第39話 道具と使い魔の激突

 リリアンの宮殿、ゾルグの玉座の間。


 ゾルグは魔力回復儀式を中断し、玉座からアキトへと歩みを進めた。彼の体からは、完全ではないものの、人間界の供物によって回復した、圧倒的な悪魔の魔力が放出されていた。


「貴様の挑戦、受けて立とう、アキト」ゾルグは獰猛な笑みを浮かべた。「貴様の定着した力と、このわたしが、どちらが魔王様の使い魔にふさわしいか、ここで証明してやろう!」


 セレネは顔面蒼白になり、二人の間に割って入ろうとした。「お待ちください、ゾルグ様! アキト! やめるのよ!」


 アキトはナイフを抜き、左手の紋様から漆黒の魔力を噴出させた。


「邪魔だ、セレネ」アキトはセレネに視線を送ることなく言った。


 セレネは、アキトの強大な魔力に押しやられ、後退した。リリアンは、冷静ながらも興味深げに、この一触即発の状況を見守っている。


 セレネはリリアンに向かって必死に訴えかけた。「お母さま! お願いです、お二人を止めてください! このままではゾルグ様が……わたしたちの計画が台無しに!」


 リリアンは冷徹に言い放った。「引っ込んでいなさい、セレネ。力の劣る者が、口を出すべき場面ではありません。貴方には、この戦いの結末を見届ける資格すらないわ」


 セレネは、リリアンの言葉と、アキトの魔力に完全に抑え込まれ、動くことができなくなった。


 ゾルグが先に仕掛けた。彼は片手を振り上げ、玉座の間に渦巻いていた魔力を圧縮し、巨大な闇の爪(シャドウ・クロー)を生成してアキトに叩きつけた。


「フン! 貴様ごとき、所詮は人間だ。いくら力をつけようと、悪魔にとっては児戯に等しい」


 アキトは冷静だった。彼はこの攻撃が持つエネルギー量を瞬時に解析し、ナイフに全魔力を集中させた。


「魔力解放――全出力」


 アキトのナイフから放たれた漆黒の斬撃は、ゾルグの闇の爪を容易に切り裂き、そのままゾルグの胸元へと突き進んだ。


 ゴオオッ!


 ゾルグは咄嗟に防壁を展開したが、その衝撃で数メートル後方に吹き飛ばされた。彼は玉座の前の台座に激しく叩きつけられ、咳き込んだ。


「すばらしい……! わたしの闇の爪が、これほど簡単に……」ゾルグは、驚愕と屈辱に顔を歪ませた。


 アキトは追撃の手を緩めなかった。彼は一歩踏み出し、ゾルグへ向けて無数の漆黒の魔力弾を放った。


「これが、僕の復讐の結晶だ」アキトは冷酷に言った。「そして、悪魔としての僕の真価だ。これでわかった。あなたは、僕よりも弱い」


 ゾルグは連続する魔力弾を必死で防ぐが、魔力回復が完全ではないため、防戦一方だった。玉座の間は崩壊し始め、その激しさからアキトの力がゾルグを上回っていることは明白だった。


 セレネは、アキトがゾルグを圧倒する光景に震え上がった。リリアンは、この光景を静かに眺めていたが、その瞳の奥には、どこか満足したような光が宿っているようにも見えた。


 アキトはゾルグの隙を突き、ナイフをゾルグの心臓めがけて突き刺そうとした。


「終わりだ、ゾルグ」


 ゾルグは、死を覚悟したかのように瞳を閉じたが、その直後、彼の体から異様な魔力が噴き出した。それは、供物による回復魔力とは異質の、ゾルグの奥底に隠されていた、真の悪魔の力だった。


「認めよう」ゾルグは血の滲むような声でつぶやいた。「アキト、貴様は確かに強くなった」


 ゾルグの魔力が再び膨れ上がり、玉座の間全体を覆い尽くした。


「だがな、人間よ」ゾルグは目を開き、その瞳は漆黒の炎を宿していた。「悪魔の力とは、ただの邪念にあらず。己を裏切る狂気と、命を削る渇望によって、その深淵に到達する! 貴様が到達した悪魔の力など、この魔界の深き闇を知るわたしの『本質』の前では、戯れ言に過ぎん!」


 ゾルグの真の力が、玉座の間に解き放たれた。

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