第4話 生霊

「あら?

お連れ様は?」


 昼食を食べに来た馴染みの定食屋で、店員のおばさんにそんな事訊かれて訳がわからなかった。


「一人…ですけど。」


「先ほど後ろにいた女性は……?」


「え?」


 後ろを振り向く、誰もいない。


「わたしの連れではないですね。」


「あら、そうなの?

混んでるから帰っちゃったのかしら?」


 首を傾げるおばさんに、『そうかもしれませんね』などと返して空いた席に座る。


 その時は、特に気にしなかった。



 しばらく経った月曜日の朝、会社で会った同僚にこう言われた。


「昨日一緒に買い物してたのは、お母さんですか?」


「え?」


 確かに昨日は買い物に行った、だけど……


「買い物には行ったけど、一人ですよ。」


 母とはしばらく会っていない。

 実家にも帰っていない。


「Hさんの後ろをずっとついて行ってたおばさんがいたんですけど……」


「ずっと一人でしたよ。」


「え!?知らない人!?

ヤバくないですか!?

三歩下がって〜、みたいにピッタリ後ろに貼りついてましたよ!!

気づかなかったんですか?」


「ええ!?そんな人がいたの?」


(誰も居なかったと思うけどな。)


 だが、少し引っかかった。

 この間、定食屋のおばさんにも似たような事を言われなかったか?

 モヤッとしたものの、仕事に取りかかるとすぐに忘れてしまった。



 その日の晩、一人暮らしのアパートで眠っていると、誰かがわたしの枕元に座った。

 女だ、正座している。

 ボーダー柄の服を着ている。

 目を開けていないのに、分かる。

 女は座ったまま身をかがめた。

 横向き寝のわたしの左耳に口を近づけた。

 生温かい息がかかる。


「お前が死ねば皆んなが喜ぶ。」


 ハッと目が覚めた。

 何故か、とても悲しくて、怖くて涙が出た。


 あれは、あの人は……

 もうとっくに忘れていたはずの顔と声。

 なんで今更……



「あっ、Hじゃない?

久しぶり、元気だった?」


 県外に就職してから会ってない同級生に、街で偶然会った。

 訳あって地元には帰ってないから、本当に久しぶりだった。


「久しぶり、元気だよ〜。」


 彼女とお茶をする事になり、懐かしさから話が弾んだ。

 しばらく話してから、彼女はちょっと声をひそめて訊いてきた。


「……あのさ、Sの事聞いた?」


「?

何も聞いてないよ。」


 Sは、元彼だ。

 学生時代は少しヤンチャ程度だったが、卒業してから手のつけられない方向に進んで皆に迷惑をかけ嫌われた。

 わたしもすぐに愛想が尽きた。

 Sの悪さに巻き込まれたくなかった。


 転職して県外に出たのも、しつこく復縁を迫るSから離れたかったからだ。


「アイツね、放火で捕まったのよ。

自分の家の納屋に火を付けて。

すぐに消されたから、大したことにはならなかったけど。

落ちるトコまで落ちたわね。」


「……そうなんだ。」


「ま、別れて十年以上なんだし、もうアンタには関係ないわね。」


 私が気にしているように見えたのか、彼女は明るい声で言った。


 彼女と別れて帰る途中、急にパズルがハマった気がした。


 Sのお母さんは、わたしを嫌っていた。

 なぜ、Sと付き合うのか、どうして付き合う事になったのか、しつこく訊かれて困った。

 デートではどこへ行ったのか、何をしたのかと、うちの親に探りを入れてきたりした。

 

 今思えば、別れて欲しかったのだろうけど、当時は息子を心配してるだけだと思ってた。

 卒業して、Sの悪い交友が広がっていく頃だった。

 それは、Sが転落し始める最初の地点。

 その時、彼のそばにはわたしがいた。


 ……Sのお母さんは、わたしとの付き合いが息子を駄目にしたと思ってるんだ。

 わたしが彼を悪い方向へ導いた、と。

 そして今でも、わたしを恨んでる。


 ……だから、生霊になってやって来たんだ。

 


 

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