第20話 皮を着替える怪異

【インタビュー記録05:根本昭平(ねもと しょうへい)氏(82歳)】

撮影場所: 対象者の自宅書斎(世田谷区S町)

日時: 2025年6月28日 14:00

対象者: 根本昭平氏(郷土史研究家)

(※通された書斎は、壁一面が古い書物や郷土資料で埋め尽くされ、インクと古紙の匂いが満ちていた。根本氏は、分厚い眼鏡の奥の目を細め、水野たちが淹れたお茶を静かにすすっている。その眼差しは、鋭く、それでいて遠い過去を見つめているかのようだ。)


水野: 「先生、本日はありがとうございます。我々は、最近この周辺で相次いでいる幼児失踪事件と、それにまつわる『坂女』という都市伝説について調べております」


根本氏: 「ああ、『坂女』かね。耳にはしておるよ。時代の流れは、生まれる噂話の姿形まで変えてしまうものじゃな」


水野: 「と、おっしゃいますと?」


根本氏: 「あんたたちが追っているのは、本当に『新しい』怪異なのかね。水野さん、単刀直入に伺うが、このあたりで、数十年前……わしが子供の頃にも、子供が立て続けに消えるような、そんな話がなかったか、調べてみたかね?」


水野: 「過去の新聞記事などを洗いましたが、事件として記録されているものは見つけられませんでした」


根本氏: 「そうじゃろうな。事件、ではなかったからのう。だが、噂ならあった。いや……噂というより、もっと切実な、親たちが本気で怖れていた『言い伝え』がな」


「『子盗り婆(ことりばばあ)』じゃ。夕方になると、どこからともなくみすぼらしい身なりの、腰の曲がった婆さんが現れて、ほんの少し目を離した隙に、家の縁側や軒先にいる赤子をさらう、というな。昔の親は、言うことを聞かん子に『子盗り婆に連れてかれるぞ』と言うて、寝かしつけたもんじゃ」


水野: 「それは、子供を躾けるための、おとぎ話のようなものでしょうか」


根本氏: 「さて、どうじゃろうな。だが……」

(※根本氏は、セピア色に変色した一枚の集合写真をゆっくりと取り出し、指さす)


「わしが5つの頃じゃ。この写真に写っとる、わしの隣家の赤ん坊が一人、いなくなったことがあった。夕餉の支度でほんの少し母親が目を離した隙に、縁側から……。結局、どこを探しても見つからずじまいじゃった。神隠しじゃ、と皆が言った。あの時も、大人たちは『子盗り婆の仕業だ』と、本気で顔を青くして、夜は雨戸を固く閉ざしとった」


水野: 「……その『子盗り婆』と、最近噂の『坂女』。先生は、何か関係があるとお考えですか?」


根本氏: 「姿形はまるで違う。一方は腰の曲がった、農村の老婆。一方は長身で、都会的な若い女。全くの別物じゃ。じゃが……」

(※根本氏は、眼鏡を外し、布で丁寧に拭きながら、水野の目をじっと見つめる)


「本質は、どうじゃろうな。攫われるのが、抵抗もできん、無垢な幼子ばかり、という点は奇妙なほど同じじゃ。まるで、時代に合わせて『皮』だけを着替えているようじゃとは思わんかね」


水野: 「皮を……着替える?」


根本氏: 「ああ。昔、このあたりがまだ畑と雑木林ばかりだった頃には、『子盗り婆』という、土の匂いがする古い皮がふさわしかった。だが、今やここは高級住宅街じゃ。そんな場所に、みすぼらしい婆さんが出てきても、誰も現実感を持って怖がったりはせん。じゃが、『夕暮れの坂道に立つ、都会的で不気味な女』となれば、話は別じゃ。……中身は同じ、古い古い『何か』のまま、器だけを時代に合わせて取り替えている。わしには、そう思えてならんよ」


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