第8話 とある騎士の追憶(中編)

 計算の高さで見事に欺く努力家が王女殿下なら、朗らかな口調で油断させたところを仕留める天才が国王陛下だ。ソラルの幸せのためには、どちらも敵に回したくない。


 私を見下ろす国王陛下は、おもむろにあごひげを触る。


「彼の者達は低い評価をつけていたが、ソラル・ベルトランは実直でよい。公式の場では話し足りぬ。義理の息子になったら、城に代々伝わる秘密の部屋や隠し通路を案内してあげたいものだ」


 いらぬお世話だ。無駄に秘密を抱えさせないでほしい。

 死ぬまで誰にも言いませんと言って、両手で口をふさぐソラルが目に見えている。


「国王陛下、ソラル様に何を教え込もうとしているのですか」

「そりゃあもちろん、城下街をお忍びで楽しむ方法に決まってるだろう。肉の串焼き、砂糖細工、石みたいにかたーいちっちゃなパン。城の料理長のフルコースもいいが、外のものも無性に食べたくなるのだ。残念ながら、我が娘がお忍びに付き合ってくれなくなってしまってね。婿には理解してもらえるといいのだが」


 祭りの出店を楽しみにしている子どものようだった。だが、もらったお小遣いで何を食べようか悩む子どもとは、決定的に違う。大人の言うことを最初から聞くつもりのない図太さなど、持ち合わせているのは陛下くらいだ。


「無理強いはよくありませんよ」

「さすがは友人だな。我が娘がそなたに贈り物の相談をするのも頷ける」


 含みのある言い方に、私の鼓動は跳ね上がる。


「周囲には、そなたと私以外いなくなったな」


 メイドの人気を誇る恋愛小説で、登場しそうな甘い囁きだ。

 国王陛下が口にすると、嫌な予感しかない。


「お待ちください、国王陛下。まさかこの距離から」

「昔なら飛び降りていたよ。完璧な着地だった」


 国王陛下は手のひらを地面に向け、風を操る術式を発動させる。

 透明な階段を歩いている姿は、幻想的で美しい。さらりと揺れる蜂蜜色の髪にソラルを想い、思わず自分の脇腹を掴んだ。

 どう見ても、国王陛下とは比べ物にならない美しさだろうが。


「恥ずかしい話だが、腰の負担が気になるのだ。そなた、無茶をすると思って胃が痛くなったか?」


 だははと笑いながら、私に歩み寄った。

 貴族に足を引っ張られる危険を恐れ、療養しないよう日々気を遣っている人がよく言える。


「フィリベール・ペロ。もしも私が、聞き入れられる範囲の願いを一つ叶えると言ったら何を望む?」


 ずっと前から、とある望みが私を突き動かしていた。

 迷うことなく即答する。


「ソラル・ベルトラン様が平穏に暮らせることを望みます」

「意外だな。私はてっきり爵位を上げてもらいたいものだと思っていたぞ。ソラルに求婚するために」


 お戯れがすぎますよ。

 余裕ありげに言い返したいが、口の中が渇いてそれどころではなかった。


 誰にも打ち明けたことのない私の心を、なぜ言い当てることができるのですか?


 質問は質問で返す。


「国王陛下。不躾ですが、先ほどソラル様が義理の息子になったらとおっしゃいましたよね……?」

「嘘をついたつもりはない。未来の婿候補への正直な期待を話して、そなたが口を割ってくれればいいとは思った」


 ソラルへの気持ちを完全に抑え込めていたつもりだった。それゆえ、追及されることはないと油断していた。

 国王陛下の満足できる反応はむしろ逆。先回りされて退路をふさがれた今、大人しく要求を呑むことしかできそうにない。


「私に何をお命じになりたいのです?」

「王女の護衛騎士はそなたに決まった。王女の誕生日から、任務に就くようになる」


 それは命令ではなく任務の説明だ。

 念願の護衛騎士就任を喜ぶ気持ちより、趣旨が見えてこないことの困惑が膨らんでいく。


「今からそなたに訊くことは、単なる確認だ。我が娘を慕っておらぬのは、王の器ではないと判断しているからか? あるいは」


 国王陛下は息をつく。随分前から消えたおどけた表情も、内容の重さを物語っていた。


 どうか続きをおっしゃらないで。


 強い語気で国王陛下と渡り合っていたはずの自分は、もはや目をつぶることしかできなかった。


「そなたがほしいと願う愛しき人の言葉に、娘が喜んでいないからか?」

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