第4話 ブラックベア

 生活魔法は秋になっても大して向上せず、ウォーターは木桶七分目程度だしフレイムも拳一つ半の大きさ止まり。

 ライトの光量は上がったが自動車のハイビームより少し劣るくらいで、夜ならば眩しいなと思う程度だった。


 どうも生活魔法の性質上、強力な魔法になる必要がないと思われた。

 練習の成果としてクリーンが強力になったのと、リフレッシュが使えるようになったことで母さんが喜んでいて、親父と母さん専用のマッサージ係にされてしまった。


 そして焚き付けとしてフレイムに魔力を込めると調理に便利だと、食事の準備の度にフレイムを作らされる事になった。

 魔力を1/100の半分も込めれば、フレイムは30分以上コンロの中で燃え続けるので便利だろうさ。

 母さんと同じ職場で給仕係や掃除のバイトをしているラルフは、微妙な顔で俺を見ていた。


 生活魔法はこんなものだと諦めたが、練習は続けるつもりだ。

 風魔法の方は夏のあの日に考えた、つむじ風から竜巻にイメージを変更して試した結果窓の外上空に竜巻を作ってしまい、危うく大惨事を引き起こす所だった。

 大惨事を免れたのは万が一を考えて、魔力を1/100以下に絞っていたからだと思うが、真相は夜の闇の中だ。

 これに懲りてつむじ風の練習に戻り、つむじ風を作ってはこれを消滅させる練習を始めた。


 毎日夕方に戻ってきてお手伝いの代金2,000ダーラをテーブルの上に置くと、夕飯まで窓から空を見上げてブツブツ言っているので母さんが心配していた。

 しかしこれも生活魔法の練習の成果、フレイムの炎を消す要領で魔力を抜けばつむじ風を消滅させる事が出来ると判り一安心。

 以後はつむじ風を作るのも止めて、他に風魔法を応用する事を考える日々になった。


 * * * * * * *


 十一月になり、森の果実や茸狩りの為に森との境界付近に近づく事が多くなったが、俺の索敵はミンツと同程度には腕を上げていて、ミンツに変わって斥候を務めることも出来るようになった。

 日々の練習の成果は着実にスキルの獲得に役立ち、現在索敵で60m前後の腕前になった。

 同時に気配察知も40m前後なら、気配を殺して待ち伏せしている野獣を察知でき、索敵と気配察知スキルを獲得出来ていた。


 問題は鑑定スキルで、一応手渡された草や葉の一部を見て50%の確率で薬草か雑草か判るようになっている。


 お陰でお手伝い賃は一日3,000ダーラに上がり、巣立ちの日迄に短槍と弓の扱いに慣れたらパーティーの一員として認めるとテッドが言ってくれた。

 これにはマルコも異論はなさそうで、他の者からはミンツと二人で索敵をするので獲物が増えているので当然だと言ってもらえた。


 マルコだけは魔法使いのプライドと、俺が初めて〔ライナスの爆風〕に手伝いとして来た時から無愛想なので、俺も軽く無視している。

 考えている風魔法の使い方が出来るのなら、マルコより強力な魔法使いになれると思う。

 まぁ巣立ちの日を迎えたら、少しの間だけ爆風から離れて考えている魔法を試すつもりだ。

 今でも幾つかの風魔法を使えるが誰にも教えていない。


 つむじ風は色々と大きさを変え風力も調整することを覚えたし、竜巻を作れることが判っているのでこれも調節次第で強力な武器になると思う。

 後は二つの風をスライドさせてその場を真空にする方法とかだが、これは街中では危険なので実験すらしていない。

 夕暮れの空を舞う蝙蝠を空気の風船で包み膨張させて地面に落とす事も試してみたが、飛び回っていた蝙蝠がパタリと落ちたので不思議がられて一度で中止した。


 * * * * * * *


 二月になり、次兄のラルフもホテルでの働きが認められて、客室係兼給仕係として住み込みで働く事になった。

 長兄のモリスに続いて次兄のラルフも家からいなくなり、今では両親と俺の三人暮らし。

 俺が居なくなると寂しくなるので、なるべく長く家にいなさいと言われている。

 姉のベリンダがちょくちょく顔を見せるのでそんな事はないと思うが、姉さん曰く俺は小さいので親孝行しなさいとさ。


 九才年上の姉からみれば、母さん似の俺は背が低いし末っ子なのでそうかもしれないが、後四ヶ月で巣立ちの日を迎えるのだけれど、子供扱いが抜けない。

 有り難いことに巣立ちの日を迎えても家から出て行けと言われていないので、爆風の一員になれても家から通わせてもらうつもりだ。


 * * * * * * *


 ブラックベアの奇襲を受けたのは、四月の暖かな日に森からほど近い場所で薬草採取をしているときだった。

 正確には薬草採取の最中にゴブリンの群れが近づいて来たので、薬草採取を中断してゴブリン討伐中に背後からいきなり襲われた。

 ゴブリン九匹の群れの半数を倒して気が緩んだときに、ぞくりとした感覚に振り向けば黒い毛玉が突進してきた。


 「逃げろ!」


 叫びながら横っ飛びに毛玉を避けると、奴はそのまま倒れているゴブリンにむしゃぶりついた。

 俺達の事など気にもせずに、討伐したばかりのゴブリンを一心不乱に食べているのはブラックベアで、テッドの合図で静かに後退していた。

 ブラックベアを刺激しないように息を殺して下がっているのに〈パァーン〉と突然の爆発音。


 ファイヤーボールが鼻先で爆発したので、びっくりしているブラックベア。


 「やったぞ! 俺のファイヤーボールでブラックベアが身動きも出来ないじゃないか。止めにもう一発喰らわせてやる!」


 マルコの不快な声に、ブラックベアがゴブリンから俺達に視線を移すと〈ゴワー〉と怒りの咆哮を上げる。

 〈パァーン〉と再びファイヤーボールが命中したが・・・全然効いていない。

 怒りに地面を叩き、俺達に向かって突進してくるブラックベア。


 「逃げろ!」との声に〈ギャー〉と悲鳴が重なり、ゴブリンの包囲体制から後退っていたそのままに、散り散りに逃げることになった。

 後ろではブラックベアの咆哮と悲鳴が重なり、立ち止まれば死ぬとの思いから必死に逃げた。

 草叢に足を取られて転倒し地面の凹みに転がり込んだ。

 匂いからホーンボアの塒のようなので息を潜めて周囲を伺い、ブラックベアの気配がないことを確かめてホッとする。


 喉はカラカラだし冷や汗でぐっしょりと濡れていたが、落ちつくためにウォーターの水をがぶ飲みしてどうしようか考える。

 悲鳴が二度三度聞こえたが、半数は逃げ延びていると思う。


 ゴブリン討伐中の事だし気配察知は役に立たないが、まさか森のこんな浅い所にブラックベアが現れるとは思ってもいなかった。

 ブラックベアは血を流すゴブリンを喰らうのに夢中で、俺達の事は眼中になかった。

 あのままテッドの指示に従って静かに退却していれば・・・

 マルコの糞馬鹿野郎、あんなヒョロヒョロのファイヤーボールで、本気でブラックベアを倒せると思ったのか。


 マルコに対する怒りと、水を飲んで少し落ちついたので周囲を探るが獣の気配はない。

 ここが何処だか判らないが、ゴブリンを討伐していた場所は薬草採取で良く行く場所だ。

 このまま街に逃げ帰ってもよいが、三年近くも一緒に草原に出ていた仲間を見捨てるのも忍びない。

 怪我をしている者もいるかも知れないので、確認の為に引き返す事にした。


 * * * * * * *


 索敵と気配察知を駆使して慎重にゴブリン討伐の現場に戻ると、背中にザックリと爪痕を付け踏み潰されたヘンリの死体が転がっていた。

 食い荒らされたゴブリンの死体の向こう側には、エドガが恐怖の表情を浮かべて天を睨んでいる。

 二人とも防具が邪魔で食い荒らされてはいなかったが、それでも手足が喰い千切られて無くなっている。


 俺では二人の遺体を持ち帰れないので、せめて遺品だけでもと思っていると、弱々しい声で名前を呼ばれた。

 声の主はテッドで、草叢の中に横たわっていて右足が血で黒くなっている。


 「テッドさん、無事だったんだ」


 「命は助かったが、マルコのお陰でこの様だ。殺られたのは誰だ?」


 「ヘンリとエドガが死んでいます。後は逃げ延びたようですが、足は大丈夫ですか?」


 「ヘンリが倒れたので助け起こそうとしたときに、爪の一撃でここまで飛ばされちまった。お陰で命は助かったが・・・ギルドのポーションじゃ血止めが精々だからな。これで冒険者は廃業だな」


 見れば太腿がザックリと切り裂かれていて、血は止まり傷も塞がっているがデコボコになっている。

 これでは杖が無ければ歩けないだろうし冒険者は無理だろう。


 「レオン、添え木を作ってくれ。二人を街まで連れて帰るぞ」


 ナイフを渡されて手頃な木を切り、太腿の周りを薬草袋で包み小枝を添えてロープで締め上げる。

 短槍紛いの棒を杖にして立あがるのを手伝ったが、魔力を纏っているとはいえ小柄な俺には一苦労。

 二人の遺体をマジックポーチに収めると街道に向かって歩き始めたが、大量の血を流して足が不自由なテッドと二人では、遅々として進まない。


 何とか街道に辿り着いたときには陽が傾き始めていて、運良く通りかかった荷馬車の荷台に乗せてもらえて街に戻れた。

 冒険者ギルドの前で降ろしてもらい、御者の男に銀貨を握らせて礼を言うテッド。

 ギルドの中からは言い争う声が聞こえてくる。


 「俺はブラックベアを相手に闘っていたんだ。それなのに、皆は俺を見捨てて散り散りに逃げやがったじゃねえか!」


 「己のファイヤーボールが、ブラックベア相手に効くと思っているのか! あの時静かに逃げていれば、誰も被害を受けることはなかったんだ。ブラックベアがゴブリンを喰らっている時に、テッドは静かに下がれと合図をしていただろうが!」


 「嘘だ! 包囲して攻撃準備をしていたのに、俺がファイヤーボールを射ち込んだら散り散りに逃げ出したじゃないか。逃げた腰抜けが俺のせいにするな!」


 稼ぎから戻ってきた冒険者達が、俺達とギルドの中から聞こえてくる声を聞き、興味深げにギルドの中へ入っていく。

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