第二十三章:色の起源
紅月カイという、あまりに強烈な存在との邂逅は、ユイたちに新たな問いを突きつけていた。
彼が常に感じているという「赤の痛み」。
それは呪いの一症状なのか、それとも、呪いそのものと何か深い関わりがあるのか。
カイは敵意とも諦めともつかない態度で一行と距離を置いていたが、レンの粘り強い説得と、ミコが読み取った彼の孤独な過去に触れたことで、かろうじて対話の席についていた。
場所は、カイがねぐらにしているという、遺跡の一角にあるかろうじて風雨をしのげる洞窟だった。
焚火代わりに、色の残滓が微かに熱を発する石が中央に置かれている。
「……その古文書に書かれていることは、半分は真実で、半分はただの願望だ」
カイは、レンが広げた古代文献に気だるそうな視線を向けながら、ぽつりと呟いた。
「忘れ去られた神性、か。聞こえはいいが、要は力が弱まっただけのことだ。そして、弱まれば腹も減る」
「腹が減る、だと?」
レンが
「ああ」とカイは頷いた。
「そもそも、この世界の『色』が何でできているか、お前たちは考えたことがあるか?」
その問いに、誰も答えることができなかった。
ユイにとって色は音であり、匂いであり、味だった。
ミコにとっては記憶であり、レンにとっては匂いだった。
だが、その根源が何かなど、考えたこともなかった。
カイは、まるで出来の悪い生徒に教える教師のように、億劫そうに説明を始めた。
古代文献のさらなる調査と、ミコの記憶を読み取る能力、レンが番人として受け継いできた伝承知識、そしてカイがその身で感じ続ける「赤の痛み」からの情報。
それらすべてを統合した結果、彼らは、この世界の根幹を揺るがす、驚くべき真実に到達した。
この異世界の「色」とは、単なる視覚情報や感情の象徴などを、遥かに超えたものだった。
それは、生命と死、記憶と時間、そして世界の構造そのものを形作る、根源的なエネルギー。
星の輝きから、大地に芽吹く草花の息吹、生き物の喜びや悲しみといった営み、そして消えゆく魂の軌跡まで。
存在のあらゆる側面を司る、宇宙の摂理そのもの。
色は、遥か古代の神性と結びつき、この世界のすべてを織りなす、繊細で巨大な織物。
いわば、この世界の骨格であった。
そして、【色の呪い】とは、この神聖なる「色の起源」たる根源的エネルギーを貪り喰らおうとする、寄生的な存在に他ならなかった。
ユイの周囲に染み出した「赤」の感覚や、異形が喰らう「感情」は、世界全体の「色」が、この寄生生命体によって少しずつ蝕まれていくという、壮大な侵食行為の、ほんの末端の現象に過ぎなかったのだ。
「このままでは、世界そのものが色を失い、やがては存在そのものが、ただの虚無へと還ってしまうだろう」
レンは、その結論に辿り着き、戦慄と共に呟いた。
彼の番人としての使命が、これほどまでに絶望的な状況を相手にしていたとは、今まで気づいていなかった。
カイが常に感じ続けている「赤の痛み」。
それは、呪いの核心に最も近い感情であり、世界の根源たる「色」が蝕まれる際に発する、断末魔の悲鳴そのものであることが、ここで示唆された。
「俺のこの痛みは、世界の痛みだ」
カイは、自嘲するように言った。
彼は、自身の永劫に続くかと思われた苦痛が、単なる個人的な呪いなどではなく、世界の悲鳴との共鳴であったことを知り、激しい葛藤に苛まれていた。
だが同時に、その痛みがもたらす情報こそが、呪いの本体の居場所や活動を察知する唯一の手段であることも、理解し始めていた。
ユイは、自身の「色を聴く力」が、この根源的な「色」の織りなす、微かな世界の音楽(ハーモニー)の共鳴を捉えるための、特別な能力なのではないかと、予感していた。
世界を救う鍵が、自らの特異な感覚にある可能性に、改めて直面する。
彼らは、今、自分たちが挑もうとしている戦いが、単なる異形との生存競争などではない、この世界の存亡そのものを賭けた、あまりにも壮大な使命であることを、深く、そして重く、悟るのだった。
(第二十三章 了)
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