12 王都凱旋

 ――戦果としては、これ以上にないものであった。

 アルテリオ軍が、退却を始めたのを確認したハリルは、最低限城壁の防衛に必要な部隊を残し、残りの全軍でアンティークから出撃をして、退却するアルテリオ軍の追撃を開始した。


 加えて、剣聖レリフ・ハルド、ロナルド率いる中央軍が合流し、追撃の苛烈さは増した。アルテリオ軍は、主要な指揮官を失い、もはや軍隊の体を成していなかった。逃げ惑う兵士は、各個撃破の的となっていた。


 また、アルテリオ軍は退却中に、前方からリカルド率いる西方軍と、アリアと国境警備隊の3個中隊と遭遇し、アスール王国軍に実質的に挟み撃ちにされてしまった。夜で何も見えず、しかも、地理を熟知していなかったアルテリオ軍は、ここでも、散々に打ち破られた。


 そして、アスール王国の攻撃から血路を開いたアルテリオ軍の一部隊が殿となり、アスール王国軍の苛烈な攻撃を受け続け、しのぎきった。結局、アルテリオ帝国とアスール王国の国境付近までアスール王国は追撃をしたが、約3万のアルテリオ軍を逃してしまった。


「アルテリオ軍の殿の部隊は、中々、やりおるわ! こちらが圧倒的に有利な態勢で追撃したが、思ったよりアルテリオ軍を倒せなかったわ!」


「殿の部隊には、ロメールとスザリオがいたようです! ロメールは、人相書きしか見たことがありませんでしたが、おそらくそうでしょう! スザリオは、私が、何回も戦場で見ているので間違えるはずもありません!」


「そうか! 儂は見なかったが、その名前は覚えておこう! ともかく、今回の勝利の立役者はお前だ!お前が勝鬨を上げろ!」


「了解しました!」


 ハリルと合流したリカルドは、そう答えると、剣を振り上げ、叫び声を上げた。


「我が軍の勝利だ!! 勝鬨を上げろ!!」


『オオオォォ!!!!」


 リカルドの声に反応して、周りにいた兵士達は、勝鬨を上げた。その声は次第に大きくなっていき、アスール王国とアルテリオ帝国の国境に響き割った。


「おおおぉぉ!!」


 アリアも周りの兵士の見様見真似で、声を上げた。アリアが周りの兵士を見ると、勝鬨を上げながら、泣いている者もいた。


 そして、勝鬨は長い時間、収まることはなかった。






 ――アスール王国軍が勝鬨を上げている頃。ボロボロとなったアルテリオ軍を指揮していたロメールは、部隊の指揮をスザリオに任せ、先に脱出していた皇帝ルイス・アルテリオの下へ向かった。周りの者に聞くと、どうやらルイスは、国境を警戒している砦に運び込まれたようだということが分かった。ロメールは、馬を走らせて、その砦へ向かった。


 道中、撤退したアルテリオ軍の様子が見えた。誰もかれも、鎧は傷付き、負傷している者しかいなかった。そんな兵士達の間を、ルイスがいる砦を目指して、ロメールは馬を走らせた。


 ロメールが馬を走らせること1時間。ルイスがいる砦に到着した。馬から降りると、生き残った皇帝親衛隊の者に、ルイスがいる部屋を聞き、その部屋に向かった。


「陛下。失礼します」


 ロメールはそう言うと、ルイスのいる部屋に入った。そこには、既にルークがいた。その顔には、疲労の色が浮かび、鎧も傷だらけであった。一目で激戦を繰り広げていたということが分かった。


「……ロメールか」


「はい、ロメールでございます。陛下」


 ルイスが横たわっているベッドに近付いたロメールはそう答えた。ルイスの声は力がなく、顔色は、最後に会った時よりも悪かった。


「……我が軍は、敗北したのか?」


 力のない声でロメールにルイスは尋ねた。


「はい、敗北しました」


「……そうか。苦労をかけたな」


 そう言うと、陛下は目を閉じ、眠った。その体からは、生気が感じられなかった。ルークとロメールは、そのまま部屋を静かに出ると、砦の指揮所へと移動した。


「ロメール、我が軍の被害はどれほどだ?」


 疲れた声でルークは、ロメールに尋ねた。ルークの顔は疲れ切っていた。


「おそらく10万近くが、討ち取られたか、降伏したと思われます。何とか連れ帰って来たのも3万程度であると考えられます」


「……そうか。私の軍勢も奇襲を受けて、私を守るためにほとんど討ち取られた。残っているのは、200に満たないだろう」


「……そうですか。やはり、殿下の軍にも奇襲を仕掛けられましたか……」


「ああ。奇襲を仕掛けてきた部隊は、あまり多くはなかった気がするが、遊撃に徹されたのと、混乱して同士討ちが相当、起きてしまった。あと……」


「あと?」


 ロメールはそうルークに聞き返した。ルークは、言おうかどうか迷っている様子であった。


「……信じられない話であるが、ただ一人の年端もいかない少女に我が軍が多くやられてしまった。尋常な力ではなかった。私はあれほど、誰かを恐ろしいと思ったことはなかった。まさに、悪魔が現実に存在するなら、あのような者をそう言うのだろう」


「……少女ですか。にわかには、信じられませんが……」


「私も目の前で起こった出来事を今でも、信じたくない気持ちはある。だが、実際に起こった出来事なのだ。信じるしかなかろう。それと、ロメールの方も、奇襲を受けたのだろう?」


「はい、それによって我が軍は総崩れとなり、撤退を決断しました」


「それほど、多くの軍勢だったのか?」


「いえ、1万程度だったと思います。ですが、剣聖レリフ・ハルドに指揮官が次々と倒され、大混乱に陥り、その上、何度も我が軍の陣を突撃され、組織的な攻撃も防御もままならない状態となりました」


「そうか。剣聖レリフ・ハルドは、それほど強かったのか?」


「仮に私が挑んだとしても、斬り結ぶ前に、両断されて終わりでしょう。この帝国に、彼を討ち取れる者は存在しないでしょう。我が軍の陣を、まるで無人の野の如く、縦横無尽に斬り捨てていましたからな」


「5年程前のアスール王国とレファリア帝国との戦いの後、アスール王国が剣聖として、レリフ・ハルドを国内外に喧伝したのは嘘ではなかったということか」


「はい、噂に違わない強さでした」


「……そうか。とにもかくにも、陛下を皇都ハビールに連れて行かねばなるまい。兄上にも、報告をせねばならぬしな。当分は、我が軍の再建に時間をかけることになるだろう」


「はい、道のりは長そうですな」


 ロメールがそう言った後、二人は、今後、どう動くかを議論し始めた。



 皇帝ルイス・アルテリオは皇都ハビールに到着して、まもなく、息を引き取った。その死に、アルテリオ帝国の国民は、大いに嘆き悲しんだ。そして、第1皇子ルナール・アルテリオが皇帝に即位した。ルナール・アルテリオが40歳の時の出来事であった。






 ――アンティーク奇襲戦から、1ヶ月後。アリアとレリフは、王都レイルに戻っていた。


 この1ヶ月間に、様々なことがあった。ボロボロになったアンティークに帰って来たアリアが、『聞き分けのない弟子に、時には鉄拳制裁も必要だよね!』と言ったレリフに、勝手にアルテリオ軍に突っ込んだことで、げんこつをされていたり、王都レイルからやってきたルビエにも、レリフと同じ件で、アリアはげんこつをされ、3時間説教をされていた。


 また、レリフの望みであるアリアを貴族にする件で、中央の貴族にするか、西方の貴族にするかで王都レイルで議論が紛糾していた。最終的にアンティークからハリルが来て議論に参加したことによって、西方の貴族とすることが決定し、アリアの屋敷は王都のハルド家の空いている場所に建てられることが決まった。


 これは、アリアが西方の貴族の派閥に入ることを意味した。だが、アリアの屋敷を王都レイルとすることで、中央の貴族の影響力をアリアに及ぼせるようにした。いわば、折衷案であった。当初、アリアの屋敷は、財務大臣のダモンの屋敷の敷地内の空いている場所に建てられる予定であった。


 だが、『いや、うちの屋敷の空いている敷地に建てた方が、修行するのに便利でしょ!』というレリフの言葉によって、ハルド家の空いている敷地にアリアの屋敷が建てられることが決まった。王も、レリフの言葉であったため、認めた。


 だが、納得のいかなかったダモンは、アンティークにいるアリアの下に直接来て、ダモンの屋敷の空いている敷地に屋敷を建てるように力説した。その様子を見たレリフがすぐに、近付いてきて、『僕の弟子に何か用ですか? 僕が直接、聞きますよ?』というと、ダモンは青ざめた顔で、さっさと王都レイルに戻って行った。


 アリアは、レリフと修行する合間に、ボロボロとなったアンティークの復興の手伝いをしていた。そんなこんなで、アリアは王都レイルで行われる戦勝を祝う式典の日程が決定するまで、アンティークで過ごしていた。



 そして、式典の予定と、アリアの貴族の任命の予定が決まったので、レリフとアリアは王都レイルに来ていた。アリアとレリフがハルド家の屋敷に到着した次の日の朝。式典が始まった。


 音楽とともに、リカルドとロナルドを先頭にした騎馬隊が王都レイルの門から入場して来た。王都にいる国民が、割れんばかりの拍手と歓声で出迎えた。ハリルも当初、式典に参加する予定であったが、アンティークの復興の指揮をするために、参加を見送った。レリフも参加させられる予定であったが、面倒という理由で断っていた。


 そんな式典を、アリアは、ハルド家の屋敷の3階の部屋から見ていた。アリアの周りには、正式な場でも通用するドレスをあれでもない、これでもないと選んでいるルビエとメイド達がいた。


「ルビエ、早くしてよ! 王城に行くのが遅くなっちゃうよ!」


「兄上、今しばらく、お待ちください!」


 部屋の外にいるレリフが、ルビエにそう言った。アリアとルビエが部屋に入ってから、1時間が経過していた。結局、さらに1時間が経過し、やっと、アリアが部屋から出てきた。アリアは伸びきっていた髪を綺麗にまとめ、高級そうな青いドレスを着ていた。


「……もう、長いよ、ルビエ! 待ちくたびれたよ!」


「すいません、兄上! 中々、決まらなくて」


「まぁ、いいや。それじゃ、アリアちゃん! 王城に行こうか!」


「分かりました、師匠」


 青いドレスを身にまとったアリアは、レリフとともに、王城へ向かった。



 



 王城に到着したアリアは、レリフとともに、王の間に続く王城の廊下を歩いていた。

 レイル王城は、アンティーク城と比べ2倍ほどの大きさもあり、馬で走り回っても、問題ないくらいの広さがあった。


「そういえば、今更だけど、アリアちゃんを将来的に士官学校に入れるために、勝手に貴族なるように王にお願いしたけど、大丈夫? 嫌だったら、断ってくるけど?」


「いえ、大丈夫です。実際に、自分一人で戦い続ける限界を感じたので、士官学校で指揮を学びたいです」


「まぁ、僕もそう思ったんだよね。僕だって、周りからは一人で敵陣に斬りこんでいるように見えていると思うけど、士官学校である程度、部隊の動かし方とか、兵種の特徴を勉強したから、敵の動きを予測して、動けているっていうのもあるから、たとえ、部隊を指揮しなくても役立つとは思うよ!」


「分かりました、師匠」


 アリアとレリフが、そんなことを話しているうちに、王の間の前まで到着した。

 今、王の間では、リカルドやロナルドといったアンティーク奇襲戦で活躍した将兵に対して、王が直々に勲章を渡しているようであった。


 そして、1時間後。どうやら勲章の授与が終わったらしい。いよいよ、アリアの貴族の任命の式典が始まるようであった。レリフは先に、王の間に入っていた。


「これより、新たな貴族の任命を行います! アリア、王の御前まで前進せよ!」


「はい!」


 宰相の言葉とともに、王の間の扉が開かれる。そして、アリアは返事をすると、王の御前まで行き、膝をついた。


「面を上げよ。汝、アリアをアスール王国の貴族に任命する。これから、汝はアリア・ロードとして、アスール王国の発展に力を尽くせ」


「はい!」


 アリアが、膝をついたまま、顔を上げ、返事をした。王の間にいる文官や将官達が拍手をする音が王の間に響いた。


「これにて、新たな貴族の任命を終了します! アリア・ロードは退場せよ!」


「失礼します!」


 アリアは立ち上がり、王に礼をすると、王の間から出て行った。それと同時に王の間の扉も閉まった。

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