第8話 (長篠の戦編)第八話: 武闘麻雀 in 甲賀・幻惑中

忍者の里『甲賀(こうか)』の地は、見晴らしの良い丘陵地が多く守りの堅い砦を築きやすかった。奈良や京都にも近く情報が得やすかった。そのため権力者の亡命地でもあり、忍者は重宝された。甲賀の忍びは、特定の主君に仕え、くノ一がいなかったことでも有名である。逃走術や薬学に精通していたという。


村に入るなり、どんよりした重い雰囲気に包まれた。天気がいいのに、村人がいない。三人は伊賀を思い出した。

「また、結界の中に入れられたな」一馬が面倒臭そうに言った。

「また、犬が出てくるのかしら?」

「向こうから、誰かやって来ます」現れたのは、二人の忍びだった。赤色の忍者服と藍色の忍者服を着ていた。それぞれに忍者服と同じ色の無表情の仮面をつけている。

「われらは、紅水(こうすい)・藍水(らんすい)、と申します」

「あなた方を、ある場所に、お連れしなければ、いけません」それぞれから発せられる言葉は、カタコトにも聞こえ、感情がまるで感じられなかった。

「我々は、伊達藩の黒脛巾組の者です。くみとから伝わっていると思うのですが、同盟関係の話をしたいです」

「伺っております。その話は後程です」連れていかれたのは、半径6間(約11m)ほどもある池のほとりだった。池の真ん中に巨大な岩があり、麻雀卓と南蛮風の椅子が置いてあった。

「対戦者を、あなた方の、中から二人、選んでください」

「こちらからも、二人選びます。あの岩の上で、勝負をします」

「同盟関係の話は、その結果で、決めさせて頂きます」

「伊賀でも信用されませんでしたが、伊賀・甲賀を巻き込んでの大きな戦いが待っています。忍びも同盟を組んで、戦いを有利に進めるべきだと思います。風魔の協力は頂いております」

「何事も、合議で決めるのが、甲賀の仕来りです」

「あなた方の、能力を、見極めなければ、いけません」

「簡単に、誰とでも、協力は出来ません」

「是非もないですな。勝負をお受けいたしましょう」一馬と氷月が麻雀をすることになった。

「そちらは、誰がお相手ですか?」陰から橙色の忍者服を着た忍びと、緑色の忍者服を着た忍びが現れた。

「盗水(とうすい)と、力水(りょくすい)です。盗水は盗みが得意であり、力水は味方の力を引き出すことが得意ですが、あなた方には関係ありませんね・・・」と藍水が言った。

「関係ねぇよ。それで俺は、何をすればいい?」碧竜が聞くと、

「応援か、妨害です」と紅水が言った。

「!」三人は同時に驚いた。

「(どうせ碌(ろく)な対決にはなるまい)」一馬の勘は当たった。


対局者が小舟で卓にたどり着き、それぞれが座席に座り対局が始まった。

藍水「勝負のルールは、【乱闘戦】です」

紅水「勝ち星の、合計数で、優劣を決めます」

「勝負が、決まらなかったら、没収試合になります」

「まどろっこしいわね。片方が喋ってくれないかしら・・・。しかも、途切れ途切れで聞きづらいわ~」氷月は辟易した。

  「始、め」氷月には、わざと句切ったように聞こえた。


親:盗水  南:一馬  西:力水  北:氷月   ドラ:北

全員が配牌を取って、理牌しようとすると、紅水と藍水がそれぞれに池の両端に立った。紅水が、池の中央の卓に向かって10本の矢を放った。盗水と力水は、顔色を変えずに木の板で防いだ。

「ちいっ! (こういうことか)」一馬は、臥龍按剣で氷月の分も叩き落した。

「あんの、野郎!」碧竜が紅水に向かって突進した。紅水と碧竜が戦闘している間に、藍水が卓に向かって煙玉を投げつけた。煙玉は一馬が全て叩き落したが、中に催涙瓦斯(さいるいガス)が入っていた。

「! 氷月、大丈夫か?」

「大丈夫よ。くっさ~い。(これは、催涙系ね・・・)。涙涸花(ドライアイ)」氷月は、胸元から花びらを取り出し臭いをかぐと、視界が戻った。

「対策できるわよ。一馬もどう?」

「俺は、大丈夫だ。暗視組手で打つ」

「まだあるからね。困ったら言って」

「心強いよ」紅水と碧竜の戦いは続いていた。碧竜は、6尺戦斧を振り回し、牽制に苦無も使っていた。

「コイツ、強い! 俺の攻撃がまるで当たらない!」紅水は、武器を一切使わず、無手で碧竜の攻撃を躱し続けた。

「あんた、やるね~(紅水の「紅」は攻撃の「攻」から名付けられた。その俺を相手に!)」その言葉には、達人と闘える喜びの感情が少し入っていた。

「埒が明かねぇだ! くらえ! 奥義『百本苦無』!」碧竜は隠し持っていた体中の苦無を一斉に投げた。上下左右・背後まで逃げても必ず苦無が当たる技だった。

「土中へは、逃げれまい!」

「ぐわっ」苦無が二本、紅水に当たった。態勢を崩したところに斧で斬りかかったが、それは躱された。

「手応えあっただ」碧竜が安堵した。

「さぁ、次行くぞ!」と、紅水に向き直ると紅水は、とことこ歩いて行き戦線を離脱した。

「当たっちまったら、敗退の約束なんだよね~。この仮面、口で加えて固定しなければいけないから、喋り辛いんだよねぇ~」赤い仮面の正体は、十四五歳の少年だった。

「紅水が、やられたな」盗水が、麻雀を適当に打ちながら、言った。

「武器が、当たった、だけだろう。やられてないよ」力水が、応えた。

「攻撃が、当たったら、敗退の、決まりだ」

「そう、だった、かな・・・」

「(『甲賀七虹士(こうかしちこうし)』随一の体術を誇る紅水に攻撃を当てるとは、あの斧親父やるなぁ)(藍水の「藍」は混乱の「乱」から名付けられた。今度はその俺が相手だ!)」

今度は、碧竜が藍水を追いかけた。藍水は、碧竜と反対側をぐるぐる逃げ回った。碧竜は、痺れを切らして水の中に入り、藍水を追いかけた。

「アイツ、水の中に、入ったな」盗水は、卓をほとんど見ていなかった。

「入った、ね」力水も、自摸と切りを適当に繰り返していた。

「(コイツら、キモイ・・・)」氷月は、寒気がした。

「この人、さっきから、目を閉じて、打ってるよ」

「スゴイ、能力だ、スゲェー」

「次の、作戦だ、ヨー」

「いー、よ」力水が手を振って合図した。すると池の向こうから、藍水がなにやら粉を空中に巻き散らした。粉は、大小の粒が混ざっていた。大きい粒は、キラキラと空気中で光ながら池に落ちた。水の中に落ちた粒に反応し無数のピラニアが現れた。

「危険、きけん、食われりゃ、キケン」

「痛い、いたい、嚙(か)まれりゃ、イタイ」驚いた碧竜は、慌てて池から飛び出した。

「どえぇ~~!」そしてまた、碧竜と藍水との鬼ごっこが始まった。


一方、粒の小さなものは、しばらく空気中に浮いていた。

「! これは、催眠瓦斯(さいみんがす)だ! 『覚醒花(めざめばな)』」氷月は。あわてて胸元から花びらを取り出し吸い込んだ。

「一馬、これ!」と一馬に渡し吸わせた。

「麻雀どころじゃないな。コイツらは、麻雀で勝つ気がない。相手を戦闘不能にすることが目的だ。麻雀の対局中なら、ここから動くわけにはいかない」

「正解」盗水が、やっと卓に向き直った。

「麻雀、どうでもいい」力水もこちらをようやく見た。

「この卓で、殺すのが、目的」

「それが、任務」

盗水の河には、3が二枚並んでいるが、上下が逆に並べているので視界がぶれて6が二枚ならんでいるように見えた。2と4が並んでいるときも6に見えた。一と二と三が何枚か並べて切ってあると全て三に見えた。盗水の捨て牌を見づらそうにしているのを氷月は訝った。

「(一馬は、いつも暗視組手を使うけど、目で見たくないのかしら? ・・・もしかして、幻術に弱いの? ・・・ならば・・・、)」一馬の心の中に呟いた。

「(一二東南二33)」と、一馬の心の中に響いてきた。一馬には、「三三東南三66」に見えていた。

「(氷月、こんなことが出来るのか!) 助かった!」

「(あら? 通じたかしら? 一馬好きよ・・・)」

「・・・(こんな時に、平和な娘だ)。俺もだよ」と応えた。

「(きゃー、やったー)」この一言で氷月にとっても、麻雀はどうでもよくなった。


【意思伝達(テレパシー)】

心を通じて、自分の意志を相手に伝えることが出来る。達人になれば、相手の心を読める。


一馬は作戦を立て直した。

「(言葉の切り方が「通しサイン(情報のやり取り)」かと思ったが、そうではないらしい。この二人にとっては、心底麻雀がどうでもいいのだ。真剣に麻雀を打っていない三人を相手に、一体俺は何をしている! 幻惑に負けず、今戦っている相手を諦めさせる。完全な一撃で決めなければいけない!) 【状況推察】+【直感飛躍】+【千里眼】」

「これだ!」


【状況推察】『龍の穴』上級者用訓練

これまでの対戦状況や、敵と味方の戦闘状況で、自らの立ち向かう方針を決める

【直感飛躍】『龍の穴』上級者用訓練

配牌と【千里眼】で得られる情報から、狙うべき手役を決める。一撃必殺。


一一九九東東西西北北南南中   自摸:中

「自摸! 邪悪七対子! 勝ち逃げ御免! 己(おのれ)らの邪念よ! 成仏しろ!」


【邪悪七対子】  

〔面前混一色(3)、七対子(2)、自摸(1)、邪悪七対子(2)、混老頭(2)、萬子(+1)〕【合計11翻】

四つの風牌と、三元牌の中、萬子で構成される。赤と黒だけで構成された邪悪さを連想させる手役。プラス二翻となる。構成によって混老頭も追加される。和了が成立すると、面子(めんつ)(対戦相手)の邪気が払われ、悪意が無くなることがあるという。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。


「にーさん、スゴイ」盗水が負けを認めた。

「まけた、まけた」力水も負けを認めた。

小舟で池のほとりに戻ると、仮面の忍者服が増えていた。青色の忍者服と仮面をつけた清水(せいすい)(清は生に通じ、治療薬に精通する知識を持つ)、紫色の忍者服と仮面をつけた紫水(しすい)(紫は死に通じ、毒薬に精通する知識を持つ)だった。

紫水が話し始めた。

「私は、甲賀七虹士の頭領です。我らは、何事も合議で決めております。同盟の話は悪くありません。しかし、我らも主を持つ身ゆえ、軽々しく他と組むことは出来ません。しかし、勝負は勝負なので、今回の負けは、同盟を前向きに捉えたいと思います」

「協力して頂けるかもしれないだけで充分です。ご検討をお願いします。こちらも、いい修行になりました」一馬が頭を下げた。


紅水「おめがとう」

藍水「ありでとう」

盗水「おめ、ごとう」

力水「おれ、ごとう」氷月は、もどかしくなって口を出した。

氷月「違うわよ。おめでとう、ありごとうでしょ?」と、氷月が機嫌よく言うと、

碧竜「おめでとう、ありがとうですよ」と訂正され、一気に全員が笑い出した。

一馬「本気で間違えたのか?」氷月は赤面した。

   「はっはっは」場が、一気に和んだ。

「巷は『長篠の戦』の話で持ちきりです。各藩の代表者が長篠城に入り始めております。お気をつけて」紫水の対応は、最後まで丁寧だった。

「行ってきます」

長篠城での戦いは、かつてない厳しいものとなった。それは、一馬の人生における最大の難敵が二人同時に現れたからだ。


〔第九話: 長篠の戦い〕

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