を自らの手で持ち、魔族の方へ差し出す。
魔族はそのひとつを引っ張った。首を引かれた人族は、四つん這いになってコロシアムの中心へと這っていく。
残りの2人は慌てて立ち上がり、裏手へと走っていった。一人は黒いパラソルと紅茶のティーセットを持ち、もう一人はテーブルを抱えている。
コロシアムの中心に椅子と紅茶を並べていく。ポット、カップ、ソーサー――すべてを丁寧に置いた。
その異様な光景に、ブリッツたちは言葉を失った。
四つん這いになった人族の男の背へ、魔族の男がゆっくりと歩み寄る。
そして、何のためらいもなく、その背にドカリと腰を下ろした。
周囲には、テーブルとパラソルを設えた人族の従者たちが立ち尽くしていた。
彼らの背筋は伸びきり、顔は緊張に引きつっている。
手にはリードの役割を果たす鎖を持っている。
ただ魔族の男の命令を待っていた。
魔族の男が鎖を引っ張る。
引っ張られた人族が、鎖を後ろに戻し、震える手でカップに紅茶を注ぐ。
役割を果たすと再び鎖を手に乗せて待機する。
魔族の男は、鎖の一本を軽く引いた。繋がれた人族の男がビクリと震え、反射的に顔を上げる。その視線を冷たく受け止めながら、魔族の男は言った。
「――あそこの地面に、足で円を描きなさい」
命令を受けた男は、指さされた先へと駆け出した。
砂の舞う地面に片足を擦りつけ、震える足取りで円を描き始める。
その様子を見届けることなく、魔族の男はもう一本の鎖を引いた。
紅茶のカップをテーブルに置き、懐から二本のナイフを取り出す。
「このナイフを使って、二人で殺し合いなさい。生き残った方は、もう少しだけ飼ってあげます。あなたがもう一人にナイフを手渡した瞬間が、始まりの合図です」
命令を受けた男は、ナイフを手に取り、円の中へと足を踏み入れた。
円は大人二人が闘うには狭すぎる。逃げ場などない。
ナイフを渡す手は震え、受け取る側も同じく怯えていた。
差し出すナイフをもう一人は恐怖で受け取れない。
だが、魔族の男がちらりと横目で彼らを見た瞬間――その視線だけで、男たちは理解した。逃げれば死。従えば、わずかな延命。
ナイフを握りしめ、互いに向き合う。そして、殺し合いが始まった。
魔族の男はその始まりだけを確認すると、静かに微笑み、カップに手を取り紅茶を飲み始めた。それをゆっくりと飲み干すと、その目は、ブリッツたちへと向けられる。
「私はできればあなたたちを殺したくありません。だから、あなたたち、降参してください。降参してくれれば命までは奪いませんよ」
ブリッツは、魔族の男の後ろで殺しあう人族たちを見た。
(代わりにほかのすべては奪われる…)
沈黙の中、誰かが呟いた。
「……あいつ、狂ってやがる」
コロシアムに実況の女性の声が響き渡る。
「排他主義の差別主義の…鬼畜野郎!――その名も、ザイン・ミハエル!」
観客席が歓声で沸き立つ。
観客たちは残忍な結末を求めていた。
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