第3話 牛舎

 地元のT高校が、文化祭だと知って来てみた。


 オレが学生の頃は普通科のT高、それと農業科、工業科のあるT北高の二校があった。

 しかし、生徒数減少で統合されて一校になった。


 校舎はオレが通っていたT北高の校舎を増築したもので、馴染みがある。 

 それに農業科で販売する野菜が安くて質が良いと人気で地元民がよく買いに来る。

 懐かしさと実益のある文化祭、オレも友人と一緒に買いに来た。


 野菜を買って一安心したところで、友人が言った。


「俺、調理部の焼き菓子買いたいんだよ。

嫁と娘に頼まれてて。

人気だから、早く行かないと。

あと、演劇部に従兄弟いるから見たい。」


 友人がパンフレット片手に焦っている。


「行ってこいよ。

オレは工業科の展示見て暇つぶししてるから。」


「じゃ、後で落ち合うか。」


「了解。」


 こういう距離感が心地よくて友人とは、長く細く続いていた。


 学生時代と同じ所と違う所のある校舎を眺める。

 ……あれはまだあるだろうか?

 農業科は牛を飼っていた。

 校舎裏の広い牧野ぼくやに牛舎があったはず。


 ……行ってみるか。


 オレは工業科だったから、学校の牛舎を見た事が無い。

 だが、小学生まで実家で牛を飼っていたので、興味はあった。

 卒業までに見られるかと思っていたが、チャンスは来なかった。

 事故を防ぐ為、農業科の生徒以外は立ち入り禁止だったのだ。

 牛の力で蹴られれば、死ぬ事もある。


 なら、牛舎に入らず外から少し覗くぐらいならいいんじゃないか?

 少しの間、牛を眺めて立ち去れば大丈夫だろう。

 今日は教師も忙しいから、きっと見回りにも来ない。

 弓道部や柔道部が使う武道館の前を通り過ぎ、牧野へ続く道路へ。

 その坂道をずっと登ってゆくと建物が見えてきた。

 たぶんあれだ。

 少しだけ開いた扉から中を覗く。

 黒い牛が一頭、餌を食べている。

 驚いたことに作業着の男性も居た。

 せっせと掃除をしている。


 目が、合った。


 怒られるかもしれない。

 すぐに、校舎の方へ戻る事にした。


 それからは、友人から連絡があるまでブラブラと暇を潰した。


「俺は用が済んだけど、後どうする?」


「オレも見たい所は見た。

昼飯どうする?」


「ラーメン食いたいな。」


 学生時代によく世話になった中華屋で飯を食べる事になった。

 ラーメンが半分無くなった頃友人に話しかけた。


「オレ、牧野に行って牛舎を見てきたんだ。

先生が居たからすぐ帰ってきたけどさ。」


 友人の箸がピタリと止まった。


「冗談やめろよ。

不謹慎だぞ。」


「は?

冗談じゃねーし。

まだ牛一頭いたよ。

ニュースで酪農家減ってるって言ってたけど、実習は続いてたんだな。」


 友人は声のボリュームを落として言った。


「……お前が海外いた時の震災、知ってるだろ。

あれから少し後、崖崩れが起きて牛舎が潰れたんだよ。

教師が一人と牛一頭が巻き込まれた。

酪農実習はそれ以前から廃止が決まってたけど、前倒しになった。

だからさ、滅多なこと言うなよ。」


「震災なら知ってるが、そんな話は聞いたことないぞ。

冗談を言ってるのはお前の方……」


「あの規模の災害だ、報道する事が多すぎて牛舎の件はあまり話題にならなかった。

学校内で起こった事だし、配慮されたのもあるだろう。

ああ、これだ。」


 友人がスマホを見せてきた。

 十年以上前のニュース記事だった。


 亡くなった教師として、あの男にそっくりな写真が載っていた。






 

 





 

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