序-二 遭遇

近づくと大きくなった篝火がおぼろげながら家屋の輪郭を照らし表す。

篝火の輪に縫い止められた家々は、土壁がはがれ、黒ずんだ梁をあらわにしていた。


蓄光素材だろうか。金属の細工が戸の引き手の上にぼんやりと輝いている。

壁を照らしてみても戸がある以外には平らで窓のようなものは見えない。

暁人の頭に鳥居に書かれた「忌」、「日」の文字が蘇る。

村人たちは本当に日光を嫌い夜に活動しているのだろう。


一つの家屋の前で意を決して拳を振り上げたそのとき


「品のない灯りはここでは不要である」


誰もいないと思っていた後方から突然声をかけられ驚き振り向く。


その男は暁人の持っていた電灯に不快そうに目をしかめる。

鋭い目つきに、服の中から蔓や水、風を模した刺青がびっしりと手と首に伸びで覆う40代ぐらいの男だ。


「その灯はいらぬと言っておる」


そこでようやく暁人は、篝火の村で自分の灯りがひどく浮いていることに思い至った。


「す、すみません」


声が上擦った。


慌てて電灯を消そうとするが、地面に落としてしまい、拾い上げ改めて灯りを消す。

篝火の炎と男の持った蝋燭の揺らめきに照らされ、男の刺青が身をくねらせる蛇のように踊っていた。


「何用だ」


「あの、僕は文化人類学の研究をしていて、この村の文化について調査をさせていただけないかと伺いました」


用意していた設定をなんとか話す。


「ここには日の光も届かぬ。流れ入った水は滞り、絡め取られたものは出ること叶わぬ。」


「え、それは」


謎かけのような言葉に暁人が何と応えようかと言い淀む間に男は踵を返した。


「ついて参れ」


案内してくれるということだろうか。

あるいは––恐ろしい想像をしかけたが、ついていく他なさそうである。


そういえば名乗りすらしていないなと、どこか他人事のように思いながら暁人は男に続いて歩いた。

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