第6話006_同盟強制
神官のマリセの提案にアテナはいぶかしげな目を向けた。
「組む? どういうことだ。お前は組織犯罪者なのか?」
「違うわ。私は罪人じゃない。多分、あなたもそうでしょう」
「罪人は誰だってそうやって言うさ」
アテナは、馬車での出来事を忘れたかのように冷たく言い放った。
その声には、疑念と警戒が混じっていた。
「なるほど、確かにそうね。でも、本当のことよ。私たちは王都から派遣されてここに来たの」
「私やブリッツだってそうだぞ」
「もう、茶化さないで。時間がないから、簡単に説明するわ。過去の戦いから、私たちにはまだ魔王を倒す力がないことが早い段階でわかったの。だから、違う道を選ぶことにした」
その言葉で、アテナは合点がいったようだった。
「なるほど。魔王に傷をつけるよりも、魔族を倒す方を選んだのか」
「そう。今までの戦いから罪人と戦う魔族は残虐な性格をしているやつが多いけど、必ずしも戦闘に長けた人ばかりではないことがわかったの。…だから、私たちは罪人として潜り込んだ」
ブリッツは目を見開いた。
その告白は、彼女たちの立場を根底から覆すものだった。
「50番から55番までの人間は、私と同じ王都から派遣された人族の精鋭部隊よ」
「…なんで5人だけなんだ?全員を人族の兵で構成すればよかったんじゃないのか」
アテナは質問をぶつける。
「さすがにそこまで派手なことはできないわ。魔族側だって気づくでしょう。それに、ここにいる人族の兵士だって、全員が全員、私たちに味方してくれるとは限らないし」
「…ああ、なるほど。今の戦況を考えれば、少しでも魔族側に自分を売っておいたほうがいいーーそうやって考えるやつもいるか」
「そういうこと。悲しいけど、わからないことはない」
ブリッツは目を伏せた。自身が犯した罪を思い出したのだ。自身の罪が少年の肩に重くのしかかる。
「でも、確かにあなたの言う通り。使える人材は多ければ多いほどいい。だから…」
マリセは静かに言葉を継いだ。
「罪人は罪人でも、ある程度の選別はしたの。戦闘能力の高い者、それから、魔術師――そういった人たちを中心に選んだの。無差別に集めたわけじゃない」
「待て、貴様…“選別”と言ったな」
アテナが鋭く声を上げ、マリセの方へと歩み寄る。その瞳は怒りに燃え、神官を睨みつけていた。
「察しがいいわね。臨界魔術の研究者のアテナ・シラビエさん」
マリセは微笑を浮かべながら、どこか挑発的に言った。
「貴様、罪をでっち上げたな!」
アテナの声には確信があった。
「おかしいとは思っていたんだ!辺境に住んでいた私を、大した理由もなく逮捕して…。夜間に行われた裁判、異様なほど厳重な警備っ…おかしいことだらけだ!」
「あら、助けてあげたんじゃない。確かにこの裁判は裁判所の記録には載っていないわ。だけど、公表されちゃったら、あなたのお仲間たちは私たちの世界でもっと暮らしにくくなるわ」
「…ふざけるな!”私たちの世界”だとっ!?聖書には種族を差別する教えなど載ってはいない!貴様、それでも神官かっ!」
アテナの声は震えていた。怒りと失望が混ざり合っていた。
「そんなこと言われたって、私には分からないわ。今この世界を支配しているのは神じゃなくて王様だもの。それに私は法律家じゃないし」
マリセは肩をすくめた。
「だけどね、神が決まって愛するのはね、愚か者なんかじゃないの。賢く立ち回る者だけよ。それに神様は確かに差別はしないけど、奴隷の存在は認めているわ。これは区別…かしら?」
「…貴様…!私は――お前たちなどとは絶対に組まないぞ!」
「困ったわねぇ」
マリセは「はぁっ」とため息をついた。
彼女たちの間には埋められない溝ができてしまった。
二人の交渉は決裂するーーそう思えた。
その時だった。
「おい、手錠をつけたままじゃ、鎧なんか着れねぇだろうが!」
男の苛立ちが爆発するように響いた。
その声に、魔族の男、ミレガーはゆるやかに首を傾け、静かに微笑んだ。
「ああ、これはこれは失礼いたしました。先に外してあげますよ」
ミレガーはその声に微塵も動じず、普段通りの足取りでゆっくりと近づいていく。
「それでは外してあげますね」
ミレガーの浅黒い手が手錠に触れると、カチッと金属音が響いた。男の手錠がひとりでに開いた。
「今だ、やれ!」
突然、手錠を外された男が叫び、背後からもう一人の人族の男が襲いかかる。
両手にはまだ手錠がついていたが、その手には鋭いナイフが握られていた。
魔族の男は微動だにしない。
だが、彼の髪の間に走っている黒い触覚のようなものにピッと切れ目が入り、そこから目玉のようなものがギョロギョロと飛び出した。
その目玉が背後の男を捉えた瞬間――手錠が爆発した。
ナイフを振りかざしていた男は、爆発の衝撃を顔面に受け、声を上げる間もなく絶命した。
彼の体は力なく後ろへと倒れ、石床に鈍い音を立てて沈んだ。
「なんだと…」
魔族の正面にいた男は、唖然とした様子でその異形を見つめる。
「よろしければ、鎧の着付けを手伝ってあげましょうか」
ミレガーは目を細め、静かに微笑んだ。
その様子を見ていたアテナは目をつぶった。そして絞り出すように低くつぶやいた。
「…協力しよう」
マリセも茶化すことなく、小さく「ありがとう」と答えた。
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