第21話 また一日が過ぎ去っていく22時

ココアを飲みながら作業を進める宮瀬さんを、時折ちらりと確認しながら、俺も自分の仕事を片づけていった。

気づけば時計の針は22時を過ぎていて、ようやく今日中に終わらせなきゃいけない分が終わった。


けれど、どう考えてもひとりで処理できる量じゃなかった。

不思議に思って聞いてみると、

「子どもがいる社員さんの分なの。急に体調を崩したみたいでお迎えに行くことになって」

と、少し申し訳なさそうに笑った。


――やっぱり。

そういうところが、宮瀬さんらしい。


自分の仕事でさえ忙しいのに、誰かのために手を貸す。

頼まれたからじゃなくて、「困ってる人を放っておけなかった」から。

どこまでもお人好しで、強がりで、優しい人だ。


そんな彼女を見ていたら、胸の奥が締めつけられた。

どうしていつも、ひとりで抱え込むんだろう。

どうして誰かに「助けて」って言わないんだろう。


気がついたら、言葉がこぼれていた。


「……もっと、頼ってください」


宮瀬さんの手が止まる。

驚いたようにこちらを見つめる瞳が、蛍光灯の光を反射して、少し揺れていた。

その表情が、どこか儚く見えて――抱きしめたい、と思った。

けれど、できない。

彼女は上司で、そして……アイドルだ。


その境界線を越えたら、もう戻れなくなる気がした。


だから俺は、喉まで出かかった想いを飲み込んで、

無難すぎる言葉を選ぶ。


「……帰りましょうか」


それが今の俺にできる、精一杯の勇気だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る