第9話 (長篠の戦編)第九話: 長篠の戦い

『私闘制限の詔』発令後、初の雀武帝親衛隊の仲裁による「調停試合」が行われようとしていた。場所は三河の国(愛知県):長篠城。全国の諸大名は、その結果を固唾(かたず)を飲んで見守っていた。試合結果は、勝者を通じて全国の諸大名に知らされる手筈になっていた。招待客は、その結果を目の当たりに出来る特権を得ていたが、雀武帝親衛隊への縁故(コネ)が必要だった。


甲賀の里を出た後、一馬たちは近江(滋賀県)で試合用の正装を用意し三河に入った。

長篠城では、雀武帝親衛隊の北海道・東北担当奉行の蓬莱鳥丸(ほうらいとりまる)と、奉行補佐の伝宝宗茂(でんぽうむねしげ)が待っていた。

「何だ、お前たちは? 招待したのは、天翔一馬一人だけだ」

「申し訳ございません。道中、一緒に旅をした仲間です。控室で待たせて頂ければ幸いです」

「ちっ」と、面倒くさそうに舌打ちしながら、伝宝は仕方なく控室を手配した。丁髷で、黒縁のレンズの小さな眼鏡をしていた。

「なぁ~に、あの人。感じ悪いわね~」

「招待客の数に露骨な差があります。誰かの入れ知恵でしょう」

「試合前から、戦いは始まっているということだ。私は飽くまでも中立の立場だ」


≪招待客≫

招待客は、白虎流派、朱雀派、各15名。武田家10名。北条氏10名。堂満家無し。伊達藩1名だけだった。


≪調停試合場≫

宇連川と豊川の合流地点に位置する長篠城の南側の断崖の上に試合場は設置された。招待客が見守れるように50畳ほどの床が造られた。その上に四畳半の畳を敷き麻雀卓と西洋風の椅子が置かれた。地図上の東西南北の方角と対局者の風は合わせられた。招待客は三人一組で座れるように、木の椅子が麻雀卓を囲むように八方位で八つ用意された。


≪場所決め≫

抽選の結果らしいが、座席は以下のように決まっていた。露骨な武田包囲網であった。

東:織田家    座席二つ(北東側・東側)

南:雀武帝親衛隊 座席二つ(南東側・南側)

西:武田家    座席一つ(西側)

北:伊達藩    座席一つ(北側)

招待客 白虎流派 座席一つ(北西側)  北条氏 座席一つ(南西側)


伊達藩が、一番初めに会場に案内された。一馬、氷月、碧竜が座席を確認していると一人の娘が入って来た。

「こんにちは~。不破輝雷美(ふわきらみ)といいます~」黒髪に黄色いメッシュが入っていた。着物も黒を基調にしているが、黄色い筋が何本か入っていた。

「(雷をイメージしてるみたい・・・)かわいい~」この地雷のような娘に氷月が食いついた。

「ありがとー。今日のために、お父様に作ってもらったの~」釣り上がった目じりと八重歯が印象的だった。一馬と話をしたそうだったので、話させてみた。直感基礎で少々の危険を感じたので、腫れ物を触るように対応した。

「可愛いらしい名前ですね」

「お父様が付けて下さったの」

「名前は、親からの初めての贈り物です。だから初めての愛情ですよ」

「初めての暴力でもありますよ~。みんな読みにくそうにするんだもん」

「誰も、十年後に後悔する(すべる)考えで子に名前を付けませんから。気のせいですよ」

「ありがとー。優しいのね。思った通りの良い人だわ」といいつつ一馬の手を両手で掴むと自分の胸を触らせた。

「これ、お礼です」

「・・・」一馬は反応しなかった。

「! 胸は簡単に触らせたら、ダメなんだよ!」氷月が動揺した。輝雷美は、焦る氷月を無視して、一馬の表情をじっと観察していた。

「どうですか?」と聞かれたので思った通り、

「それなりですよ」と応えてしまったことが藪蛇だった。

「かっち~~~っん! そんなことないわ゛よ! こ~よ、ご~よ!」一馬の手を動かし始めた。もにゅもにゅもにゅ・・・」仕方なく、

「大変、素晴らしいです」と応えると、ため息とともに自分の胸から一馬の手を離し、

「あの人と、おんなじ反応ね。もーいぃや。頑張ってね~」と言って行ってしまった。

去りゆく輝雷美を見ながら、

「あの娘、胸を触らせに来ただけかしら?」氷月は疑問に思った。

「いや、忍術かも知れない。もっと本質的な何かを観察しに来たのだと思う。それが、何かは分からないが・・・」一馬の予想は当たっていた。輝雷美は、剛掌霧笛にも同じことをしていた。年頃の娘の胸を触った時に、大の大人がたじろぐ様を見て笑う悪戯だった。輝雷美にとって、本日の会場でこんな遊びをして楽しそうなのは、今のところ一馬と霧笛だけだった。他の大人の反応は大概想像できたので、二人の反応を見たかった。そして綺麗にあしらわれた。輝雷美が、この悪戯を太刀風八刀斎(たちかぜばっとうさい)に仕掛けようとすると父が現れたので、その場から逃げようとした。慌てて振り向いたので、背後にいた風魔夢幻斎に体が触れた。

「!!!」

「大丈夫ですか?」夢幻斎に気遣われた。

「え? あ、大丈夫ですぅ~」と、慌て乍ら逃げるように会場をでた。

「(え? な~に、あの人・・・。真っ黒い!)」


【情報漏洩(ハッカー)】

輝雷美の忍術。相手が、金銭欲・性欲・出世欲などのあらゆる欲を出した時に体に触れていると、その人の本心・才能・限界・潜在能力(せんざいのうりょく)の全てを読み取れる。【意志伝達】の発展版。


次に入って来たのは北条家だった。風魔夢幻斎と目が合ったので軽く会釈した。

「こんにちは~」氷月は、会場の重苦しい雰囲気を気にしていなかった。

「こんにちは」夢幻斎と疋田源太郎が座席に座った。


次に入って来たのが、中国・四国地方・九州を束ねる、一大勢力を築く「白虎流派」の師範代である太刀風八刀斎だった。口髭も顎髭、蓬髪までが白く、白に水色がかった羽織を着ており、物穏やかそうな印象だった。副師範である蠣崎潤之介(かきざきじゅんのすけ)は、理知的で正義感が強そうな印象だった。入ってくるなり一馬を見つけ近づいてきた。

「初めまして、白虎流派師範代の太刀風八刀斎です。こちらは副師範の蠣崎潤之介です」

「こんにちは、初めまして」

「初めまして、伊達藩黒幅脛組の天翔一馬です。お目にかかれて光栄です」

「本日は、大役になりますが、あなたには是非とも頑張っていただきたい」

「出来る限り、頑張ってみます」軽く頭を下げた。

「調停役は、どのように戦ってもおそらく非難されるでしょう。難しい立ち位置ですが、挫けないでください」

「心得ております」他の流派が続々と入って来た。長話できる雰囲気でもなくなってきたので、八刀斎は話を切り上げるように、

「あなたとは、もっとゆっくりお話がしたいです。落ち着いたら、遊びに来てください」

「ありがとうございます」といって、挨拶は終わった。白虎流派と繋がりが出来ると大戦乱に巻き込まれるようで不安になったが、一方で心強く感じたりもする不思議な心持ちだった。


次に入って来たのは、織田家・朱雀派だった。師範代の剛掌霧笛(ごうしょうむてき)は、鋭い眼光に、思慮深そうな面持ちで、六尺(180㎝)を超える立派な体躯だった。赤色と朱色の羽織を着ていた。戦時には4,000を超える兵を授けられる猛将だという。

そして、雀武帝親衛隊も入って来た。師範代は、額が禿げ上がっているものの蓬髪(ほうはつ)が肩までかかるほど伸びた獣のような男だった。顔中に深いしわと切り傷が刻まれていた。こちらも六尺を超える身長だったが腹は出ていた。黒を基調とした黄色い筋の衣装は、輝雷美と親族であることを容易に想像させた。この男の名は、不破雷獣(ふわらいじゅう)。存在感が圧倒的で、立ち居振る舞いの一つ一つで麻雀と戦闘の強さを理解できた。一馬は、下家の織田家・朱雀派の剛掌霧笛と、対面の雀武帝親衛隊・不破雷獣が特に気になった。

「(この二人は、別格だ!)」この二人とは後に、【籠城戦】(役満限定麻雀)で、更なる死闘を演じることになる。

「(色々な人間がいるものだ・・・)」と感動していると、最後に武田家が入って来た。

招待客は、会場に入ると指定された座席にそれぞれが陣取った。対局者たちは、それぞれの席に着いた。一馬の上家に座ったのは、武田家の師範代・柳谷角丸(やなぎやかどまる)だった。緑色を基調としており赤色の筋が何本か入った羽織を着ていた。喰いつかれると、面倒くさそうな交渉が上手そうな印象だった。


仕切り役として、雀武帝親衛隊の部隊長代理が現れた。

「初めまして。雀武帝親衛隊・部隊長代理の神室征一郎(かむろせいいちろう)です」

「(カムロ? 同じ苗字なだけか?)」一馬は疑問に思った。この神室に、まず柳谷が嚙みついた。

「部隊長代理殿に質問があります」

「何でしょう?」

「この度の調停試合は、武田家と織田家の争いです」

「存じてあげております。その為に、多くの招待客を招きました。大変な手間でした。大変な気苦労でした。徹夜続きでした・・・、面倒でした」柳谷はカチンときたが、感情を抑えた。神室の言葉が止まったところで、

「招待客は、織田家15名に対し、武田家は10名です。これは、意図的であり、不正の臭いがします」

「そんなことはありません。織田家には、この会場の設営も手伝って頂きましたし、地理的に近いので優遇しました」

「それでは何故、遠方の白虎流派の招待客が多いのでしょうか? 武田家よりも多いです。北海道・東北の招待客が明らかに少ないです。これは、何故でしょうか?」

「それは、完全にこちらの手違いです。北海道・東北の担当の伝宝が、数を間違えました。間違いに気付いたのは先週でした。だから仕方なく、伊達藩と堂満家の招待人数を減らさなければいけませんでした」

「先週? ・・・、それは本当ですか?」

「本当ですとも、天翔一馬さん、間違いありませんよね?」急に話を振られたので、一馬は驚いた。仕方なく落ち着いて答えた。

「・・・間違いありません」と応えるや否や、鬼の首を取ったように叫んだ。

「伝宝を呼べ!」伝宝が無理矢理連れて来られ、震えながら、

「申し訳ございません!」と芝居気たっぷりで土下座した。

「腹を切って、お詫びします!」と言って、刀を抜くと、

「馬鹿な真似は、よしなさい」と柳谷に止められた。そして茶番が一つ終わった。

「(果たしてこれで事を収めて良いのだろうか?)」会場中の疑問は解消していなかった。

『西日本の招待客の多さを、何故、東北と北海道を減らして調整しなければいけないのか?』という質問に答えていなかった。


「それでは、この座席配置は、いかがでしょう?」柳谷は続けた。

「何か、気になりますか?」

「当事者の座席数は、同じ数にするべきです。雀武帝親衛隊は中立の立場の筈です。座席を一つ、武田家に融通して下さい」

「承知しました。気になるようであるならば対応しましょう」予め想定されたやり取りが終わった。北条家は南側の座席に移り、武田家は、西側と南西側の座席を手に入れた。

「(土地の奪い合いに勝った!)」と小躍りした柳谷であったが、掌で弄ばれているだけだった。この詰まらないやり取りで、少しでも柳谷を疲弊させるのが目的だった。


「まだあります」柳谷は続けた。

「まだ、ありますか?」征一郎は、苛立ち始めていた。

「勢力の大きさで言えば、堂満家を招待するのが道理です。何故、北条家なのでしょうか?」

「先ほども申し上げた通り、こちら側の不手際です。」と頭を下げたかと思うと、

「めんどくせー、伝宝腹を切れ!」と、神室は激昂し自制心を失った。

「いえ、そういうコトではござらん」柳谷は焦った。

「北条家は関東地方なので、戦に巻き込まれることが多くなるかもしれません。戦を起こすとこのような目に遭うという見せしめの意味もあります」明らかな失言で、本音だった。

「見せしめですと? 戦を仕掛けられたのは、武田家ですが?」

「失礼、失言でした・・・。仕掛けた、仕掛けられたは水掛け論になります。それでは、議論は前へ進みません」征一郎も疲れてきた。

「私が言いたいのは、伊達藩を一人だけ呼ぶならば、堂満家も呼ぶべきだったということです」雪崩を打ったように、神室の失言が続いた。

「伊達藩など、主君がまだ10歳ではないか。ならば招待客など一人で十分。しかもその藩の代表が20ほどの若造じゃ。伊達藩も人材不足よのぉ!」会場中がドン引きするのが分かった。

「(オイオイ、こちらに火の粉が飛んできたぞ!)」一馬は、苦笑いするしかなかった。

「(あの、征一郎って、感じ悪いね!)」氷月が碧竜に耳打ちすると、

「(想定外の長い問答に弱いのでしょう。失言が多過ぎます)」と碧竜が応えた。そこで、一人の男が立ち上がった。

「ちょっとよろしいでしょうか? 部隊長代理のお言葉は聞き捨てなりません」夢幻斎だった。

「何でしょう?」征一郎は、グッタリしていた。

「主君が幼少なのは、誰の責任でもありません。戦国の世ですから。その戦国の世を終わらせるための『私闘制限の詔』の筈です。その理念に則って、この調停試合も開かれたはずです」

「天翔一馬は若過ぎます。明らかな経験不足です。彼の打ち方一つで、調停試合が台無しになるかも知れません。その時は、誰がどのように責任を取るのでしょうか? 伊達藩が、こんな若造を送り込んだから、我々が気を遣わなければならないのです。大変迷惑しております。大変な気苦労です。形容しがたい、筆舌しがたい、想像を絶する・・・、針小棒大の、人跡未踏の、数量限定の、・・・」愚痴は止まらなかった。堪りかねて夢幻斎は、その言葉を断ち切った。

「経験不足と言われるが、若いのだから経験が無くても当たり前です」

「人は、経験を蓄積して成長するのです」

「経験とは、成功体験と失敗体験のことですか?」

「左様、失敗から多くのことを学べるのです。失敗は糧にしなければいけません」

「若いのだから、成功体験しかなくて当たり前です。失敗は多くの場合、成功体験の積み重ねによる慢心から生ずるものです。彼にはまだ、その慢心がありません。このまま正解を出し続けることが出来たら、失敗から学ぶものは何もありません。ともすると、このまま成功し続ける稀な存在となるかも知れません。そして、誰よりも(脅威になる)・・・」夢幻斎は言葉を止めた。

「脅威になるってよ」ボソッと、雷獣が呟いた。

「・・・(? あの小声を聞き取ったのか?)」一馬は黙って聞いていた。

「あなたのように、不敗を続ける人などいません。誰でも、失敗もするし負けるものです」

「・・・」夢幻斎は、そのまま反論を止めた。

「一馬は、あの人に勝ったじゃん。もごもご・・・」小声で言った氷月の口を碧竜が塞いだ。

「! なぬ!」傍らで蓬莱が聞いていた。

「他にござらぬか? 始めてよろしいか?」自らが仕組んだ段取りだったが、征一郎は疲れ切っていた。そして漸く対局が始まった。

「(ありがとー)」夢幻斎の心に声が届いた。夢幻斎が氷月を見るとお嬢さんがニッコリ微笑んでいた。

「出来たー! (一つ忍術が使えるようになっちゃった)」会場中が、立ち上がって喜んでいる氷月を見て驚いた。慌てて碧竜が氷月を座席に座らせた。

「何だ? なんだ? 何が出来たんだ?」

「まだ、始めっていないぞ」

「あの席は、伊達藩か?」

「あいつら、人騒がせだな」

かくして『長篠の戦』は始まった。結果は僅か半荘一回の勝負だった。死者は出なかったものの、平和的に、速やかに、一方の藩が潰れることになった。


〔第十話: 望まぬ勝利(第一部:完)〕

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