魔法少女の終着点〜何も知らない魔法少女は、残酷な世界で光を掴む〜

和紗レイン

運命に縛られる魔法少女たちの聖戦

第一幕 レゾンデートル

第1話 葬送

 ――桜色の着物を着て黒い鬼の面を付けた、華奢な少女。

 その少女に、私の妹は殺された。

 あの少女の姿をした狂気は、有機物であろうと無機物であろうと、生物であっても無生物であっても、等しく全てを灰燼に帰す。


 あの時、私の目の前で白髪の少女が倒れた。脱力し崩れ落ちる。地面に鮮血が散って、惨劇の光景が出来上がっていた。


「おね、ぇ、ちゃん……」


 彼女は胸を貫かれ、あの時点で助からなかった。私はそれを助けられなかった。あの眼差しが、か細い声が、今でも脳にこびりついている。



 線香の煙が立ち上る。冷たい風が吹き荒ぶ山の中腹。

 目の前にある直方体に滑らかに成形された石には、『識神家代々之墓』と彫り込んであった。


「姉さん」


 背後から、透き通る綺麗な声。しゃがみ込む私の肩に、華奢な指が添えられる。


紫苑シオン、どうしたの?」

「嫌な予感がする」


 ――識神シキガミ 紫苑シオン。私の二つ下の妹だ。

 私は立ち上がり、集合墓地から見下ろせる住宅街を一望した。特に異変はないが、こういう時に紫苑の鋭い勘は的中する。

 なんの変哲もない住宅街。賑やかな子供たちの声、立ち並ぶ一軒家、それぞれが変わり映えのない日常を平和に過ごすための、一種の安全地帯。

 それが、瓦解する音が聞こえた。


 ピコンピコンと、緊急地震速報にも似たアラーム音がポケットから鳴る。五月蝿いほどに、煩わしいほどに甲高い警報音を鳴らし振動するスマホ。

 画面には、無機質でそれでいて恐怖を煽るような文言が記されていた。


『バグ警報発令、警戒レベル4

近隣住民は案内に従って、至急避難してください』


 ――バグ。文字通り、世界の不具合。乱数的アトランダムに発生し、その様相や被害の大きさ、強さもかなり個体差がある。太古から存在する現象で、現代の人類でも制御できない自然災害。

 そんなものに、立ち向かう存在。それが私たち、魔法少女だった。


「廃工場のほうかな」

「紫苑、すぐに向かおう!」


 私は紫苑の手を引いて、水の入った桶を片付け諸々の荷物も忘れず持ち、足早に墓地を立ち去った。


「最近多い、バグの出現」

「特にこの一帯は多いらしいからね」


 紫苑の言う通り、最近はその被害も顕著で、かなり頻繁に出現が確認されていた。世界の統計被害数もうなぎ上り。そのせいで、荒んだ世の中になって来ていたのだった。


「メイア、リズ、出てきて」

《はいはーい、メイアちゃんさんじょー!》

《また?》


 私のネックレスの青い宝石から飛び出してきた、うさぎに似た得体のしれない生物、メイア。ぷよぷよと浮遊する、ゆるキャラよりも愛らしさを持つその生物は、私が魔法少女になる際契約した精霊。

 紫苑のヘアピンから出てきたリズは、シマエナガに似た精霊だ。その丸っこい姿が実に愛らしい。


「戦闘準備、よろしく」

《りょーかい!》


 廃工場まっしぐらに走る道中。メイアにそう言うと私の身体が光り輝き始め、先ほどまで着ていたラフなパーカーがマント付きの桃色のドレスへと変化した。


「リズ」

《わかってるわよ》


 続いて紫苑も、羽織っていたカーディガンがTシャツと共にスタイリッシュな萌え袖の服へと変化する。

 これが、私たちの魔法少女としての正装。


「見えてきた、廃工場!」


 閑静な景観の中にそびえ立つ黒い金属の建物。その中で、凄まじい大きさの金属音が鳴り響いている。

 駆けつけているという魔法少女の姿は見当たらない。


「だとしたら……中か」


 非常口の扉を乱暴に開けて中に入った。カビのすえた臭いがする。

 開けた場所に出ると、一人倒れている黒髪の少女が見える。そして、ボロボロになりながらもバグと交戦している白髪の少女が。


「っ……援軍部隊! 助けて、私たちだけじゃ……!」

「落ち着いて、後は私たちがやるから後ろに下がって」


 相手にしていたのは、皮膚のあちこちに笑顔を模したマークが描かれているバグ。華奢でやせ細った少女のような見た目をしているそのバグは、両手に錆びた鉄パイプを握り締め暴れていた。


「姉さんの出る必要はない。私が行く」

「うん、よろしく」


 基本的に私たち姉妹は、私が後衛で紫苑が前衛だ。

 私は負傷している二人の魔法少女を治療する。一人は意識がなく、かなり危うい状態だ。


「固有魔法∶枝垂桜シダレザクラ


 辺りに桜の花弁が舞い散り、淡い光が負傷者を包む。


「……あ」

「おはよ」


 意識は朦朧としているが、ついでに意識がある方も治療したので問題はないだろう。

 反対に、暴れ回るバグによって振り下ろされる鉄パイプを、具現化させた薙刀で受け止める紫苑。


「フフフフフ……。アハハハハッ……アハ、アハハハハ……」


 日本語らしきものを喋るバグ。奴が振り下ろすパイプの威力は、人の命を容易に奪いかねない。紫苑が歯を食いしばって苦戦するほどだ。

 そう考えれば、私たちが到着するまでこの魔法少女たちはよく戦ったほうだ。気絶や怪我だけで済んでいるのだから。


「紫苑、大丈夫?」

「……ちょっと厳しいけど、問題ない」


 紫苑の実力は私を遥かに凌駕する。落ち着いて間を取り、薙刀を自らの手足のように動かしてパイプを受け止める。実に冷静な対応だ。


「ふっ」


 隙をついての、脇腹への一撃。バグは身体をくの字に折り、壁へと激突する。だが何の痛痒も感じないかのように立ち上がって、また襲いかかった。


「しつこい」


 紫苑はすぐにカタをつけたがる。立ち上がった隙を見て、怒涛の五連撃。横から薙の一発、斜め左上から叩き込み、下からすくい上げるように斬り、横から地面に叩き込んで、最後に上から殴るように一発。

 それを最後に、バグは動かなくなる。


「これでトドメ」


 薙刀の刃先を、バグの心臓部に向けて突き刺した。

 ビクンと痙攣したように身体が跳ねて、身体にノイズが入り消えていく。


「お疲れ様、紫苑」


 私はスマホを手に取って、電話をかけた。今回のバグの件の報告だ。


「もしもし」

『状況は?』

「討伐完了。怪我人二名、命に別状なし」

『よくやった』


 そうして完了報告をして、三人の様子を見た。

 見知らぬ魔法少女二人は、安堵の表情で会話している。紫苑は、疲れた様子もなく私の隣にいてくれている。


 魔法少女は命懸けだ。一歩間違えれば、明日はない世界。

 でも、人々を救っている――人々の人生を守ることができていることが、私にはどうにも嬉しいのだ。

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