第20話 金魚の糞
ゴブリンの群れとの喧嘩を買った以上ホテル泊まりになり、市場で朝食を済ませて東門に向かった。
まぁ野次馬の多いことで、つまらん喧嘩の見物よりも稼ぎに出ろよと思うが、お祭り騒ぎを見逃す気はなさそうだ。
〈おっ、そよ風が来たぞ〉
〈高値で買った喧嘩だ、逃げたら冒険者廃業だから来るさ〉
〈ゴブリン無双の連中は来るかな?〉
〈奴らは地元の連中だぞ。冒険者としての腕が悪くても逃げられないからな〉
〈奴らから売った喧嘩だしな〉
さっさと通用門を通るために列に並ぶと、待っていた男達も俺の後に続いて並んでいる。
今日は東の草原が混みそうで、面倒事が増えなきゃ良いがと心配になる。
〈おい、奴ってブロンズかよ〉
〈ほう、ゴブリン程度じゃビビらない訳だ〉
〈冒険者になって1、2年って感じだがなぁ〉
〈おっ、ゴブリンの群れが来たぞ!〉
〈逃げずに良く来た。流石はロクサーヌの男だ〉
〈潔く負ける覚悟が出来たか〉
〈俺は大穴のゴブリンに賭けたんだぞ、験の悪い事は言うなよ〉
〈お前、大穴は望めないぞ〉
〈何でよ?〉
〈剛力と行動したこともある奴だぞ。端から勝負にならないので、奴に賭けた奴が居ないんだよ〉
〈まっ、お前のような物好きが賭けたかもしれないがな〉
まぁー、酷い言われようだねぇ。
それに引き換え、剛力って侯爵家の依頼も受けると聞いたが実力は折り紙付きか。
入場門を出るとブランジュ街道をのんびりと歩くが、金魚の糞が大勢ついてくる。
「おいそよ風、何処まで行くつもりだ?」
「俺達も稼ぎに出るので、さっさと片づけてくれよ」
「ちょっと揶揄うだけですので、見ていても面白くないですよ。それと俺はそよ風じゃなくて、レオンって名が有ります。変な名前で呼ばないでください」
「判ったよ。そよ風のレオンだったな」
駄目だ、まともに相手をするのが馬鹿らしい。
道が曲がり街の門から見えない所で草原に踏み込み、ゴブリンの群れを待つことにしたが、ゴブリンの背後にも見物の冒険者達がいる。
暇人共めと思うが、ギルドの食堂で揶揄ったので噂が広まったようだ。
野次馬を引き連れていては逃げられないというか、やる気満々のゴブリン様ご一行。
「逃げずに良く来たな」
「俺達を馬鹿にしたことを後悔させてやるからな」
「そよ風程度で俺達に勝つつもりのようだが、ここはギルドの訓練場じゃねぇからな」
能書きを聞くつもりはないので、先頭の男を〔つむじ風!〕で包み込み軽く回してやる。
〈ひぇー、な、ななな〉
「何をしやがる!」
「何をって、貴男達は何しをに来たんですか。漫才をしてないでさっさと剣を抜いてくださいよ」
〈おー、あれがそよ風の魔法か〉
〈人一人をくるくる回すか〉
〈そよ風を馬鹿にしていたが、そよ風に揶揄われているぞ〉
「糞っ、纏めて掛かればガキ一人簡単だ!」
「詠唱させなければ勝てるんだ、行くぞ!」
「抜かるな」
呑気な奴らだが待ってやる義理はないので、遠慮無く連続して〔つむじ風!〕で包みぶん回してやる。
最初に回した奴が鼻血を流しているので、つむじ風の魔力を抜くと座り込んでゲロを吐いている。
隣では五つのつむじ風に巻かれて〈ヒェー、たた、助けてー〉〈目が、目が回るー〉なんて可愛い悲鳴を上げている。
2、30回は回ったと思うので、つむじ風の魔力を抜いてやると全員ふらふらで真っ直ぐ歩けない。
というか、立っていた奴も足が縺れて倒れ込み、野次馬連中に指差さされて笑われている。
〈つむじ風のようだが、無詠唱で連続して使えるのか〉
〈あれをそよ風と言った馬鹿に、すっかり騙されたぞ〉
〈だがつむじ風だけじゃぁ、所詮は風魔法だからなぁ〉
〈だが、魔法巧者なのは間違いなさそうだ〉
〈ソロで遣っているのなら索敵能力は高いだろうし、防御力も有るはずだぜ〉
〈あーあ、座り込んでしまったぞ〉
〈ご丁寧にゲロまで吐いていては、今日は使い物にならないな〉
〈奴が本気ならあっさりと殺されているところだな〉
〈このふらふらの状態なら、ゴブリン一匹に皆殺しにされるぞ〉
色々と評価してくれているが相手にする気はないので、放置して森に向かった。
* * * * * * *
「あのー、なんでぞろぞろとついてくるのですか?」
「あっ、気にしないでくれ」
「俺達も今日はこの辺で稼ぐつもりだから」
「この先の森の近くには結構鳥の鳴き声がするぞ」
「それはどうも。もう少し離れていないと狩りの邪魔なので、ゴブリンのように目を回してへたり込む事になりますよ」
「おいおい、恐いことを言うなよ。狩りの邪魔をする気はないので・・・」
「こんなにぞろぞろとついてこられちゃ、索敵も気配察知もやりにくいんですよ」
言って判らないのならその身に教えてやるさ。
後ろの奴らを無視して歩き出したが、全周警戒は後ろがまるっきり駄目だ。
振り返り先頭の五人を順次〔つむじ風!〕で包みこみ、目を回したところで最初の奴から魔力を抜いてやる。
次ぎに直径3m程の〔つむじ風!〕を作り、俺と野次馬の間を横切るようにゆっくりと移動させた。
〈おい!〉
〈嘘だろう〉
〈逃げろ!〉
〈あんなのに包まれたら死んでしまうわ!〉
野次馬連中が散り散りに逃げ出したが、殺す気はないので深追いせずに森に向かった。
「ひぇー、あんなのに襲われたら一溜まりもないぞ」
「俺達を殺す気はないようだが、怒らせたかな」
「あれをそよ風と呼んだ馬鹿は、誰だよ」
「リンディー、どうする」
「今日だけは付き合ってよ。見たでしょう、無詠唱か短縮詠唱か判らないけれど、連続して魔法を使っているのを」
「確かに連続して魔法を使えるのは魅力だよな。それに一つ一つが素速いのもな」
「最後のつむじ風!なんて、凄い威力だと思うな」
「教えを頼んで断られて元々、魔法を使う要領の一欠片でも教えてもらえれば、シールドもランスも素速く使えると思うの」
「行こうぜ。これくらい離れていれば索敵に影響しないと思う」
「殆どの奴らは見物を諦めたようだし、少しは機嫌を直してくれるかもな」
* * * * * * *
「何をしているのかな?」
「待て待て、遠すぎてよく見えないんだが」
「草叢を蹴っているようだが・・・」
「あの子の狩りは鳥が中心でしょう。草叢に居るのはホーンラビットにヘッジホッグ、ジャンピングマウスやランナーバードも潜んでいるって聞くわ」
「後はブッシュスネイクなんかも居るし、時にはレッドチキンも巣を作ることがあると聞いたぞ」
「しかし、棒きれ一本で武器を手にしないな。あの風魔法だけで獲物を狩っているのかな」
「おっ、何か飛びだしたぞ・・・て、落ちた」
「やっぱり風魔法で鳥を獲っているようね」
「飛んでいる鳥を狩れるって事か」
「あのつむじ風を見てなければ信じられないが」
「今なら信じられるぞ」
* * * * * * *
「おい野営をするようだが、小屋を作る様子がないぞ」
「あんな所に野営用のベッドと椅子を出して寛ぎだしたわよ」
「様子見序でに、頼んでみるか」
「彼奴らは?」
「さぁ、俺達とは目的が違うようだし」
「そもそも狩り場も違えば話たこともない相手よ。あっちがどう出るかなんて関係ないわ。行きましょう」
「おい、奴らがそよ風の方に向かったぞ」
「行くぞ、奴らにあいつを取られたら戦力アップにならないからな」
「報酬の3割を取り分にするんだ、嫌とは言うまい」
「それで元が取れるのだろうな」
「奴がギルドに持ち込む獲物は鳥や小物が殆どだが、査定は百数十万ダーラだぞ。俺達の稼ぎとは比べものにならないからな。奴と俺達との稼ぎを合わせれば、一人当たり2、30万ダーラは固いさ」
「それじゃ臍を曲げられないよう、下手に出て持ち上げてやるか」
「急げ! 奴らより先に声を掛けて交渉するぞ」
* * * * * * *
夕暮れ前に野営地を定めたが、50mほど離れてついてきていた10数名の男達が近づいてくる。
どうも二組のグループらしく、急ぎ足でやって来る奴らは胡散臭い雰囲気がプンプンする。
「そよ風の、ここで野営する気なのか」
「防御用の小屋も作らず不用心だな。俺達のパーティーに加わらないか」
「防御用の茨の小屋も持っているし、野営は交代で見張りをするので安全だぜ」
「俺達〔黒い旋風〕は、ロクサーヌではちょいと名の知れたパーティーなので、稼ぎも増えるぞ」
「そよ風の取り分は、稼ぎの・・・」
「勧誘ならお断りです。見ての通り一人でもやっていけていますし・・・」
「そうつれないことを言うなよ。今日一日お前に付き合ってやったんだぞ」
「3割の稼ぎじゃ気に入らないってのか」
「俺達は一日の稼ぎをふいにしてまで迎えてやろうってのに」
「貴方達一日にどれくらい稼いでいます? 俺は今日一日でランナーバード五羽にグリンバード二羽、レッドチキン四羽とチキチキバード四羽ですよ。俺以上に稼いでいても、人数割りすれば阿呆らしくてやってられませんよ。陽が暮れる前に街に戻った方が良いですよ」
「おい、下手に出て話しているのに・・・」
「それ以上口にしない方が良いですよ。朝のゴブリン達を忘れたのですか、あれは街の近くなので思いっきり手加減しているんです。ここなら人目もありませんし遠慮無くやりますよ」
腰の剣に手を掛けている奴や短槍の握りを変えて睨んでくる奴もいる。
もう一組いるので生かして帰すが、攻撃は諦めさせた方が良さそうだ。
「もう三歩前に出てみれば、私がこんな所で野営をする訳が判りますよ」
俺の言葉に?マークを顔に貼り付けていたが、仲間に背を押されて踏み出した。
が、三歩めの途中で行く手を阻まれて驚いている。
「何だ・・・」
「どうしたんだ、ビル」
「判らねぇ、何かが前に有るんだ。これ以上前に行けねぇ」
「おかしな事を言うなよ」
そう言いながら、ビルと呼ばれた男の横を通り過ぎようとして〈ウッ〉と言い、ドームに手を当てて顔色を変えている。
その後の騒ぎに付き合っていられないので、男達の背後に何時もの二倍の大きさの〔つむじ風!〕を作って見せると、ブツブツ文句を言いながらも引き下がった。
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