第20話 コーヒーとココア
あの日、二人で飲みに行ってから数日。
宮瀬さんとは、まともに話せていない。
本当はもっと話したい。
あのキスの真意だって、聞きたい。
でも──あんなに酔ってたし、覚えてないのかもしれない。
チラリと視線を向けると、
いつも通りシワひとつない服に身を包み、真面目な顔でパソコンに向かう宮瀬さんがいる。
あの夜は幻だったのか?
それとも、俺が勝手に都合のいい夢を見ていたのか。
……全然、集中できない。
今日こそは、帰り際にちゃんと聞こう。
そう決意して退勤──したはいいものの、外で待ってみても全然来ない。
「遥斗さん! お疲れ様です! 一緒に帰りませんか?」
声をかけてきたのは、俺が教育担当としてついている隅田佳奈。
素直で愛嬌があって、部署内外で人気の“会社のアイドル”みたいな子だ。
俺にも懐いてくれていて、正直、仕事は教えやすい。
「隅田さん、お疲れ様。ごめん、宮瀬さんに用事があって……宮瀬さん見なかった?」
「……残業してましたよ。結構忙しそうだったから、あんまり話しかけないほうがいいかもですね」
少しだけ、声のトーンが落ちた気がした。
……気のせいだろうか。
「ありがとう。手伝ってくる。隅田さんは先に帰って。お疲れ様、気をつけて」
隅田さんへの挨拶もそこそこに、静まり返ったオフィスへと足を踏み入れる。
普段の賑やかな雰囲気が嘘のように、空気は静まり返っていた。
その静けさが、余計に緊張を煽る。
鼓動の音が、自分でも驚くほど大きく響いて、
“落ち着け”と心の中で何度も唱えながら、彼女の背中に声をかけた。
「お疲れ様です」
宮瀬さんは少し驚いたように顔を上げて、
「え、あ……お疲れ様」
と返すと、またすぐに視線をパソコンへ戻した。
……まぁ、そうなるよな。
少しだけ落胆していると、作業の手を止めずに「忘れ物?」と聞いてくれた。
「いや、宮瀬さんが残業してるって聞いて。手伝えることないかなと思って」
先輩にそんなこと言うの、失礼だったかもしれない。
そう不安に思った瞬間──
「ありがとう」
その一言と、やわらかな笑顔に胸の奥がふっと温かくなる。
「どっちがいいですか?」
缶コーヒーとココアを差し出すと、少し迷ってから「……こっち」とココアを指さした。
やっぱり。
宮瀬さんは意外と、コーヒーよりココアが似合う。
「ありがとう」と受け取り、ひと口飲んで微笑む姿に、
胸の鼓動がまた速くなる。
──この笑顔、誰にも見せたくない。
気づけば、そんな独占欲にも似た感情が湧いていた。
……俺、相当、宮瀬さんのこと好きだな。
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