第11話 ダークヒーローよ、もう一度.3
コントローラーを操作し、デフォルメされたキャラクターをセーブ部屋の先に進めれば、イベントが起きる。
ダンジョンを進んでいた主人公たちの前に現れたのは、かつては仲間として戦っていた男だった。
『彼』は、憂いとある種の覚悟を帯びた声で、彼は自分と戦うよう主人公らに告げる。
フルボイスのおかげでかなり緊迫したシーンとなっている。主人公たちの『本当に戦うのか』という動揺と、かといってあとには引けないという葛藤が嫌でも伝わってくる。まるで、本当に生きている人間たちのストーリーみたいだった。
主人公は理由を話すよう何度も彼に促すが、とうとう彼は剣を抜いてしまい、場面は暗転、戦闘シーンに突入する。
『どうしてだ!?どうして、俺たちが戦わなきゃいけない!?』
戦いのさなかでさえ、主人公は彼との対話を試みる。互いの想い出を語り、そこにあった信頼は嘘偽りないものだったはずだと叫ぶ。泣きそうな声に、プレイヤーの僕自身、涙が出そうになる。
『俺は、嫌だっ!友だちと殺し合うなんて、俺は絶対に嫌だ!』
『黙れっ!僕とお前は友だちなんかじゃないっ!』
憧れたダークヒーローの冷たい言葉。彼の口調を真似た結果、かつての僕が醸造されたのだ。
互いのHPが限界へと近づいていく。
もう、決着は近い。
『僕は――僕は、僕の大切なもののためにお前を倒すっ!お前も覚悟を決めろ!』
奇しくも、相手の叱咤に目を覚ました主人公は、勇気と覚悟をもってして、とうとう彼を一閃、斬りつける。
ゆっくりと戦闘シーンが終わる…。
そこには、息も絶え絶えのダークヒーローが転がっていた。
涙ながらの主人公に抱き起された彼は、苦しそうにしながらも、どこか安心した様子で、『謝るな。これでいい』と告げる。
『僕は僕の好きにしたんだ…だから、これでいい…お前は何も悪くない…。僕を、友だちだと言うのなら…謝るな…』
事切れる寸前に彼が紡いだ言葉を聞き、主人公と共に僕は瞳に涙を浮かべた。
最期の最期まで自分を貫いた彼の姿に、僕は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。それから、ゆっくりとコントローラーを机の上に置くと、静かに瞳を閉じた。
人々を魅了するファンタジーの余韻にひとしきり浸った僕は、そのまま何も言わずベッドに身を投げ、電気を消した。
『彼』の物語はここで終わった。
だけど、『僕』の物語は終わらない。
考えるべきことは…残っている。
その日、僕はまた夢を見た。
青く暗い空間がどこまでも広がっている。
黒の水面の上に黙って佇んでいると、やがて、白い光がどこからともなく僕の前に現れた。
光は形を変え、人の造形を象った。それがどう変わっていくのか…僕はもう確信をもって予測していた。
僕は光が完全に人の姿を成したのを確認すると、「今夜は、君に会える気がしていた」と自嘲気味に笑って言った。
『…ふん』
彼は腕を組んで顎を上げた。いつの間にか、彼の身長すら追い越していたことに今さら僕は気がついた。
『どうやら、多少はまともな顔に戻ったようだな』
「そうかな?」と照れて僕は笑う。「…そうだと嬉しい」
『…ふっ』
僕を見て、彼もニヒルに笑った。嘲笑の底に沈んだ、優しい彼の魂が、今なら感じ取れる気がした。
バサリ、とマントを翻し、彼は背を向ける。
「もう行くのかい?」
『言っただろう、お前と話すのは時間の無駄だ』
コツ、コツ、コツ…と軍靴が鳴らす足音は海の底でもよく響く。
「待って。最後に一つだけ、教えてほしい」
足を止める彼は振り向かなかった。しかし、そんなことはどうでもいい。これでも彼は聞いている。そういう人なのだ。
「君は――…どうやって君のままで変わることができたの?大事なものはなくさないままで、どうやって大事なものを変えるの?」
最期まで意志を貫く強さと頑固さ、そして、気高さ。それらを失わないままで、彼は最期に頑なに認めなかった『友』へと言葉を託すことができた。
今なら分かる。自分を正しい方法で正しく変えることは難しい。
世間の常識や基準に従って身の振り方を変えるということは、変わるということではなかった。それはただ、惰性で合わせているだけだ。
そうして変わった自分は、たしかに見慣れた自分の形をしているだろう。しかし、それはもはや『僕』ではない。
彼は、はぁ、とため息を吐くと大儀そうに振り返った。
『そんなもの僕が知るか。そもそも、僕は変わったつもりなどない』
実に彼らしい言い分だと、僕は苦笑した。
彼はそんな僕を見て不服そうに顔を歪めたが、ややあって、もう一度ため息を吐き僕に背中を向けて続ける。
『ただ、僕の知っているとびきり間抜けな奴なら、きっとこう言うだろう。――「それは多分、『変わろうという勇気』と…『なんでも話せる友だち』じゃないかな」…とな』
「勇気と友だち…」
そうか。
幸い、僕のそばにはその欠片がすでに散らばっている。
後は、拾い集めればいいのだ。
「ありがとう」
僕が何度も頷き、小さな声で感謝を述べれば、彼は鼻を鳴らして、歩き出した。
彼は二度と振り返ることはなかったが…僕の胸の内側には、眩しく輝き道を照らす光がまた宿っていたから、不安に苛まれたり、孤独に思ったりすることはないのであった。
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