第36話 天使で悪魔

買い物から帰ったレイスがアルバを制止する。


アルバ:「なんで止めたんだ?離せぇぇ!!」


レイスの手を振り払ってカインに殴りかかろうとする。


ドン


レイスの打撃がアルバの腹に入り、重い音が部屋に響く。


レイス:「一旦落ち着け」


力無くその場に崩れるアルバを見て、カインは奥歯が砕けるほど噛み締めた。


10分ほど経ってアルバの感情が落ち着き、レイスは話せる状態になったことを確認する。

そしてカインから一連の話を聞いて状況を把握した。


レイス:「まさか2人が兄弟だったなんて...まぁ確かにアルバの気持ちも分かる。こんな話されて気持ちが追いつく訳ないよな」


カイン:「俺のせいだ。俺のせいでアルバの親は死んだ...」


アルバは怒ることすら出来ず、まるで魂が抜けたかのように目の光が消えている。


レイス:「俺もそのことであなたに聞きたいことがある。何故メルダ王女を殺したんです?あなたみたいな人が誰かを殺すとは思えない。ましてや平和の象徴のようなメルダ王女を」


アルバ:「さっきからなんで普通に話せんだよ。こいつは王女を殺した反逆者だぞ!」


殺人鬼を前にしながら呑気に話すレイスになけなしの気力で苛立つ。


レイス:「反逆者である前にこの人は俺の命の恩人だからだ」


クロレドへ初任務に向かう途中、レイスが一度死んだという話を思い出す。死んだレイスを蘇らせたのは5歳くらい年上の少年で、その代償に片腕を失ったと。

目の前にいるカインはその話の人物と当てはまる。


レイス:「昨日街で会った時にすぐ分かった。命の恩人を間違える訳ないからな」


アルバ:「どういうことだよ?王女殺しの犯罪者で、レイスの命の恩人で、俺の兄貴?訳分かんねぇよ...」


レイス:「今日は礼をしたくて支部に招待したのに、まさか一日であなたが世界を脅かす犯罪者になるなんて...もう街中あなたの話で持ち切りでしたよ」


まさか自分の恩人が大罪人になるとは思わず、レイスがカインを易々と支部内に入れていた。


アルバ:「そうか、だから支部に入れたのか」


レイス:「でも、なぜアルバの部屋にいたんです?」


最初からカインはアルバの部屋を知っていた。 アルバの父親が亡くなったことも知らない程アルバとは疎遠になっていたはずなのに、アルバが緋縅にいることをカインは把握していた。


カイン:「昨日レイス君と話した時にレイス君がアルバって名前を出してたからね」


レイス:「いや、俺は一度もアルバの名前は口に出してないはずです」


カイン:「あれ?そうだっけ?あっ!光の能力者がいるって言ってたからアルバがいると思ったんだ!」


レイス:「確かにその"目覚め"の話はしたような」


アルバ:「いや、俺の"目覚め"が発現したのは父さんが死んだ後だ。父さんの死すら知らなかったお前に俺の"目覚め"が光だと知る術は無いはずだろ?」


レイス:「一体何を隠してるんすか?」


分が悪くなったカインは頭を掻き失笑する。

まさかアルバの部屋に居たことを深掘りされると思っていなかったのだろう。


カイン:「今の自分に信用性が全く無いのは重々承知しているけど、この事だけは秘密にさせて欲しい」


アルバ:「何が秘密だ!お前にそんな権利あると」


頭に血が上っているアルバの肩にレイスは手を置く。


レイス:「分かりました」


アルバ:「レイスお前!分かりましたって」


レイス:「その代わり、それ以外のことは全て答えてもらいます」


レイスの交換条件を悩むことなく静かに頷く。


レイス:「まず、本当にあなたが王女を殺したんですか?」


カインは少し黙ってから口を開く。


カイン:「...あぁ」


レイス:「残念です...何故殺したんですか?」


カイン:「奴は平和の象徴なんかじゃない。あれほど悪魔に近い人間を俺は見た事がない」


カインの言葉は、世界平和を願い他三国に常に手を取り合うように訴えて行動してきたメルダ王女に対して向けられたものだとは到底思えなかった。


アルバ:「悪魔ってどういうことだよ。実際に見たことないけど、ニュースとかで聞く王女は真逆の天使みたいな人だったぞ」


カイン:「俺は実際にあの人に会った。あの人とある事をするために協力をお願いしたんだ」


レイス:「ある事って?」


カイン:「悪いけど、この内容を知る人間は少ない方がいい。俺とアルバに直接的に関係することだから。弟に危害が加わるかもしれないことは簡単に話せない、すまない」


アルバ:「こんな世界に変えたやつが今更何を!」


レイス:「分かりました」


アルバ:「おまっ!さっきから何でそんな聞き分けいいんだよ」


レイスは騒ぐアルバを無視して質問を続ける。


レイス:「そこでカインさんが見た裏の顔が悪魔のようだと言うことですね。教えてください、メルダ王女はどんな人だったんですか?」


カイン:「君たちと同じく、平和を愛する天使のような人だと聞いて自分の使命のために俺は王女に会いに行った。それがアルバをハイドさん達に預けた直後、だから16年前だな」


メルダ王女と出会った時の印象は良かったのか、カインの顔が自然と綻んで16年前を思い出す。

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