第42話 魔王の勅命
リリアンの宮殿の玉座の間。アキトはゾルグと新たな主従契約を結ばされ、その左手の紋様はゾルグの魔力で上書きされたかのように、冷たい輝きを放っていた。
ゾルグは満面の笑みを浮かべ、その傷一つない体で悠然と立っていた。
「見よ、セレネ! これがわたしの新たな力、わたしの使い魔だ!」
セレネは、アキトがゾルグの真の力の前に屈したことに安堵しつつも、リリアンの存在に警戒を緩めなかった。
その時、宮殿全体が微かに震えた。ゾルグが先ほど解放した「本質」の魔力が、魔界の深き闇にまで波動となって伝播した証拠だ。
ゾルグは玉座に戻りながら、不敵に笑った。「フフ、やはり気付いたか。あの老いぼれ魔王め」
「ゾルグ様、魔王様が……?」セレネは震えながら尋ねた。
「無論だ。わたしの力が戻りつつあることを、奴は最も恐れている」ゾルグは静かに言った。「わたしは貴様(アキト)に力を奪われるまでは、魔王様の使い魔の筆頭だった。やつは、わたしの魔力が強大になりすぎたがゆえに、わたしを遠ざけていたがな」
ゾルグにとって、アキトの力は、魔王への復権を果たすための確実な切り札となったのだ。
「私の力が消えたことで安心していただろうが、いまごろどんな顔をしているのか」ゾルグは口元を歪ませ、勝利の陶酔に浸った。彼の身体からは、かつての傲慢さが完全に戻り、玉座の間全体を支配する威圧感を放っていた。
*
魔界の中心にある、巨大な闇の城。
玉座に座す魔王は、ゾルグの魔力の残滓を感じ取り、深く眉根を寄せた。
「ゾルグめ……まだ消えていなかったか。あの忌々しい力、あれは成長しすぎた」魔王は低い声で呟いた。「あの男は、私の権威を脅かす。絶対に、このままわしの使い魔候補の争いに復活させてはならん」
魔王は、玉座の間に控えていた四天王の一人に目を向けた。その悪魔は、魔王に最も忠実で、使い魔の座に近い実力者だった。
「ヴァラクよ」魔王は命じた。「ゾルグを討て。奴の力が完全に回復する前に、その首を刎ねてこい。ゾルグの力は、そのまま貴様に褒美として与えよう」
「御意のままに、魔王様」ヴァラクは深々と頭を垂れた。彼の瞳には、ゾルグを倒し、その地位を奪うことへの冷たい野心が宿っていた。
魔王城から、ゾルグを討つための魔王直属の悪魔たちが、静かに宮殿へと向けて動き始めた。
*
ゾルグはアキトに命じた。「新たな使い魔よ。魔王が、必ずわたしの邪魔を入れてくる。貴様の定着した力を、わたしの盾として使わせてもらうぞ」
アキトは、屈服した使い魔として、感情を排した声で応えた。「わかった」
ゾルグが玉座へ戻ると、セレネはリリアンに駆け寄った。
「お母さま! ゾルグ様の力が戻ったいま、私たちの地位も安泰ですわ!」
リリアンは、ゾルグとアキトが対峙した場所の魔力の残滓を見つめていた。
「安泰? セレネ、貴方はまだ、ゾルグの野望に囚われているのね」リリアンは冷たく言い放った。
セレネは困惑した。「どういう意味ですか?」
リリアンは静かに微笑んだ。「ゾルグの真の力は、アキトの定着した力をもってしても、打ち破れないほど強大だった。そして、ゾルグは魔王に討たれる運命にある」
「では、なぜ……」
「私は、ゾルグにアキトを使い魔として囲わせる必要があった」リリアンの瞳には、冷たい光が宿っていた。「アキトの力が、ゾルグの支配下に置かれた今、私たちの真の計画の邪魔をするものは、誰もいなくなった。ゾルグが魔王の使い魔になるかどうかなど、些末な問題よ」
リリアンは、アキトを、そしてゾルグさえも、自らの手のひらで踊らせていることを悟らせた。彼女の瞳は、ゾルグが望むような地位ではなく、アキトの力を利用した、より深遠な計画を見つめていた。
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