篝火村に灯す
@moriyuki3
序-一 暗行
蒸し暑い静まり返った夜だった。
街の灯りは山々に遮られ、谷の底に沈殿した闇に窒息したかのように虫の声も聞こえない。
時折吹く生暖かい風が時間の流れを思い出させる。
視界の先に貼り付けた暗幕にぽつぽつと穴が空いたかのように、赤い炎が見える。
こんな場所だが確かに人が暮らしている。
夜にしか動かない村、篝火村だ。
荷物の紐が
詰め込んできた非常食に灯りに気持ち程度の護身具。
その重さは不安をやわらげるどころかのしかかってくるようである。
安全と合理の檻で守られていた日常との不連続な暗闇に篝火が灯る世界。
「あの世」という暁人が普段は使わないような言葉が脳裏に浮かぶ。
実験、論文、理論…大学院生の暁人の普段とはかけ離れていた。
篝火を目標に暗闇を進む。
ヘッドライトの灯りは足元を照らすのがせいぜいで心許ない。
スマートフォンは沈黙して代わりの灯りにしかならない。
臆病と恐怖を押し込めるために奮い立たせるものを思い浮かべるように努める。
取り戻さなければならない幼馴染の笑顔、尊敬する科学者でもある姉の力強い言葉。
篝火に照らされた建物の輪郭がようやく捉えられるようになってきたとき、朱もはげかけ今にも崩れ落ちそうな鳥居が現れた。
鳥居の柱に何かが書かれている。
字体は古く雨風にかすれていたが一部の文字は読み取れた。
右には「夜」、「火」、「奉」、左には「戒」、「忌」、「日」を含む何かの警告のようだ。
くぐれば後戻りはできないと言われているようだ。
しかし、くぐらずとももはや後戻りはできない。
幼馴染––
暁人は鳥居をくぐった。
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