第2話 グラウンドの目覚め

ー[病室・午後]ー

病室の窓から射し込む光が、スマホの画面を照らしていた。

ピピッ、と小さな通知音。

「接続完了」と表示される。


航の指が震えた。

画面には、校庭のグラウンド。

白いライン、土の色、ベンチの影。

そのすべてが、小さな画面の中で呼吸しているようだった。


「おおっ……見える。ほんまに見えるぞ!」

武が大声を上げ、看護師が廊下から「静かにしてくださいね〜」と笑う声が返る。


「蓮、ちゃんと置いとるじゃろ? カメラの角度、もうちょい右じゃ!」

「親父、声出さなくても聞こえないよ……」

「クセなんじゃ、クセ!」


武はスマホを手に、まるで実況アナウンサーのように喋り続けた。

「おっ、今センターが動いた! あの位置取りはええぞ。……おお、あの子、構えが甘いなぁ」

「親父、それピッチャーのフォームだよ」

「知っとる! わざと突っ込んどるだけじゃ」


笑いながらも、航の目は真剣だった。

ベンチの隅で蓮が帽子を外し、チーム全員がグラウンドに散っていく。

風が吹き、砂埃が舞う。


「……始まった」

航の胸が高鳴る。

その感覚は、事故以来、初めてのものだった。


ー[グラウンド・同時刻]ー

スマホのカメラがわずかに揺れる。

少年たちの掛け声が響く。


「よっしゃ、ワンアウト!」

「次、ライト構えろー!」


音がこもりながらも、航には分かる。

守備のずれ、リズムの乱れ。

彼は声を出さずに指を動かした。

「……ライト、もう少し前」

「セカンド、角度浅め……」


武が隣で眉をひそめる。

「なあ、今、なんしょるん?」

「頭の中で試合を描いてる」

「ほぉ……なんか監督みたいやな」

「……違うよ。ただの、観客だよ」


航の声が少し沈む。

笑っていた顔が、わずかに曇った。


ー[病室・静寂]ー

武は黙って航を見つめる。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「ワタル、観客がそんなに真剣な顔するか?」

「え?」

「お前の目ぇな、プレイヤーの目しとるで」


航は息を呑む。

「……俺、もう動けないよ」

「体は動かんでも、頭と心はまだ走っとるじゃろ」

武の声が穏やかに響いた。


航は画面を見つめたまま、唇をかすかに動かす。

「……じゃあ、もう一回、走ってみようかな」



武は笑った。

「そうじゃ、それでええ。チーム・オヤコ、再始動じゃけぇ!」


画面の中で、風がまた砂を舞い上げた。

太陽が傾き、白線が金色に光る。

航の目には、あの頃と同じ景色が映っていた。


ちりん。

ベッドの柵のキーホルダーが、そっと鳴いた。

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