第12話 裏側_その後の会議室
兄妹が去った会議室で、会議が続いていた。
「後藤室長……。本当にAIが見つけた人材が、アレなのですか?」
他の重役が、後藤室長に質問している。
「間違いありません。開発部と技術部が設定した、『人間の限界に挑戦しえるスペック』の持ち主です。広報部が大爆笑して、「いるわけがない」と断言した設定をクリアした人材です。AIは、2人ほど発見しましたが、もう1人は他社と契約していたので、彼をスカウトしました」
「しかしだね……。あんな肝の小さい青年だとは……」
「広報部が大爆笑したあの設定を、あの青年がクリアした。AIがそう判断しました。そして……、私も面接して確信が持てました。簡単な話ではないですか」
「どっからどう見ても、普通の青年だったが……。妹さんは、コミュ力お化けなのは分かったが、一般人の域を逸脱していないというか……。我が社が求める人材だとは、とても思えないのが本音だね」
後藤室長の目が、鋭く細くなった。明らかに不機嫌のオーラを醸し出す。
だが、この会議室で気後れする者などいなかった。
「
数人が、ザワザワし出した。
達人と莉奈の祖父は、有名人だったのかもしれない。
徳永CEOが、口を開いた。
「私の上の世代だが……、剣道を習っていた者の間では、〈剣鬼〉の異名で呼ばれた人だね。数年で消えたが、あの反射神経は人間を超えていたと思えたよ」
「徳永CEOは、ご存じなのですか?」
「面識はないのだがね。私が全盛期でも、勝てる気がしなかった……。そうか、あの人のお孫さんなのだね」
後藤室長が、再度話し始める。
「説明が必要ですね。闇紅正蔵氏は、ある年の日本剣道会のタイトルを総なめした人物になります。その後、怪我で表舞台から消えました。詳細は個人情報になるので伏せますが、反射神経だけなら血筋とも言えます。まあ、達人君の父親は運動音痴だったらしいですがね。ですが……、見えている世界が一般人のそれとは、違うのかもしれません」
重役が集まった会議だが、動揺が止まらない。
「そんな血筋は、聞いたことがないね。人間は、馬とは違い血統で優劣は決まらないんじゃないのかな? それと、妹さんの運動神経は調べてあるのかな?」
「水樹君」
「はい。莉奈さんのスポーツテストの成績表を借りてきました」
莉奈のスポーツテストの成績表が、スクリーンに映し出される。
その数字を見て、全員が頭を抱えた。
「後藤君……。全てが平均以下ではないか。これでは、我が社の計画が破綻していないか? 課金全盛期の今の時代に、風穴を開ける人材を求めていたのだが……」
後藤室長が、笑う。
「失敬……。莉奈さんに関しては、一度朗読してもらい、私が配信者として雇いました。彼女に関しては、私の独断です。ですが……、このメンバーに囲まれても汗一つかかずに、平常心を保てる胆力……。配信者としては、才能があるかと。18歳となったら、顔出し配信してもいいですし、アイドルグループを組んでも生きていける……。そう判断しました」
「青田買いもほどほどにしないと……。彼女は中学生なのだろう?」
──シーン
全員が黙ってしまった。
莉奈の外見と胆力は、後藤の言葉を肯定するのに十分だったからだ。
問題があるとすれば、若過ぎるだけだ。
「闇夜に光る……紅い瞳」
誰かが呟いた。
「藤重専務? ご存じなのですか?」
「いやなに……。闇紅本家と少し繋がりがあってね。戦国時代から続く家系で、視力に関しては、異能までは行かないが、常人をはるかに超える才能を見せる人達だったね」
徳永CEOが、背もたれに寄りかかる。ギシっと音が鳴った。
「藤重専務も知っていたのですね。私も、闇紅正蔵氏に教えを乞いたくて門を叩いたことがあります。ですが、〈夜目が利く者〉がほとんどで、一年で辞めました」
「ふぉっふぉっふぉ。懐かしいの~。今の時代で言えば、〈視力10.0〉や〈シャッターアイ〉を持つ者もいたんじゃがな~」
藤重専務の言葉に、再度会議室が騒がしくなった。
「闇紅本家ですか?」
「もう廃れておるので、当主は継承はされておるが、才能は引き継がれていないのじゃろう。じゃから、名を聞かん。本家を追放された子孫が、常人を超える反射神経を持っているとは、皮肉じゃな。いや……、儂の見たところ、〈シャッターアイ〉を持っていそうじゃった」
全員が、黙ってしまった。
「それほど評価される才能であれば、スポーツで『闇紅』の苗字を持つ者がいてもいいように思うのですが……」
「〈夜目が利く〉才能が、主流だったらしい。閉鎖的な家だったのだが、視力の良い他家の嫁をもらったら、才能を引き継がない者が多く産まれた。それと、戦争では活躍したと記録されておる。才能を見ぬき導く者がいれば、頭角も現すのかもしれん」
徳永CEOが、補足する。決して、達人の援護ではないが、後藤の見出した人材によるプロジェクトを進めたい──そんな思惑を周囲に印象づけている。
「達人君の遠い親戚ですが、U-15サッカー日本代表候補まで残ったそうです。その後、怪我で実質引退しました。スポーツは、運も必要だと思われます。ですが、ゲームは実力のみとも言えます」
会議室が、静まり返る。
後藤室長の言葉には、説得力があったみたいだ。
別な重役が、口を開く。
「それとは別な話になるのだが、資金を使い過ぎではないかね? アパートを借りたり、近くの新築物件を購入したり。ヘリコプターの発着場の建築。そして、ヘリコプターでの出勤まで許可するとは……。正直、正気とは思えないね」
「……人材の確保のためには、資金は無制限とのお約束です。ですが、一年後には、資金回収できるほど我が社に貢献していると思われます。その確信があったので、契約いたしました」
ここで、笑いが起きた。
「達人君からすれば、現実味がないので、疑っているのではないかな? 我々の常識を押し付けている気がするよ」
「それに関しては……、反論できませんね。ですが、慣れてもらいましょう。30年後にこの部屋の椅子に座る人材になると、AIが判断したのですし」
ここで、また笑いが起きた。会議室にいた全員が、笑ったのだ。
『この部屋の椅子に座る人材』──その言葉の重みを知っているからだ。
その後、徳永CEOの発案で、闇紅兄妹への全面協力が裁決された。それも、会社の全ての部署が承諾して……。
達人と莉奈は、まだ知らない。
自分達の才能も、どれだけ期待されて投資されているのかも……を。
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