第13話 気まぐれな女神ギンシャーリー

 この世界には、さまざまな都市国家があるが、至高神スイデンを信仰する国が多い。


 至高神スイデンと、その妻、女神イナサクイナは寡黙な神だが、その娘、女神ギンシャーリーは、人間に気さくな神で、多くの神託を与えてくださるからだ。

 毎年、多くの貢物と引き換えに、その年の実りにかんして、神託をくださる。

 もちろん、その神託はスイデン神殿の神官から、庶民に頒布はんぷされる。

 いわく、


「今年は実り良し。」

「今年は干ばつ有り。乾きに強い作物を植えよ。」

「今年は長雨有り。水はけを良く整えよ。」


 などである。年に一回しかその神託はないが、神託は必ず当たる。作物を作る農民にとって、どんなに助かることか。


 一方、女神ギンシャーリーは、気まぐれな神として知られ、商売や縁結びなどの神託を乞うても、戦の勝利を願っても、


「…………。」


 口を開いてくださらないそうだ。

 もっとも、そう言うのは神官なので、庶民に真偽しんぎはわからない。


 女神ギンシャーリーは、スイデン神殿がすみずみまで掃除され、常に貢物みつぎものがあふれていることを望んだ。それが破られると怒り、実際に、嵐を起こして雷を落とす。


 物言う恐ろしい女神。


 だからこそ人の側にあり、至高神スイデンを信仰する国は多い。

 世界の各国にスイデン神殿はあり、それぞれの国に応じた農作の神託を毎年くだすが、大神官は、世界に一人のみ。


 大神官は、さまざまな国に生まれるが、必ず、一時代に一人しかいない。




      *   *   *




(大神官は、女神ギンシャーリーから特別な恩寵をたまわると、民の間では噂されてる。

 大神官以上に、救世の乙女ウメボシアのことを質問するのに、ふさわしい人はいないわね。

 この人、美しすぎて近寄りがたい、なんてこと言ってられないわ!)


 タクアンヌは、両手を強く握りしめ、背の高いシャケードを正面から見上げた。


「あたし、本当に救世の乙女ウメボシアなんですか? 教えてください!」


(違うと言って!)


 この偉い大神官が、「この子は、特殊体質ではあるが、救世の乙女ウメボシアではない。」そう答えてくれると、タクアンヌは期待した。


(救世の乙女だなんて、が重すぎる。あたしには無理よ。何かの間違いだわ。)


「その普通ではありえない髪色と瞳の色を見れば、明らかだ……?

 でも魔力は、あまりなさそうだ……?」


 大神官はそう言いつつも、自分でも確証がないように、言葉尻が弱くなった。


「あたしはただの奴隷女です。魔力もないし、魔法も使えないし、世界を救うなんて、だいそれた力はありません!」


 大神官はピーコックブルーの目を細めて、冷たくタクアンヌの首元を見た。

 ライス王子が奴隷首輪を魔法で外してくれたが、タクアンヌの細い首には奴隷であったあかしの日焼け跡がしっかり残っている。

 水晶玉がきらりん、と光り、


『あの子は本当に救世の乙女ウメボシアよ。シャケード。』


 と、女の声がした。


(くそぉぉぉ、そうなのか。あたしが救世の乙女ウメボシアなのか。)


「あたしキスすると爆発するの、なんでですかっ。こんなの嫌ですっ!」


 タクアンヌが涙目で女神に訴えると、


『………。』


 聖ノリ玉は光りながらも、無言だ。


「レディー、聖なる女神ギンシャーリーが沈黙した場合は、何をどうやっても、神託を得ることは叶いません。あなたの背丈より高い黄金を積んでもね。」


(アホか。そんな黄金用意できるかっ!

 うぅ……、この変てこな体質を受け入れるしかないの? 嫌〜〜〜〜!)


 タクアンヌは、ぎゅっ、とベージュ色のスカートを握りしめた。


 シャケードはタクアンヌに微笑みをむけた。

 怖いくらいの美貌のかんばせに浮かべるのは、大神官らしいおごそかな微笑みだ。


「続きは、僕の部屋で話しましょう。」


 白い神殿のなかへ足を踏み入れ、シャケードの私室へと通された。


 ライス王子が、兄である大神官に、タクアンヌを見いだした経緯と、今まで3回、口づけをすると爆発をした事を説明した。


「ふむ……。レディー、50年前にくだされた、聖なる女神ギンシャーリーの神託をご存知ですか?」

「はい。」


 世界の滅びの予言は、市井しせいの者は、子供だって知っている。タクアンヌのような農奴のうどでも、親から聞かされて育つのだ。


 聖なる女神ギンシャーリーの神託は、ほぼ、毎年の農作にまつわるものだ。

 毎年、1月に、その年の実りの神託がくだる。

 あくまでその年にかぎったもので、一年後、二年後の天候をお伺いしても、ギンシャーリーは答えてくれない。

 50年前にくだされた、世界が滅ぶ、という神託は、ギンシャーリーの予言のなかでも、突出とっしゅつして変わった予言なのだ。ほかに、遠い未来に関した予言はない。


「999年12月31日に世界は滅びる。

 救世の乙女ウメボシアが男に恋をする事によってのみ、滅びは回避できる。

 救世の乙女ウメボシアは、容姿を見れば必ずわかる。

 救世の乙女ウメボシアが恋をしたかどうかは、聖石ローズウーメを見れば必ずわかる。」


 それが、予言の全てだ。


(……本当に世界は滅ぶのかしら?)


 どのような方法で世界が滅ぶのか?

 何が起こるのか?

 女神ギンシャーリーは沈黙を守っている。

 よって、庶民は、この神託を恐れつつも、にわかに信じがたい、というのが本音だ。

 庶民にとっては、壮大すぎる女神ギンシャーリーの予言をくよくよ気にして生活するより、日々の仕事をこなし、今日のパンを得ることのほうが大事なのだ。


「本当に世界は滅ぶのか、と疑っている顔だね?

 せっかく、聖なる女神ギンシャーリーと会話ができる聖ノリ玉を目の前にしているのだ。直接質問してみたらいい。」


 美貌の大神官はさらりと言い放ち、玲瓏れいろうたる微笑みを浮かべた。








 





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