35 アスール王国北部防衛戦④

 ――アリアがテメレに到着してから、2ヶ月が経過した。その間、アスール王国軍は、バジル王国軍と竜騎兵の部隊を寄せ付けず、テメレを防衛していた。だが、無傷とはいかず、アスール王国軍は、全体の3割の兵士を失っていた。そのため、東方軍1万が新たにテメレ防衛に加わっていた。


 近衛騎士団も死傷者こそいなかったが、負傷によって、テメレ防衛から離脱して、後方で治療を受ける者が増えていた。そんな中、アリアが近づくと、バジル王国軍の兵士は逃げることが多いので、アリア隊は負傷する者が少なかった。


 バジル王国軍と竜騎兵の部隊はどうかと言うと、日に日に、その数を減らしていた。まず、竜騎兵はほとんど姿を見せなくなっていた。どうやら、この2ヶ月間でほとんど、倒してしまったようであった。主に竜騎兵を倒していたのは、レリフであった。アリアとルビエには、攻撃してもしょうがないと思ったのか、竜騎兵はまったく攻撃してこなくなっていた。


 それは、レリフも同様なのだが、『僕もアリアちゃんの真似でもしようかな?』とレリフは言って、テメレの城壁の上から、槍を投げて、上空を飛んでいる竜騎兵を落としていた。その結果、ほとんどの竜騎兵をレリフが倒していた。


 また、バジル王国軍は明らかに士気が落ちているようであり、連日、テメレに攻め寄せているが、アスール王国軍に撃退され、そのままバジル王国軍の陣地まで追いたてられていた。そして、バジル王国軍の陣地に撤退すると、弓の反撃をしてくるというのが1日の流れになっていた。


 また、バジル王国軍の陣地では、脱走兵が多発しているらしく、その一部の兵士がテメレに向かい、アスール王国軍に降伏していた。その兵士に話を聞くと、バジル王国軍は、現状、最悪の状態であったようだ。


 まず、食料と軍需物資が、バジル王国軍本国から届かない日が多いようであった。そのせいで、バジル王国軍の兵士は、連日、戦っているにも関わらず、1日の食事は1食だけであった。また、ブルーティア帝国に脅されて、アスール王国軍と戦っているため、そもそもの士気が低いようであった。


 それらの要因が重なり、脱走兵が多発しているという状況であった。また、アリアは、テメレに投降してきた兵士に会う機会が何度かあったが、そのたびに、『うわぁぁ! アスールの悪魔だ!』と恐れられた。


 アリアがその理由を投降してきた兵士に聞くと、どうやらレリフの推測通り、槍投げをし続けた時の顔が悪魔のように恐ろしかったようだ。その噂が、バジル王国軍の中で広まっているようであった。その兵士曰く、『アスールの悪魔は、見た目は少女のようだが、どう猛な笑みを浮かべながら、目の前に立った者を斬り伏せていく、まるで本当の悪魔のような女だ!』とバジル王国軍の兵士の間では、言われているらしい。


 いや、どう猛な笑みを浮かべてないんだけどとアリアは思ったが、『確かに、あの顔はヤバかったな!』とアリアの近くで兵士の言葉を聞いていたマグヌスが言っていた。アリアは、少し腹がたったので、マグヌスの頭にげんこつをした。マグヌスは、『いったぁ!』と言って、頭を押さえながら、どこかへ行った。


 マグヌスとは違い、隣で聞いていたブルーノは、『アリアに何てことを言うんだ! 確かに、顔はあれだったが、アリアは悪魔ではない!』と投降してきた兵士に怒っていた。やっぱり、顔が恐かったんだなとアリアは思った。そして、今度の戦闘からは、表情に気をつけて戦うのを意識しようとアリアは思いながら、ルビエの下に、投降した兵士を連れていくということもあった。






 ――アリアが複雑な思いをしながら、日々、バジル王国軍と戦闘を続けていた頃。テメレでの戦闘開始から2ヶ月が経過したテメレでは、テメレ城で軍議が行われていた。


「リカルド! 現在の状況を教えてくれ!」


 今回のアスール王国軍の総司令官となった第1王子マイロが、リカルドにそう言った。リカルドは、増援の西方軍の指揮官であったが、今回のアスール王国軍の参謀長でもあった。


「分かりました。現状、我が軍は4万近くの軍勢でテメレ防衛を行っています。対する、バジル王国軍の軍勢は、戦闘の損害や逃亡兵の多発によって、5万程度の軍勢になっていると考えられます。また、剣聖殿が竜騎兵を倒してくれたおかげで、敵の竜騎兵はほとんどいない状態です。そのため、我が軍は、バジル王国軍の連日にわたる攻撃を防ぎ、逆に、バジル王国軍の陣地まで敵兵を追撃出来ているという状況です。ただし、バジル王国軍の陣地から、矢の反撃があるため、それ以上の攻撃は実行していません」


「分かった! 今の報告を聞くと、我が軍がテメレ防衛の観点からは、優勢だと考えられるが、間違っていないか?」


「はい。テメレ防衛という観点から考えると、我が軍は有利です。ただ、バジル王国軍の陣地を攻められるかと言われると、難しいと思われます」


 マイロの問いに、リカルドがそう答えた。軍議に参加している将官達も、リカルドの言葉に頷いていた。


「やはり、そうか。ただ、この場で皆に共有しておこうと思うが、レファリア帝国は、オーシア王国軍に対して、明日から反攻作戦を開始するようだ! しかも、この反攻作戦は、オーシア王国軍を撃滅し、オーシア王国の王都まで一気に進撃をし、王都を陥落させるのが目的のようだ!」


 マイロの言葉に、軍議に参加している将官達が驚いていた。


「当然、オーシア王国の防衛のために、ブルーティア帝国が援軍を出すだろう。そこで、我らは、ブルーティア帝国がオーシア王国の防衛に目を向けている間に、バジル王国軍を撃滅し、バジル王国の王都まで進撃し、王都陥落を目指すことに決めた! これは、王の許可も得ている作戦だ!」


 マイロがそう言うと、軍議を行っている部屋が騒然とし始めた。事前に聞かされていたトムとリカルドとロナルドの表情は変わっていなかった。


「静まれ!」


 マイロがそう言うと、部屋の中が静かになった。


「確かに、現状、バジル王国軍を撃滅し、バジル王国の王都を陥落させるのは難しいと思う! だが、この機を逃せば、ブルーティア帝国がバジル王国防衛のために援軍を送り、さらに我が軍は苦しくなるのは目に見えている! だから、来るブルーティア帝国との戦いのためにも、ここでバジル王国を叩かなければならない!」


 マイロがそう言うと、部屋にいる将官達も覚悟を決めたのか、決意に満ちた目でマイロを見つめていた。


「そこで、今日の夜、バジル王国軍の陣地に奇襲を仕掛け、撃滅する。その後、追撃をしながら、バジル王国の王都まで一気に攻めこむ! そのために、準備をせよ!」


「ハッ!」


 部屋にいる将官達は返事をすると、準備に取りかかった。






 ――朝に軍議が終わった後。アスール王国軍は、いつも通り、攻めてきたバジル王国軍を撃退し、バジル王国軍の陣地まで、追撃をして、テメレに帰ってきた。だが、今日はこれで終わらず、バジル王国軍の陣地を夜襲し、そのままバジル王国の王都まで進撃する予定であった。


 アリアは、アリア隊を指揮して、天幕の撤収や夜襲の準備をしていた。アリアが周りを確認すると、アスール王国軍の兵士が、忙しそうに走り回っていた。他の指揮官達も忙しそうに、指示を出していた。


「アリアちゃん、忙しそうだね?」


 レリフが、アリアにそう言いながら、近づいてきた。レリフは、暇そうであった。


「そうですね。今日、アスール王国軍はバジル王国軍の陣地に夜襲を仕掛けますけど、師匠はどうするんですか?」


「まぁ、その夜襲には参加しないけど、アスール王国軍の進撃にはついていくつもりだよ。僕、バジル王国に行ったことがないから、行ってみたいと思ってたんだよね」


「そうですか。師匠が、夜襲に参加してくれたら、奇襲が上手くいくと思ったのですが……」


「いや、今回は、結構、敵味方が入り乱れるような戦いになると思うんだよね。だから、僕がそれに参加すると、敵味方問わずに、倒しちゃうかなと思って、やめたんだよ。それに、疲れるしね」


「分かりました。それでは、夜襲の準備があるので、戻りますね」


「うん。夜襲、頑張ってね!」


 レリフはそう言うと、どこかへ行ってしまった。そして、アリアは引き続き、夜襲の準備をしていた。






 ――アスール王国軍が夜襲の準備を完了して、1時間が経過した。既に夜12時を過ぎていた。整列しているアスール王国軍を見渡せる城壁の上に、マイロが立っていた。


「今日で我々がバジル王国軍に苦しめられるのは終わりだ! この夜襲にアスール王国の命運がかかっている! 諸君の働きに期待する! 全軍、出撃!」


 マイロがそう叫ぶと、銅鑼が打ち鳴らされ、テメレの門が開かれた。そして、近衛騎士団を先頭に、アスール王国軍が、テメレから出撃をした。


 そのまま、数分後には、バジル王国軍の陣地に到達した。正面からリカルド率いる西方軍が、矢が降り注ぐ中、突撃を開始した。だが、バジル王国軍の陣地の正面の防御によって、中々、進めないでいた。そのような状況で、中央軍が左側、東方軍が右側から、バジル王国軍の陣地に突撃を開始していた。


「防御柵を破壊して、突撃しろ!」


 ルビエがそう言うと、中央軍の先頭を馬で走っていたルビエ率いる近衛騎士団は、柵を壊しながら、一気に突撃を開始した。アリアも、それに続き、アリア隊を指揮しながら、目の前の敵を斬り伏せた。


「うわぁぁ! アスール王国軍の奇襲だ! 逃げろ!」


「アスールの悪魔もいるぞ! もうダメだ!」


 バジル王国軍の兵士はそう言いながら、逃げ出し始めた。どうやら、バジル王国軍の陣地の正面のアスール王国軍には、対処出来ていたようであったが、陣地の側面はそうではなかったようだ。陣地の左側から、突撃をしてくる近衛騎士団を先頭にした中央軍を前に、バジル王国軍の兵士は、我先にと逃げ出し始めていた。


 当然、そのような状況であったので、西方軍の攻撃を何とか防御していたバジル王国軍の陣地の正面の部隊は、左右から攻撃をしてくるアスール王国軍に対処出来ていなかった。そして、とうとう、陣地の正面を西方軍に破られたので、バジル王国軍の兵士は、逃げ出し始めた。


 こうして、バジル王国軍は総崩れとなった。バジル王国軍の陣地の後方の部隊が、逃げ出し始めていた。


「逃げるな!」


 アリアはそう叫ぶと、逃げている部隊を追いかけ始めた。その後ろを、アリア隊の面々も、追いかけていた。そして、アリアが目視出来る距離まで、近づくと、明らかに多くの兵に守られている指揮官らしき者がいるのを発見した。


 その指揮官は、アリアを見ると、必死になって逃げた。その指揮官の周りの兵士も、その指揮官を守ろうと、アリアの目の前に立ちはだかった。


「邪魔をするな!」


 アリアはそう言うと、横なぎに剣を振るった。ビュンという、凄まじい風切り音とともに、兵士達はまとめて、斬り飛ばされていた。そのあまりの威力に、アリアを止めようとした兵士達は、アリアに近づくのを躊躇していた。


 そうして躊躇している敵を、アリア隊の面々が倒していった。そして、アリアが敵の指揮官と思われる人物のすぐ近くまで、近づいていた。


「誰か! あの悪魔を止めろ! 時間を稼げ!」


 敵の指揮官がそう叫んでいるのが、アリアに聞こえた。だが、誰もアリアに攻撃をしようとする者はいなかった。それどころか、アリアが近づくと、我先にと逃げ出していた。


「自分で戦え!」


 アリアはそう言うと、逃げている敵の指揮官と思われる人物に向かって、上段から剣を振り下ろした。何とか、アリアの剣を受け止めようとしたが、あまりの剣の振りの速さに間に合わず、真っ二つにされていた。


 結局、アスール王国軍によるバジル王国軍の陣地への夜襲は大成功し、バジル王国軍の兵士のほとんどを討ちとることが出来た。そして、後々、投降したバジル王国軍の兵士に聞いたところ、アリアが倒した指揮官と思われる人物は、バジル王国軍の司令官であったようであった。


 指揮官を失ったバジル王国軍は、もはや軍隊ではなく、各個撃破の的であった。そして、そのままの勢いで、バジル王国の王都タイムをアスール王国軍は包囲をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る