第22話 境界線
【インタビュー記録06:宗像(むなかた)教授(62歳)】
撮影場所: 武蔵野文化大学 民俗学研究室
日時: 2025年6月29日 11:00
(※膨大な書籍と資料の山に埋め尽くされた研究室。宗像教授は、鋭い眼差しで水野が提示した資料――事件現場の地図、目撃証言の要約、そして被害者家族の家系図――を食い入るように見つめている。)
水野: 「……以上が、我々が現在までに掴んでいる情報の全てです。先生、支離滅裂に聞こえるのは承知の上です。ですが、我々はこの事件の裏に、何か……我々の理解を超えた、古い『ルール』のようなものが存在しているのではないかと感じています」
宗像教授: 「……いや、実に興味深い」
(※教授はペンを置き、指を組む)
「水野さん、君は気づいているかな。君たちが追っているこの怪異が、いかに日本の伝承における『境界』という概念に忠実であるかということに」
「まず『坂』。古事記に出てくる黄泉比良坂(よもつひらさか)――死者の国と現世を繋ぐ坂――を例に出すまでもなく、坂や峠、橋というのは、古来より我々の世界と、もう一つの世界……つまり『異界』との境界線、あるいは通路だと考えられてきた。そして『夕暮れ』。『逢魔が時』は、その境界が最も曖昧になる時間帯だ。目撃証言がこの時間帯に集中しているのは、非常に示唆的だね」
「そして、最も重要なのが、君が見つけたこの『伊豆との繋がり』だ。ここで、仮説が二つに分かれる。一つは、『土地の呪い』。だが、それならば被害者のルーツが伊豆に集中していることの説明がつかない」
水野: 「……では、もう一つは」
宗像教授: 「『血の呪い』だ。怪異は、東京の土地に根差しているのではない。伊豆の特定の血筋、あるいはその家系にまつわる『何か』に憑いているんだ。そして、その血を引く者たちが移り住んだ東京の『坂』を、新たな狩場として利用している……。私には、こちらの可能性の方が、遥かに高いように思える」
「郷土史家の根本さんが言っていた『皮を着替える』という表現は、実に的確だ。呪いの『核』は伊豆にあり、その時代、その土地に最も適した恐怖の『皮』を被って、標的の前に現れるんだろう」
「君たちが特定した、あの港町……。あそこには、確か、『御子神神社(みこがみじんじゃ)』という、曰く付きの神社があったはずだ。祀られているのが、『人でありながら祟り神となった存在』だと、古い文献の片隅で読んだ記憶がある。もし本気でこの謎を追うなら、そこが全ての始まりの場所かもしれん」
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