第12話
「お久しぶりです」
「どうだ仕事の方は順調か」
「…」
俺の質問に冬紀は無言だった、『えっ!まさか…』俺は何かあったかと悟る。あまり人を頼ったりするタイプじゃないのに、こうして俺にメールを送るくらいだ。
「…ボクはずっとロンプレだったのでチームは向かないってことが今回の仕事で特にわかりました…」
一人での仕事なら、みんなとの話し合いもなくスムーズだったのにと、冬紀を入れて六人パティーで仕事の取り組みが始まったが、全くまとまらず前に進まないことに、イライラして一人でプログラムを作成して出してしまった。そのためにみんなから反感を買ってしまったのだという。
「そっか 冬紀以外は初めての仕事経験者か?」
「ええ 言われた指示は守らないうえ考え方が幼稚で遊びの延長戦での物事の言いように頭にきてしまって…はぁ…」
かなりの苦悩だったのか、ため息をついていた。
「ところで…あの…
「…」
ちょっと意外な質問だったので俺は驚いて言葉を失って無言になる。不穏な空気が漂っていく。まぁでも隠したところで仕方なので本当のことを返答することにした。
「今は施設にいるんだ」
「…ボクのせいですね」
俺の返答に冬紀が自分のせいかと問い返す。
「君だけのせいではないよ このことは難しいことだから」
「…優哉は今は中学一年生ですか?」
「…そうだね」
「ボクが一緒に連れていきます 駄目ですか」
「なっ!」
冬紀の言葉に声をあげる。
「君は分かっているのかっ 君に対しての執着心が強すぎてもう手に負えなくて
「…そうだったんですね すいません」
「あっ!…いや 俺も感情的になり過ぎた」『もっと冷静に話すつもりだったのに本音を吐いてしまった』と心で思いながら反省する。そして冬紀に軽く頭を下げた。その姿に冬紀が首を横に振りながら語り始める。
「チームは解散しましたが島の御老寿の方たちとは仲良くなりまして犬猫も生息していてとっても穏やかな島なんです ボクはずっと閉じこもりで仕事をしていましたが島に来て外ってこんなに明るいんだって 人は暖かいんだって 誰も時間に追われず心にゆとりがあってゆっくりと時間が流れていく感覚がボクには心地好くて新鮮だったんです 優哉もボクと一緒で学校に居場所がなくて部屋に閉じこもり生活だからボクに執着したんじゃないかって思うんです 外の世界を知ればもっと分散できるようになるのではないかと…ボクが変われたように」
冬紀も優哉のことを気にしていたようだ。
「信頼と執着は違う そこを履き違えて接してしまったらお互い後悔すると思って 時間をおきたかったんです」
「優哉の方はそうじゃなかったら君はどうするんだ」
「それって優哉がボクに対して恋愛対象だったらってことですか」
俺は風紀の問いにコクリと肯いた。
「それは可能性ですよね ここからその先はまだ分からないのではないですか」
冬紀は若いなと感じた。引きこもりだったが、きちんと社会と向きあっていたからなのか考え方も前向き思考だ。その考え方が優哉に理解できるのだろうか。もっと執着して俺みたいに…考えれば考えるほど悪い方向に考えがいく、俺は頭を抱えた。
「優哉に会えますか」
「っ!」
頭を抱え俯いていた俺に、さらっと冬紀が告げた。
「…それは俺だけでは決められない」
「…」
俺の返答に冬紀が考え込んだ。優哉のことは風紀にも相談しないといけない、施設に入れることを最後まで拒んで、優哉と頑張りたいと奮闘していたからだ。
「分かりました ボクからもお話します」
意外な発言に驚きながらも不安を感じていた。
家に風紀がいるか電話で確認したのち冬紀が帰省していることも伝え一緒に帰宅した。風紀は居間のソファに腰を降ろして俺と冬紀を待っていた。緊迫した空気の中、俺が優哉の今後の提案について語り始める。そして話終えた後に風紀に問いかけると、
「好きにしてください」
意外な返答だったので俺は目を丸くした。もっと揉めるものだと思っていたからだ。
「珍しく顔を出したと思ったらそういうことなんだ…」
風紀が冬紀にちらっと目を向けたが、すぐに反らし、力なく声にした。
「僕は何も知らない蚊帳の外だよね!結局あなた方が結論を出すのでしょ」
「俺はどうすることが優弥にとっていいのか分からない」
俺は力なく風紀に返す。そして冬紀も自分の意見を述べた。
「ボクは優哉が視野を広げた方が世界観が変わるって思っている」
「っ!」
風紀が、その正論に怒りを爆発させ、立ち上がった。
「あんたのせいでこんな状況になったのに よくそんな発言できるなっ 今頃来てまた引っ掻き回して?!一緒に連れて行っていらなくなったら「はい返します」じゃないよな!優哉は君の道具じゃないんだっ!」
都合のいいことばかりを並べる冬紀の発言に本音をぶちまける。本音を吐いて力が抜けたのか、風紀がよろめき倒れかかる、そんな風紀を俺は咄嗟に抑えた。
「俺たちだけで話を進めても本人がどうなのかを確かめないと…な」
俺の告げた問いに風紀が肯き、冬紀にも目線を送ると首を縦に振った。
「冬紀どこ行くんだ 家でゆっくりすればいいだろう」
みんなで夕食を食べようと風紀がご飯支度をしている。そんな中、冬紀が玄関から出て行ったため声をかけた。
「いいですよ ホテルとってあるので仕事もありますから」
「きちんと休んでいるのか」
一人で仕事をこなしている以上無理はしているだろうと思い問かけしてみる。
「病気ですよね 特に街に来るとモニターと対面してないと落ち着かないんですよ」
目を合わせないで語った冬紀が気になった。本当は…と。
「まだ風紀とは…」
「浪樹さんが気にすることないです ボクとあの人の考え方は平行線ですからしょうがないんです」
俺にそう告げると冬紀は街へと姿を消した。
家に戻って台所へと顔出す。夕食の準備が整いテーブルに並べられた食事を前に椅子に座っていた風紀に告げる。
「冬紀は用があるって…」
「
お互い分かっているらしく口にすることが同じだ。
「冷めないうちにいただこう」
風紀の言葉に肯き椅子に座る。そして手を合わせ「いただきます」と口にした。
優哉がいる施設の訪問は次の日都合がついた、三人でその施設を訪れる。面会室で待つこと十五分だろうか優哉が姿を見せた。力なく俺の向かい側に座った。
「調子はどうだ」
俺は、なんて声をかけていいのか悩みながらも、たわいのない言葉をかけてみるが、俺の言葉に反応もせず優哉は俯いたままだった。風紀は施設の園長に呼ばれたため、まだこの面会室にいない。そして俺の後ろにいた冬紀が声をかける。
「久しぶりだね優哉 会いに来るのが遅くなってごめん」
冬紀の声に優哉がゆっくり顔を上げ始める、
「あぁ ふゆきにぃちゃん」
この時、冬紀の顔を見つめた優哉に生死が宿っていくのを感じた。
その後は俺の存在など感じることなく冬紀と話をしている、まるで別人だ。主人と生き別れてやっと再開できた飼い犬のようだった。俺の中で、これで良かったのだろうかという気持ちも湧き上がった。
結局、優哉は冬紀と共に島行きを決めた、風紀が複雑な気持ちだったらしく体調を崩し寝込んでしまった。
出発の日、俺は駅までだが見送りに行った。優哉はこのうえなく楽しそうだ。施設でも友達はできず孤立していたと、この前、訪問した際に園長から告げられたと風紀が言っていた。俺は心配ごとを冬紀に告げてみる。
「冬紀 これだけは約束してほしい 君にとって優哉は仕事の戦力になると思っているのかもしれないが結果が全てではない 長い目で見てほしい」冬紀も優哉も若い、冬紀は個人プレーでこなしてきたタイプだから、使えないと切り捨てるところがある。この前のチーム企画の失敗がその例だ。俺は優哉を頼むという強い思いで冬紀を見つめた。
「はい」
冬紀が俺を見つめ返し返事を返した。そして二人は改札を抜けて電車へと乗り込んでいった。
自宅に戻ってきた俺は居間のソファに腰を降ろし、ほっと息をつく。
「優哉は無事行ったの?」
俺が帰宅したことを知ってか、寝巻き姿で風紀が居間に顔を出した。
「うん元気に行ったよ」
「そう…」
寂しそうに風紀が声にした、お互いその後の言葉が出てこない。風紀は居間の入り口で立ち惚けている。
「優哉のことは本来身内である俺が抱える問題だったのに巻き込んでしまった すまない…」
窶れて疲れ切った風紀を見て今までのことを思い返す、俺の言葉に風紀が首を横に振る。
「自分は父親失格だったから優哉は自分の息子のようで…だけどまた僕では救えなかった…」
風紀が俯いてしまう。
「それは…俺も一緒だ 俺だって父親は失格だ 優哉も毬にも何もしてやれなかった 自分のことしか考えてなかった…」『俺はあの日から風紀のことだけだった そして今も…』心で思い返し、風紀へと目線を向ける。
「…おいで」
「…いいよ」
風紀が恥ずかしそうに顔を反らしてぼそりと返した。そんな風紀に自ら寄って抱きしめる。そんな俺の行動に逃れようと発した。
「いやだって」
「大丈夫…何もしないから…」
「…」
その言葉に静かになり、抱きしめられた冬紀からは、声を殺して泣いている啜り声が密かに響いていた。
「ただいま」
俺はいつも通りに帰宅した。優哉が冬紀と発ってから一ヶ月経っただろうか、一応冬紀には元気にやっているか心配だから連絡はたまにで、いいのでくれるようにと伝えていたが、忙しいのか発った日に島に到着したと連絡はもらったが、その日以来全く音沙汰なしだ。
「浪樹 見て 久しぶりにアルバム見てたんだ」
風紀が居間のテーブルにアルバムを広げて優哉の幼児の時の写真を見て懐かしんでいる。最近の風紀はこんな感じのため、少し心配していた。
「あれ…夕飯は?」
「あっごめん今作るね」
風紀が慌てて台所に立った。
「いいよ たまに外に食べに行こうか」
「…」
俺の言葉に固まっている。
「…浪樹はさ…本当に優しいよね…僕は結局自立しないでズルズルと何十年も浪樹にすがって家のことをしてきただけ…優哉のことも…」
「俺はずっと助かってたし帰宅して風紀が「おかえり」って言ってくれるのが嬉しいけど」『また堕ちモードに入ってきたな』と、俺は咄嗟に癒し上げをする。
「なんか…後ろばっかり降り向いてしまう 考えてしまうんだ あの時もっと気づいていれば優哉も救えたんじゃないかって…」
「風紀っ!」
「あっごめん」
俺の呼びかけに、はっとして我に帰りまた謝る。俺はそのことを思い起こさせないようにと話題を変える。
「ところでどこに食べに行く? 風紀が好きなところでいいよ」
「ごめん…そういう気分じゃなくて…本当にごめん…」
風紀が俺の誘いを申し訳なさそうに断った、そして自分の部屋へと消えていった。
俺は仕方がないのでお湯を沸かしストックしてあるカップ麺を一人ですすった。
このままじゃ風紀が闇モードに落ちていく不安が拭いきれず、冬紀にメールを出してみる。
【連絡がないということは元気でやっていると思うが、気になってメールを送ってみた。優哉は島に馴染んでいるか?中学生だから学校の方はどうなっているのだろうか】など、ほとんどが質問攻めの内容だが。そして返答を待つこと一週間が経った。一向に返答は返ってこない、『これは脅しをかけてみるか』とまたメールを送信した。
三十分後だ。
【すいません、返信遅くなりまして…】
冬紀から返信が返ってきた。『この脅しは効いたか』と効果あったなと微笑んでいた。
【仕事の方が慌ただしくて、やっとひと段落ついたところです。優哉は今は学校に行っています。島の学校は十年前を境に廃校になったそうです。まぁ子供がいなくなったからなんですが、島の島長が優哉のために学校を作ってくれました。島の元教員の方に勉強を教えてもらってます。浪樹さんの方からこんなに心配されるとは思ってませんでした。あの人は元気ですか?「島を訪れようと思う」という内容でしたが是非いらしてください。優哉は御老寿の人気者ですよ!】
『
次の日、セットした目覚ましが鳴る前に起き、台所に顔を出す。風紀は俺の弁当を作るために午前六時頃起きて台所に立っている。
「浪樹…どうしたの早いね…あっ! 昨日夕ご飯食べた? 本当にごめん今日はちゃんと作るから」
「いや そうじゃなくて風紀に話があって」
風紀がきょとんとしている。俺が椅子に座るようにと促すと風紀は不思議そうにしながら椅子に腰をかけた。
「有給を取ろうと思う」
風紀が俺の報告にゆっくりと肯く。
「一緒に会いに行かないか冬紀と優哉に!」
「っ!」
俺の誘いに風紀が目を丸くして驚いている。そしてゆっくりと息を吐くと。
「…はぁ…ねぇ浪樹そんなに気をつかわなくていいよ」
風紀が俺の気配りだと認識して悲しげに微笑む。
「違うよ 二人が移住している島が気になるんだよ 見てみたいんだ」『冬紀のメールを読んでいてなんか状景が浮かんだ』それに思い返せば風紀とは十年以上一緒にいるが、旅行したことがないなあ~と。
「それに気晴らしにどうだろう 俺もずっと仕事一筋で生きてきた 風紀も家の仕事全般をずっとやってきただろう だからさ 一緒に行こう! 俺は風紀と行きたいんだ!」
俺は再度風紀を懸命に誘う。
「…わかった…」
風紀が小声で囁いた。
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