第2章 並びなき美貌の大神官と出会いました

第12話 筆舌に尽くしがたい美しい男

「んっ。」


 キービィに口づけされても、男の子とキスしちゃった、というより、飼い猫に唇をめられた、ぐらいに思えて、タクアンヌは、びっくりはしても、胸のときめきはなかった。

 キービィとあわさった唇から、目に見えないエネルギーが怒涛の勢いで流れ込む。

 タクアンヌにまったくそんな気はないのに、エネルギーを吸い上げているのだ。

 こくん。

 タクアンヌの喉がなる。

 喉から胃、身体の深い腹の底まで、キービィから流れ込んだ力が熱となり満たす。


(ああ、まただ。)


 これ以上は耐えられない。身体のなかにとどめておけない。留めていたら、タクアンヌの身体がバラバラになってしまう。

 荒れ狂う光のエネルギーは、タクアンヌのなかで暴れ、膨張し、外へ外へと出ていこうとする。


(ライス王子に口づけされた時と、同じ。あたしどうして、こうなっちゃったの? キスすると、爆発しちゃう体質なの?)


 絶望するタクアンヌを中心に、



 ど………ん!!



 爆発が起こった。


「うみゃあ!」


 キービィがびっくりしてぺたんと尻もちをついた。





      *    *    *





 ライスは爆風に、腰をおとし両腕を正面で交差してかまえ、しのごうとしたが、


「くっ!」


 身体が浮き、1mメッサムは飛ばされ、背中から地面に打ち付けられた。


(カッコ悪い、くそっ。)


「ピィッ。」


 爆発に驚いた愛竜カプサイシングが、ばっさ、ばっさ、と慌てて空に舞い上がり、避難した。


 爆発としては、一度目のライスとのキスと、同じぐらいの規模だ。タクアンヌは己を抱きかかえて爆発の中心地に立ち、不安に揺れる顔であたりを見ている。

 足元には、びっくり顔のキービィが座り込み、タクアンヌのベージュ色のスカートをぎゅっと握っている。


 ライスも経験があるからわかる。不思議と、タクアンヌと、タクアンヌのすぐ側にいた者は、爆発の影響を受けないのだ。しかし、近くに立っていたライスは、もろに爆風を受け、ふっとばされた。


(なんて不思議な……。)


 カプサイシングがそばに降りてきて、翼でライスを守るように包んだ。騎竜なのに、驚きのあまり主を放って空に逃げてしまったことを恥じているのが、つながった心から伝わってきた。


《いいんだ、カプサイシング。驚いたよな。》


 ライスが微笑むと、


「ピィ……。」


 カプサイシングがすまなそうに、一声啼いた。


「たくさん飛んで疲れたろう? もう竜舎にいって牧草を食べてお休み。」

「ピィ。」


 カプサイシングはわかった、というように啼いて、空に舞い上がり、竜舎に向かった。


 ライスがあたりを見回すと、幸い、参拝客は遠くに離れていて、ケガ人はないようだ。スイデン神殿に大きな崩れもない。


「なんだ今のは。」

「風の魔法? 詠唱を聞いたか?」

「あれ、ライス王子様と騎竜のカプサイシングじゃないか?」

「見ろよ。すごい髪色の女がいるぞ。」


 参拝客は遠巻きにおびえ、ひそひそ話している。

 タクアンヌが、


「あたし、あたし、どうしてこんなことに。王子様。教えてください。」


 涙ぐみ、不安に泣き出しそうだ。


「タクアンヌ=ローズ。落ち着いて。そのことについては僕より……。」


 ライスが言いかけると、ばたばたばた、と走る足音がして、


「なんだ今のっ!」


 握りこぶしくらいの透明な水晶を握りしめた、金髪の男が、神殿からあらわれた。


「彼のほうが、説明するのに適任です。彼は大神官。聖なる女神ギンシャーリーに最も近い男ですから。」



     *    *   *



(あたしこれから一生、男とキスしたら爆発しちゃうの?

 男とまともにキスもできない人生なの?

 そんなの嫌だよ。泣きたい。)


 タクアンヌは嗚咽をもらしそうな自分を、必死になだめる。


 大神官と紹介された、二十歳くらいの男は、激しく美形であった。

 流れるような細い金色の髪をのばし、一本の三つ編みにして、胸下に垂らしている。

 切れ長の目。瞳の色は、緑がかった青、ピーコックブルー。

 白い肌、薄い唇。精緻せいちに整った顔立ち。

 ライス王子と、顔がどことなく似てる。


「僕の兄です。」


(なるほど……。)


 ライス王子も美少年だが、その美しさは、男らしい枠のなかに収まっている。

 また、顔立ちには、素直な性格や、人の良さが滲み出ていた。

 たいして、この兄である大神官の美しさは、妖艶さ、見る者を魅惑してしまう妖しさにあふれている。美しすぎて近寄りがたい……。

 そして、言ってはなんだが、弟ほど、素直な性格という顔をしていなかった。


「大神官シャケード様。」

「よしてくれ。」


 兄と弟は、家族らしい親愛のある表情を二人とも浮かべている。


「シャケード兄上。ご機嫌麗しゅう……。」

「弟よ、悠長な挨拶はいい。さっきの爆発は、その?」

「はい。彼女が起こしました。」

「本当か? 彼女が?」


 ライス王子と大神官がタクアンヌを見る。

 その時、きらりん、と、大神官の持つ水晶玉が白く光った。


『本当よん、シャケード。』


 若い女の声が、水晶玉からした。

 タクアンヌは、あたりを急いで確認するが、近くに女性はいない。


「その水晶玉、しゃべるの?」


 売ったら高そう、と、しょうもない事をタクアンヌは考える。

 シャケードは、はっ、と驚いてタクアンヌを見た。


「女神ギンシャーリーの声が聞こえるのか? 僕以外に?! 信じられない!」


 水晶玉がきらりん、と光り、


『げー、あの子、わらわの声が聞こえるのね。』


 と女の声がする。 


「聞こえるわよ。こんなにハッキリ。ねえ、あんた本当に女神ギンシャーリーなの?」


『妾は美しい男としか会話しないっ!』


 まるでワガママ女がそっぽを向いたような声であった……。

 ライス王子は怪訝けげんそうな顔をしてタクアンヌを見た。


「誰と話している?」


 美貌の大神官シャケードが口を開く。


「レディー。この聖ノリたまを通じて、聖なる女神ギンシャーリーの声を聞けるのは、僕とあなただけです。まわりの人には、何も聞こえていません。」

「聖ノリたま?」

「この水晶玉は、聖ノリたまといいます。コメバンザインのスイデン神殿の至宝ですよ。」


 シャケードはタクアンヌに艶美えんびな微笑みをむけた。夢見るように美しいピーコックブルーの瞳が、タクアンヌを凝視して光る。


「すごいね、あなた。興味深いな……。」


 タクアンヌは、むさくるしい盗賊団の男どもを見るのは慣れていたが、筆舌ひつぜつに尽くしがたい美しい男から、妖しい雰囲気で見つめられた事は初めてだったので、


 ぞくっ。


 背筋に奇妙な震えが走った。


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