第9話 とある騎士の追憶(後編)

『今日もお美しいですね。月の精から祝福を受けたのでしょうか?』


 王女殿下をエスコートしていたソラルの声が、唐突に再生される。


 あれは、数週間前の夜会のこと。ベルトラン公爵主催の夜会に招かれた私は、警備ではなく友人として会場にいた。


 ほかの青年貴族が伴侶探しもかねて出席している中、私の興味のあるものは一つしかなかった。


『大変可愛らしいですわね。褒められ待ちの犬を思い出しますわ』

『えぇ。ですが、褒められたいがためにお世辞を言うような方ではありませんわよ。そのようなところも好感を持ててよいと思いませんか?』


 異議なし。


 ソラルと王女殿下を温かく見守る令嬢達と、密かに意気投合する。

 なお、彼女達は、ソラルを王女殿下から奪いたいと躍起になっているのではない。理想の殿方を語ることで、息の詰まる社交界を渡っていく糧にしているだけだ。


 私の立っていた壁際からは、王女殿下がソラルに心底惚れているようには見えなかった。


『ソラルは褒めるのが上手ね』


 私の目には、暗記した芝居のセリフを選んでいるようにしか映らない。だが、間を空けることなく答えた婚約者に、ソラルの顔は明るくなった。


『恐れ入ります』


 謙遜する短い言葉も、ソラルが使えば不思議と幸せで溢れているように聞こえる。


 それが、たまらなく嫌で、早く帰ってしまいたい気持ちを抑えた。


 護衛騎士として近くに控える機会が増えたら、あのような会話からも逃れられないと言うのか。実際に就任するまで、自覚させないでほしかった。


 かすれた声が私の喉からこぼれた。


「たった、それしきのことで」


 些細な感情で業務に支障を出すほど、軟弱ではない。咳払いをして、国王陛下を正面から見据えた。


「王女殿下に対する忠誠心が変わることなどありえません。私は本当に、ソラル様と王女殿下の幸せを願っているのです」

「話をすり替えるつもりか」


 どうとでもおっしゃってください。

 吐き捨てるように言いたかったのに、声は震え、胸の奥が苦しい。


 友人以上の関係を、ずっと望んでいなかっただろうに。今さら自覚しても遅い。


 皮肉なものだ。私が心から望んだ役目は、最も避けるべき役目でもあったらしい。

 

「そなたの気持ちはよく分かった。汗を拭くといい」

「汗などかいておりません」

「かいておるではないか」


 シルクのハンカチで目元を拭かれ、私の手に握らせる。


「しばらく貸しておく。思う存分使え。汗が目に入ると痛くてやれんだろう?」


 さっきまで平気な顔して遊んでいた人のセリフなのか。よくも傷口をえぐれるものだ。

 意趣返しで鼻をかんでやりたい。今はそこまで汗を流していないが。


「フィリベール。あれはな。自分から遠くへ行けぬのだ。肩の抜き方を身につけられなかったあれは、民の期待にがんじがらめになってしまった。馬鹿で愚かな王族という仮面を使いきれたら、違った道もあっただろう。だから、招待や視察以外でほかの国に滞在することを、よしとしない」


 国王陛下ではなく一人の父親の顔をしていた。

 この人は、肩書きを忘れて外の世界を見て回ってほしいのか。


「私はあれに、逃げ道を作ってやりたい。あれが魔術学校を卒業したとき、心に決めた人ができていたらソラル・ベルトランとの婚約を破棄することを許し、公爵家への違約金も私財から出す。そういう未来になったら、そなたはどうする? 護衛騎士として、王女殿下でなくなるかもしれない主に仕え続けるか? 王家との繋がりを作れなかった愛しき人に、見せかけではない幸せを贈るか?」


 ずっと抱えていた袋の底に、穴を開けられた気分だ。実らない想いを捨てようにも捨てられなかった苦しみと、離れることができる?

 

 膨大な情報に、ついていくのがやっとだ。

 王女殿下が婚約破棄をする可能性を、勘定に入れていなかった。

 国王陛下は笑い声を漏らす。


「何を呆けておるのだ。言ったではないか。ソラルは私にとっても、大事な存在だと。義理の息子にしたいと言ったのは本気なんだからな」


 敵わないな。この方には。

 打ち明けるつもりのなかった想いが口をつく。


「国のための剣は、愛しき人を支えてもよろしいのでしょうか?」

「愛しき人を支えてこそ、国を守れるとは考えないのか? まったく、我慢の仕方がなっていない。まだ結婚できるまで六年もあるのだぞ?」


 我慢できますよ。あなたが発破をかけてくださったおかげで。


「フィリベール・ペロ。そなたが我が娘ニネットの護衛騎士として務めてくれた暁には、聞き入れられる範囲の願いを一つ叶えよう」


 悪魔と契約することに、ためらいはなかった。

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