第13話

 繁忙期前のこの時期は割と暇のため有給休暇を取ることができた。

「準備できたか?」

「うん大丈夫だよ」

玄関先で風紀ふうきに確認を取り、そして出発する、冬紀ふゆき優哉ゆうやがいる島へ。電車を乗り継ぎ空港に到着した。飛行機の機内に入場し座席に座る。肘掛けに置いた手に風紀の手が触れる、その手が少し震えているのを感じた。そして風紀が俺の耳元で呟く。

「飛行機に乗るの初めてで緊張する それに浪樹なみきと旅行も初めてだね」

俺の耳元をそっと離れると微笑んだ。俺は少しはしゃいている風紀を微笑ましく思いながらほっとつく。

 一時間ぐらい経っただろうか気づくと着陸するため機体が降下していた。

「天気が良かったから下が見えて生地図見れて綺麗だったよ」

風紀が楽しそうに俺に報告する、俺は楽しそうにしている風紀の姿に誘って良かったと嬉しくなった。着陸して飛行機から降りてロビーで手を伸ばした。ここから島へと渡るための船着所へバスで移動する。あまり旅行なんてすることない俺は、移動だけでもかなりの体力を消耗して、船着所に辿り着いたときにはダウンしていた。船を待つ際、風紀はその割りいたって元気だ、若いなっと、俺は待合室ですっかり爆睡してしまった。そして三十分ぐらい経ったあたりだろうか風紀が俺を揺すっている。

「ねぇ起きて浪樹 船が来たよ」

「うっ ん」

まだ眠いため目を擦り風紀の声に寝ぼけながら反応する、そんな俺の手を引っ張り船へと誘導した。俺は船内座席に腰を降ろしてまた眠りにつく。そんな俺を見つめた風紀が呆れて、ため息をついていた。船が島に到着する前に目を覚ました。風紀は甲板にいて風を感じながら海を眺めている。俺も甲板に出てみる、天気が良好のために、風があったが心地がいい。大きく息を吸い込む。

「浪樹」

俺に気付いた風紀が俺に手を軽く振っていた。

「もう少しで到着だな」

俺は風紀に寄って、ここから見える船着所を見つめる。船が島に着き俺たちは島に降り立った。磯の香りが漂う感覚に酔いしれる。俺と風紀で暫く海を眺めていた。

「ふうきさん なみじぃ ようこそ」

 島に向かう船着所で冬紀には事前に連絡は入れていた。てっきり冬紀が迎えに来てくれると思っていたが、優哉が迎えに来た。

「?…どうしたの」

優哉が俺たちの無言に疑問に思い問いかけた、優哉が自分から言葉を発し挨拶をしたため俺と風紀は驚いたのだ。それにとっても明るかった。

「本当に優哉なのか?」

俺が恐る恐る優哉に近づき確認を取る。俺が知っている優哉は、片言の言葉を発し俺や風紀の名前を呼んでくれたことなどなかった。

「うん優哉だよ」

優哉が俺に、にっこりと笑って返した。

「ぼくが島を案内するよ ついてきて」

俺と冬紀は優哉の後につづいた。海辺から離れ、島の町合いへと歩き出す。途中空家が並ぶ場所に出くわす、そこには野良猫たちが日向ぼっこをしていた、車が通らないのを知ってなのか警戒心がなく道路に腹ばいになって寝ている猫もいて中々都会では見ない光景だ。

「この島の猫たちは人懐っこいんだよ ほとんどこの空家地区に移住しているんだ 島の人たちが交代で掃除とエサをやっているんだ」

島の特徴を優哉が説明している。

「エサをあげてもいいの?」

風紀が優哉にネコたちにエサをやっていいのか聞いていた。

「エサの時間があるからその時に当番の人と一緒にエサをあげるのはいいよ 遊んだり触るのは自由だよ でもネコによっては抱っこされたりするのが苦手なのもいるから気をつけて」

風紀が優哉から説明を受けて微笑みながら肯いている。俺はその光景を見てこんなに変われるものなんだと感動していた。

 歩くこと十五分ぐらいか目的地に辿り着き優哉が扉を開けた。案内所のように思える内装だ。それに少し寛げるスペースがあり、その奥に調理場あり食事ができる長いテーブルと椅子が置いてあった、そこも素通りして更に奥に進むと、見覚えのある空間が目に入る。そこは冬紀の部屋が広がっていた。

「手が離せなくて優哉に迎えに行ってもらったんだ」

PCの画面から目を離れ俺に声を発した。

「いや 正直 声をかけれれた時 優哉か?って疑ったくらいだ」

俺が変化した優哉の印象に本音を呟く。

「島の人たちが孫ができたようだって優哉を可愛がるからすっかり馴染みました」

冬紀が優哉が前向きになれたのは自分も同様、島の人たちのおかげだと説明する。

 風紀が俺を呼んでいるようで声が聞こえる。

「浪樹っ 僕は優哉とネコたちのエサやりに行ってくるね」

そろそろ担当係がネコのエサやりと掃除をしに行く時間のようで優哉について行くからと俺に説明する。そして優哉が風紀を連れて出て行った。二人を見送った後、冬紀が俺に問いかける。

「ところで浪樹さんは当分島に居れますか?」

「どうかしたのか?」

まぁ一週間ぐらいはいるつもりではいるがと頭で考える。

「実は島長がまたプロジェクト企画二弾で二十代の若衆を募集して明日から五人やってきます」

冬紀が不機嫌そうにしている。

「邪魔者が消えたって思ってたのに…浪樹さん指導できませんか?」

人に教えるのが苦手な冬紀が俺に助けを求める。

「それはいいけど 冬紀 君もベテラン組だ 頑張って若者たちを育ててみてはどうだね?」

「う…善処してみます」

俺の本音に苦悩しながらも答えた。

 休暇でゆっくりするつもりでやってきたのにと、思いもよらない仕事を振られた。風紀の方は優哉と和み楽しそうだ。その点は島に来て良かったと感じていた。そして次の日、五人の若者がやってきた、なぜか俺が船着所で若者を迎えに来ている。冬紀のやつ初対面の相手が苦手だからって俺に丸投げしたな、まったくとため息が出る。早速、船から降りてきた若者五人に声をかける。

「島のプロジェクトチームの皆さんですか はじめまして私は当プロジェクトの案内人の小田桐おだぎりです よろしくお願いします…」

「あれ?小田桐係長おだぎりかかりちょう なんでここにいるんすぅか?」

プロジェクトチームの一人が俺に気づき声を返した。

「あっ?! それはこっちのセリフだ お前会社はどうしたんだ」

俺が呆れて相手にぼやく。そう会社の後輩の橋田智雪はしだともゆき(25歳)だ。世間というものは本当に狭いと感じる。

「会社 今 暇じゃないすぅか だからこのプロジェクト面白そうだから参加したんですよ」

軽い感じで俺に返答を返す。

「このプロジェクト三ヶ月企画だぞ」

俺が更に呆れてつっこむ。

「まぁ…満期間まではいませんから その後は皆様方に頑張ってもらおうと思ってます」

『無責任だな…これじゃ冬紀がまた切れるな』と思いながら、ため息が出る。

「小田桐係長もこのプロジェクトに参加してたんですか?」

「俺は今休暇中だ このプロジェクト担当者が今 手が離せないということで駆り出されたんだ…」

手でちょっとと手招きをして自分の方に橋田を引き寄せる。

「お前は後で個人的に話がある いいな」

俺が小声で橋田に圧をかける。橋田が苦笑いしながら縦に肯いた。

「これから皆さんを職場に案内します」

俺は橋田を含む四人の若者に声をかけ目的地へと歩き出した。

 俺は後、六日ぐらいしかいないため冬紀の方が心配になる。この前と同様、失敗を繰り返すのではと、仕事に関しては完璧かもしれないが、このプロジェクトはチームワークが求められているはずだ。島長としては若者の移住が目的のようだ。ここは橋田に頼んでみようかと考えていた、橋田は軽いのりの性格だが、周りを動かすのがうまいのだ。自分は大した仕事をしていなくても周りの長所を生かし誘導する口のうまさがある。

 俺は職場へみんなを届け、冬紀から聞いていた利用する部屋の割り振りを説明する。そして最後に橋田を呼びつけ外へと連れ出す。

「俺は一週間は滞在しているがその後は島を離れる だから…」

「えっ あ 大丈夫だと思いますよ オレ戦力になりませんから 会社の繁忙期まで二週間ぐらいありますよね それまでには戻りますよ 休みも二週間ぐらいしかもらってないし」 

相変わらず軽い感じで俺の問い答える。そんな橋田を睨みつけた。

「ちょっとそれは無責任過ぎないか」

「えっ 初回面接の時 リーダーがいいっていたので大丈夫だと思いますよ」

「なっ!」『冬紀のやつはまた一人仕事するつもりか』俺は橋田の言葉に冬紀の考えを感じ取る。

「俺がいるうちは段取りを組むが 滞在期間中でいいから後を引き継いでくれるか」

「オレ役に立ちませんけど」

「お前はいつもどおりでいいんだ」『自分の能力に気づいてないか』

「まぁそれなら別に構いませんけど」

せっかく若い人たちが、このプロジェクト第二弾に参加してくれたのに冬紀のせいで自信を失くしては残酷だと、それに冬紀には自分思考の考え方以外にも耳を傾けてほしいという願いもあった。

 プロジェクト企画第二弾は、若者たちが移住して良かったというエピソードをネット上で宣伝したいのだという。本当は一回目の企画が成功していれば、その若者たちが移住して移住エピソードを企画していたが、冬紀がある意味台無しにしたところもある。とりあえず橋田から四人の特徴を聞きだしてみる。話好きな橋田のことだ全員と話をしているはずだ。四人は女子グループと男子グループの各二人ずつ、友人のようだ。女子グループはニャンズ愛好者で男子グループは釣り好きのようだ。プロジェクト企画第二弾に参加した動機が見えるようだ。冬紀が呆れるのも無理はないのかもしれないと橋田の話を聞いていて思った。プロジェクト企画第二弾は、この島までの旅費も無料のうえ三ヶ月の移住もできる。島が堪能できるわけだ。

 次の日の朝、早速女子二人組が、カメラを持参してネコ移住地へ向かうところだ。とりあえずこの企画の方針は分かっていて参加しているのかを尋ねる。二人で顔を見合わせた後、答える。

「はい リーダーがネコをできるだけたくさん撮ってきてくださいって言われました」

冬紀なりに仕事を振り分けたようで、彼女らに指示を出していた。

「今までもカメラで撮ってたの?」

「はい ネコは大好きなのでカメラで撮ってます あじが出るので ね!」

相方の彼女にも話を振ると肯いた。俺は今まで撮ったものがどの程度のものか気になり尋ねる。

「今まで撮ったものってある?」

彼女らが俺の問いに肯いた。

「見せてもらってもいい?」

更に問いかけ頼んでみた。彼女らがその問いにまた肯く。彼女らのネコ愛には驚かされた。一匹一匹の特徴を捉えて愛らしいものから笑える瞬間のものなど様々なネコたちの表情がそこには収められていた。

「これは凄い! 仕事はそういう関係だったとか?」

俺が気になり更に質問すると首を横に振り「趣味です」と彼女らは答えた。今って趣味はレベル高いなっと驚いていた。そんな彼女らを見送り建物内に戻ろうとした時だ、橋田が顔を出す。

「橋田どこ行くんだ」

「三人で釣りにでも行こうかと思って」

なんて気軽なんだろうと思いながら橋田を見つめる。

「リーダーが島の特徴の魚が釣れるのか知りたいって それに彼らに釣りに誘われたからですよ」

橋田が許可をもらったことを俺に必死で説明する。

「…大物釣れるといいな」

「まぁ期待しないで待っていてください」

橋田が釣り竿を持った彼らと一緒に海辺へと消えていった。

 俺は建物内へと入り冬紀がいるスペースへと顔を出す、それに気づいた冬紀が手を止めて立ち上がると、改めて俺に礼をした。

「ありがとうございます 浪樹さんが居てくれて助かりました」

「いやいや 冬紀こそ結構ちゃんと指示出して取り組んでいるから安心したよ」

前の失敗が考慮されているのかもなと思いながら冬紀に微笑む。

「今回のメンバーは元社会人だった方々のうえ趣味とはいえ目的があったから助かっただけです 今回は仕事がやりやすいです」

「そう…良かったな」

冬紀は人をうまく使うのは結構うまいもんな、今回は大丈夫そうだなと、ほっとつく。橋田がみんなを誘導して、冬紀がみんなをうまく使う、結構いいものができそうだ。

 釣り組の彼らは五日間も沖合で頑張っていたが坊主のため、落ち込んでいく。そんな中、船釣りの方が釣れるかもしれないと橋田が提案を出していた、話好きな橋田は島の漁業を営む、ご老人に船に乗せてもらう約束をいつの間にかしていた。

 ニャンズ愛好者の彼女らは順調に写真を撮り堪能している。風紀と優哉もネコたちを見に毎日入っていたので、そのせいもあり仲良く話をするようになったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る