第17話 運命
テレビの中の律樹が笑っている。俺は暗い部屋で、シーツを頭から被ってテレビを見ていた。テレビを見るなら電気をつけろと叱ってくれる両親はもういない。俺の後ろには骨壺があり、父と母の遺影が重ねて置かれていた。
なんで律樹を好きになったんだっけ?
彼の頑張る姿が好きだった。諦めない姿が好きだった。インタビューに答える律樹の声がひとりの部屋に響く。
『みんなを笑顔にしたいんです。みんなが僕を見て、明日も頑張ろう、今日はいい日だったなって、そう思ってくれるようなアイドルになりたい。どんなにつらいことがあっても、僕のステージを見たら少し気持ちが明るくなる、あと一日頑張ろうと思える、そんな人になりたいです』
律樹を見ていると、頑張ろうと思えた。彼が誰より努力するから、俺もあと一日頑張ろうと思った。あと一日、あと一日と続けて、いつの間にか一か月が過ぎ、一年が過ぎた。俺はどうにか自分で立てるようになっていた。彼が俺の生きる支えだった。
目を覚ますと、見慣れない石造りの天井だった。
体を起こすと、背中に激痛が走った。思わず手で押さえると、指先に血が付く。怪我をしているらしい。ともあれ、まだ生きている。俺は息をするだけで体が汗ばむのを感じながら周囲を確認した。土がむき出しの床、石造りの壁、鉄製の檻。牢屋だ。とはいえ、一応公爵のだという配慮はされたらしい。ベッドが設置されていて、看守を呼ぶためらしい呼び鈴もある。
俺は手を伸ばし、思い切り鈴を振った。ばたばたと騒がしい足音がして、鎧を身に着けた男が姿を現す。彼は俺が起き上がっているのを見ると「ああ、坊ちゃん、目が覚めたんですね」と言った。
「あんまり危ないことすると、家族が悲しみますよ」
「アスターは? 俺と一緒にいた子はどこにいますか」
看守が気まずそうに頭をかく。胸騒ぎがして、俺は鉄の柵から手を突き出して彼の腕を掴んだ。
「教えてください、どこにいるんですか?」
「ああ、そんなに動いたら傷に障ります、ほら、言わんこっちゃない」
俺は激痛に膝を折った。看守の腕を掴んだまましゃがんだので、縋りつくような体勢になる。看守は俺を支えるように手を持ち、目線を同じにするため膝を折った。無骨な手が肩を叩く。
「アスターとかいうのは、別の牢屋にいます。平民ですからね。ひでえ悪党だ。同じ学校なのをいいことに王子に乱暴を働こうとするなんて。まあでも、反逆罪で明日には処刑されるんじゃないですかねえ」
看守はそう言うと、鍵を使って中に入り、俺をベッドに寝かせた。折角牢の鍵が開いたチャンスなのに、背中が痛んで身動きもできない。俺はシーツを握りしめて痛みに耐えた。
明日にも処刑? いくら絶対王政の国だからって、あまりにも急すぎる。アスターを殺そうとする人々の悪意をひしひしと感じる。
一人になった室内で、俺は胸元のペンダントを取り出した。
青かったはずの石はすっかり濁って、元の石の色が分からないほど黒ずんでいる。全てが元のシナリオ通りの動いているみたいだった。クモのモンスターに襲われ、魔力の暴走が起こり、謂れのない罪で処刑される。
「だめだ……」
俺はペンダントを握りしめ、祈るように額にあてた。
「頼む、もう一度、もう一度だけやり直させてくれ、今度は上手くやるから、絶対に失敗しないから……」
ペンダントを持つ手の袖が濡れる。俺は夜通し必死になって懇願したが、俺の前に管理者が現れることはなかった。
牢の小窓に朝日が差し込む。俺は泣くのをやめ、シーツに押し付けていた重たい頭を持ち上げた。
誰も助けてくれない。
自分で立ち上がるしかない。管理者じゃない。俺がアスターを助けるのだ。最初からそういう契約だったじゃないか。手首で濡れた目元を拭い、ベッドから降りる。体を起こすと激痛が走ったが、幸い慣れてきていた。最初よりは痛くない。
俺はペンダントを拳の中に握りこむと、柵の近くに移動して呼び鈴を鳴らした。早朝でまだ眠そうにしている看守に、背中が痛いと訴える。
「お願いだよ、医者に連れて行ってくれ。とても我慢できない」
「ちょっと待ってください、あっしが呼んできますから、坊ちゃんはここで待っててもらわないと……」
「そんなの待てないよ! いいから医者に連れっててよ、背中が痛いんだ。死んじゃうよ! 俺が死んだら、アシュフォード公爵が黙ってないからな!」
恥も外聞もなくわめきたてる俺に、困り切った看守がついに根負けした。鍵が錠に差し込まれ、ゆっくりと扉が開く。俺は牢の中に入ろうと屈みこんだ看守のうなじを狙って、ペンダントを握りこんだ拳を思い切り振り下ろした。
昏倒した看守の体を越え、なんとか牢を脱出する。扉を抜けると、長い螺旋階段があった。塔のような建物なのかもしれない。貴族用の牢屋はそういうところに置かれがちだ。
ゆっくりはできない。俺は背中の痛みに耐えながら出来る限りのスピードで階段を駆け下りた。地上まであと少しというところで、ガチャリと音を立てて横の扉が開く。
しまった。せっかくここまで来たのに。振り向くと、そこにはフィン・クラウディウスが立っていた。俺を見て目を丸くしている。
彼はゆっくりと塔の中に入り、後ろ手に扉を閉めるとちっとも驚いてなさそうな顔で「驚いたな」と言った。
「兵士はどうしたの? 看守がいたでしょう」
俺は答えず、彼に向かって「頼む」と言った。
「通してくれ。外に出たい」
「やめといた方がいいと思うけど……、驚くだろうから」
彼はそう言ったが、どう見ても退く様子のない俺に、横を向いて深くため息をついた。 王子は一度目を閉じ、ゆっくりと開くと「ねえ」と俺に向かって話しかけた。軽やかな声音。
「解毒薬のために血をあげた時、君がなんて言ったか覚えてる?」
懐かしそうな話し方だった。突然の話題について行けず、俺は戸惑った。王子は構わないのか、こちらの返事を待たずに続ける。
「こう言ったんだ。このお礼は一生かかっても必ず返すって」
なぜ今そんな話を? 彼の意図をつかめず、俺は黙り込んだ。もしかして、国のためにアスターは諦めろと言うつもりだろうか。警戒する俺に、鍵束とランタンを持った王子が青い切れ長の目を伏せて微笑む。
「今返しておくれ。お前の一生をかけて」
王子はそう言うと、背後の扉を押して開いた。ぎい、という金属の軋む音がして、突風が吹き込み俺の前髪を巻き上げる。
一気に明るくなった視界に思わず目を閉じた。うつむいた俺の背を、大きな手のひらが力強く押した。体が王子の隣を通り過ぎる直前、耳元で囁きが聞こえた。秘めるような小さな声。
「後の始末は私がしよう。兄上の運命を変えてくれ」
押し出されるようにたたらを踏みながら外の階段へ出ると、塔のすぐ下に人だかりがあるのが見えた。
慌てて目を凝らすと、大勢に囲まれ、中心の処刑台にうつ伏せで押さえつけられている人がいた。アスターだ。兵士だろうか、鎧に身を包んだやつらに両手を後ろで拘束され、背中を足で踏みつけられている。思わず俺は手すりから身を乗り出して彼の名前を呼んだ。
「アスター!」
人々の目が一斉にこちらに向く。
でも俺にはアスターしか見えなかった。うつむいていた彼の頭がゆっくりとこちらを見上げる。
こんなに遠い距離で、でもしっかりと目が合う。
その瞬間、俺はもういい、と思った。もういい。アスターが魔王になっても、みんなから嫌われていても、たとえいつか世界を滅ぼす存在でもいい。ただ彼が生きていてくれさえすれば、それでいい。
「アスター、もうこんなやつら全員ぶっ飛ばして、それで俺とどっか遠いところで暮らそう! こんなところ捨てて、二人で生きよう!」
律樹ごめん、俺、律樹をドームに連れて行けない。
律樹の夢があんな風に途中で潰えるのを、助ける方法を知っていて諦めようとしている。彼だけじゃない。あの日あの場所にいた全員の命より、俺はアスターの命を選んだ。
柵を乗り越え、塔の外壁、わずかな出っ張りに踵をひっかけて立つ。風の音がする。目を見開いたアスターの唇が俺の名前の形に動く。俺は彼を信じて、彼にすべてを捨てさせるために塔から飛び降りた。
いずれ魔王になる彼本来の力なら、必ず俺を受け止めてくれると分かっていた。
そして俺の期待通り、アスターは周りの邪魔をものともせず、その力強い腕で落ちてきた俺の体をしっかりと受け止めたのだった。
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