40 皇都ハビール潜入①

 ――アスール王国軍が南部の大都市であるバースを放棄して、アルテリオ帝国軍の攻勢を防ぎながら、王都レイルに撤退を開始して、1週間が経過していた。途中、レファリア帝国軍の5万の援軍が合流したため、何とか、アルテリオ帝国軍の攻勢に耐えながら、多くの部隊が王都レイルに撤退をしていた。


 また、王都レイルの周辺では、防御陣地の作成が急いで行われていた。各方面軍からも、王都レイルに援軍が派遣されていた。さらに、事態を重く見たレファリア帝国の皇帝レオンは、レファリア帝国から5万の援軍を王都レイルに送り出した。


 そして、到着したレファリア帝国軍は、アスール王国軍とともに、王都レイルの周辺の防御陣地の作成をしていた。


 そのような状況で、王都レイルの防衛に精鋭であるアリア隊と近衛騎士団が必要だと考えたマイロは、王都レイルにアリア隊と近衛騎士団を帰還させていた。そして、何があっても良いように、アリアは、ハルド家の敷地内にある自分の屋敷の片づけを、わずかな時間を見つけ、行っていた。


「あら? アリア、どうしたの?」


 フルーレがそんなアリアの前に現れた。アリアの屋敷の中にある自分の荷物を片づけながら、アリアはフルーレの方に顔を向けた。


「いや、今回は、生き残るのが厳しいと思ったので、せめて、自分の私物を片づけておこうと思いまして」


「そう。アリアに少しお願いしたいことがあったのだけれど、待った方が良いかしら?」


「いえ、もう、ほとんど終わったので、大丈夫です」


 アリアはそう言うと立ち上がった。フルーレが近くにあった椅子に座ると、アリアも机を挟んで、椅子に座った。


「それで、お願いというのは、何ですか?」


 アリアは椅子に座ると、そう言った。いつの間にか、机の上には、紅茶とクッキーが用意されていた。フルーレは紅茶を一口飲み、カップを机に置くと、話し始めた。


「お願いというのは、アルテリオ帝国の皇帝であるルナール・アルテリオを倒して欲しいの」


「……? フルーレさんの言っている意味が分かりません」


「まぁ、そうよね」


 フルーレはそう言うと、紅茶の入ったカップに口をつけた。アリアも紅茶の入ったカップに口につけた。口の中に、心地良い渋みが広がった。そして、二人は、ほぼ同時にカップを机に置いた。


「この前、私が、人間界に低級悪魔を送り込んでる者を探していると言ったわよね?」


「はい」


「それで、地獄でその者を見つけたんだけど、私が捕縛に向かった際には、もう人間界に逃げてしまった後だったの。それで、その者は、どうやら、アルテリオ帝国の皇帝であるルナール・アルテリオの精神と肉体を乗っ取っているようなのよ。本当は、私がどうかしたいのだけれど、人間界では、人間に対して、自衛以外の力の行使が認められていないのよ。だから、アリアにお願いしているわけ」


「なるほど。フルーレさんのお願いの内容は分かりました。ですが、私は、アルテリオ帝国軍から王都レイルを防衛しなければいけないので、お断りします」


「あら? アルテリオ帝国の皇帝ルナール・アルテリオを倒せば、この戦争が終わるのだけれど、それでも断るの?」


「……どういうことですか?」


「なぜって、ルナールを乗っ取っている悪魔が、アルテリオ帝国軍の兵士を操っているからよ。今のアルテリオ帝国軍の兵士は、魂を低級悪魔に抜かれた後の抜け殻の状態になっていて、それを操っているのよ。だから、ルナールを倒せば、アルテリオ帝国軍の兵士は止まるわ」


「そうなんですか! ただ、低級悪魔に魂を抜かれているとフルーレさんは言っていましたが、その人達の魂はもう戻らないんですか?」


「いえ、アリアがルナールを倒してさえくれれば、悪魔はルナールの体から出るから、それを私が倒して、その後、アルテリオ帝国にいる低級悪魔を私とエリゴルとエイルで倒せば、魂を抜かれた人達は元に戻るわ」


「そうなんですか! でも、アルテリオ帝国の皇都ハビールに近づけないと思うのですが……」


「大丈夫よ。私達が道案内をするわ。だから、アリアはルナールを倒すだけで良いわ。ただ、ルナールの体を乗っ取っている悪魔は、ルナールを操って、攻撃してくるから気をつけなさい。戦う時は、悪魔の力を行使してくるから、当然、普通の人間よりは強いわ」


「分かりました。確認なんですけど、私が皇帝ルナールを倒せば、戦争が終わるんですよね?」


「そうよ。そして、私と契約している貴方にしか頼むことが出来ないわ」


「分かりました。それでは、アスール王に許可を取って来ます」


「頼んだわよ」


 アリアはそう言うと、ハルド家のレリフの屋敷に向かった。






 ――アリアは、ハルド家のレリフの部屋の前に立っていた。


「アリアです。師匠、お願いがあるので聞いて下さい」


「とりあえず、話を聞くから、部屋に入って!」


 扉越しにレリフの声が聞こえたアリアは、そのまま部屋に入った。部屋の中で、レリフは自分のベッドの上に横になっていた。


「それで、お願いって、何?」


「私がアスール王に直接、会えるように、お願いしてくれませんか?」


 アリアは、レリフの部屋の椅子に座りながら、そう言った。レリフは、その言葉を聞くと、ベッドから起き上がり、近くにあった椅子に座った。


「まぁ、別に良いけど。王も僕が言ったことは無視出来ないと思うしね。ただ、アリアちゃんが直接、王に会ってまで言いたいことを知りたいな?」


「いえ、少し、アルテリオ帝国の皇都ハビールに行って、皇帝ルナール・アルテリオを倒そうと思いまして」


「……ちょっと、言っている意味が分からないな。それに、一人で行くつもりでしょ?」


「そうですね」


「いや、確実に死ぬでしょう! それに、王も許可しないと思うよ?」


「……やっぱり、そうですよね。分かりました。それでは、勝手に行きます」


 アリアはレリフにそう言うと、レリフの部屋を出て行こうとした。その肩を、レリフが急いでつかんだ。


「ちょ、ちょっと、待って! アリアちゃん、黙って、行くつもりでしょう!? そんなのダメだよ!」


「そう言われても、もう決めたので、何が何でも行きます!」


 アリアがそう答えると、レリフはため息をついた。どうやら、アリアの覚悟の強さを感じ取ったらしい。


「……分かったよ。ただ、僕もついて行くよ。だから、準備が出来るまでアリアちゃんの部屋で待ってて」


 レリフはそう言うと、アリアを自分の部屋から出して、準備をし始めた。アリアは、レリフの部屋から出ると、ハルド家のアリアの部屋で待っていた。待つこと、30分。レリフの準備が出来たようであった。


 そして、レリフは、ハルド家のメイドに何かが書かれた紙を渡すと、アリアと二人で、アルテリオ帝国に向けて出発した。






 ――アリアとレリフが、アルテリオ帝国に出発してから、しばらく時間が経った頃。近衛騎士団を指揮して、王都レイルの防御準備を進めていたルビエは、しばしの間、休むためにハルド家に帰って来た。


「ルビエ様! レリフ様が、ルビエ様にこれを渡すようにと!」


 ルビエが、帰って来るなり、ハルド家のメイドがそう言って、ルビエに紙を手渡した。


『アリアちゃんと一緒にアルテリオ帝国に行ってくるよ』


 ルビエが紙を確認すると、そう書かれていた。ルビエは、自分の中の怒りを何とか抑えると、メイドに尋ねた。


「それで、兄上とアリアは、いつ出発したんだ?」


「半日ほど前です!」


「……そうか」


 ルビエは、二人を追っても、もう追いつけないなと思った。そのため、紙を破り捨てると、そのまま、ルビエの部屋に戻って、休憩をし始めた。



 剣聖レリフ・ハルドとアリア・ロードがアルテリオ帝国に向かったことは、すぐにアスール王国軍の誰もが知ることになった。当初、アスール王メギドは、二人を連れ戻そうと考えたが、アルテリオ帝国軍が迫っているため、二人を連れ戻すために、余計な部隊を割くのは良くないと考え、実行はされなかった。


 アリア隊の面々も、アリアがアルテリオ帝国に向かったことに、衝撃を受けていた。『何で、勝手に行くんだよ!』と、マグヌスは激怒していた。逆に、『アリア! 私を残して行ってしまうなんて!』と、マグヌスとは対照的に、ブルーノは悲嘆に暮れていた。


 そして、アリアがいないので、アリア隊は副官であるブルーノが指揮をすることになった。アリア不在のアリア隊は、ブルーノの指揮の下、防御準備を行っていた。



 そんなこんなで、アリアとレリフが出発してから、3日後。ついにアルテリオ帝国軍が、王都レイルの周辺の防御陣地まで到達した。


「この一戦に、我が王国の命運はかかっている! 死力を尽くして、王都レイルを防衛するぞ! 突撃!」


 マイロがそう言うと、王都レイルから、レファリア帝国軍とアスール王国軍の連合軍が出撃した。銅鑼が打ち鳴らされ、王都レイルの防御陣地からはアルテリオ帝国軍に向けて、おびただしい量の矢が射られていた。


 そして、連合軍が、アルテリオ帝国軍の前線に突撃していった。


「何としても、押し返せ! 近衛騎士団、突撃!」


 連合軍の先頭にいた近衛騎士団に、ルビエはそう叫ぶと、自分もアルテリオ帝国軍に突撃していった。


「ほう! アスール王国軍の近衛騎士団もやるな! お前ら、負けんじゃないぞ!」


「おう!」


 近衛騎士団の後ろを馬に騎乗して追いかけていたレファリア帝国皇帝親衛隊の面々に、隊長であるダリルがそう言うと、皇帝親衛隊も突撃を開始した。近衛騎士団と皇帝親衛隊の突撃の前に、しばしの間、アルテリオ帝国軍の勢いが止まった。


「近衛騎士団に続いて、我らも突撃するぞ!」


 ロナルドがそう言うと、近衛騎士団が突撃したおかげで出来たアルテリオ帝国軍の前線のほころびに向かって、アスール王国軍は突撃を開始した。それによって、アルテリオ帝国軍の前線が少し、下がったように見えた。


「我らも突撃するぞ!」


 今回のレファリア帝国軍の司令官を務めていたアランがそう叫ぶと、レファリア帝国軍も突撃を開始した。それが、決定的な一撃となり、アルテリオ帝国軍の前線は完全に崩壊した。そのまま、アスール王国軍とレファリア帝国軍の連合軍は、アルテリオ帝国軍を押し始めていた。


 また、王都レイルの周辺に作成された防御陣地からアルテリオ帝国軍の後続の部隊に向けて、矢が雨のように射られていた。この攻撃によって、連合軍がさらに、アルテリオ帝国軍を押しこむことに成功していた。


 そんな様子を、王都レイルの城壁の上から険しい顔でマイロが見つめていた。


(今は、アルテリオ帝国軍を押しこめているが、いつまでそれが持つか……)


 マイロはそう思いながら、周りにいた将官達に戦闘の指示を出していた。






 ――アスール王国軍とレファリア帝国軍の連合軍が、アルテリオ帝国軍と熾烈な戦いを繰り広げていた頃。アリアとレリフは、素性がバレないようにしながら、アンティークを歩いていた。


「アリアちゃん! 時間がないようだし、さっさと必要な物を買おう!」


「分かりました!」


 レリフの言葉にアリアはそう答えると、アンティークで必要な物を買い始めた。


「アリア! こんなところで何をしている!?」


 アリアがアンティークの露天商から食料を買っている時に、声が聞こえた。アリアが、後ろを振り向くと、そこにはリカルドがいた。


「リカルドさん、お久しぶりです。それでは」


 アリアはそう言うと、買った物を手で持ちながら走り出した。


「ま、待て! おい、誰か、アリアを捕まえろ!」


 リカルドがそう叫ぶと、どこからか兵士が現れ、アリアを追い始めた。そのまま、アリアがアンティークを逃げていると、レリフと合流した。その後ろには、アリアと同様に、兵士が追いかけていた。


「なんか、僕らがアルテリオ帝国に行こうとしていることが、既に、アンティークには伝わっていたみたいだよ。だから、僕らが寄りそうなところを、兵士が巡回しているようだね」


「それでは、このまま、アンティークを出ます!」


「了解!」


 二人はそう言うと、アンティークの門番の静止を振り切り、アンティークを出発した。

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