第7話 ボス討伐戦2

 殴って殴って、躱して、回復だ。

 ヒットアンドポーション? そんな言葉はない?


 尻尾による薙ぎ払いのモーションが来た。

 すかさず、尻尾に近づく。


 薙ぎ払いが来るけど、350度が限界みたいだ。土塊のドラゴンは、左側に安全地帯があることが知られていた。ただし、必殺技がこないというだけだ。通常攻撃は、躱さなければならない。

 それと、範囲攻撃だな。その場にいるだけで、HPヒットポイントが減って行く仕様が、更に難易度を上げている。だけど、範囲攻撃を発動させなければいいだけだ。


 一人分だけの安全地帯から、さらに殴る。

 次は、ブレスだな。真上を向いた。息を吸い込んでいる。

 こちらは、偶然発見された攻略方法で対応する。


 ドラゴンが顔を降ろす瞬間に顎に一撃入れる。アッパーカットだな。

 ドラゴンが、デカいゲップをして、ブレスが不発に終わった。


「脅威となる二つの必殺技は、攻略済み。後はつまんない攻撃をもらわなければ、削り切れる……、はず」


 今の『ソルヴァリア・ハンティング3』の主流の戦術は、離れた位置から魔法で飽和攻撃することだ。

 なので、魔法防御力の高い魔物モンスターが、倒されずに残っている。

 しかも、少人数でないと倒せないおまけ付き。

 これでは、放置もされるよね。


 俺も何度か挑んだけど、返り討ちにあっていた。

 ヒットポイントを半分は削れるんだけど、集中力が続かなかったのが原因だ。

 回避率100%の実現って、実際疲れるのよ。


 だけど、今日は行けそうな気がするな……。

 理由は、このエリアに誰もいないからだ。人目を気にせず戦える。


「集中、集中……」


 無心になって、コントローラーを動かす。

 途中で短剣の耐久力が尽きた。新しい短剣を抜く。

 正直、ギリギリだな。もう一本予備を買った方が良かったかもしれない。


 ──カチカチカチカチ

 ………

 ……

 …


 ドラゴンが倒れたよ。

 時間を見る。


「30分制限のところを、26分15秒か。やっぱ倒せるんだな」


 理論上可能だったけど、スキルビルドの関係もあり誰も実践できなかったんだ。

 例え、アプリ登録者数三千万人でもだ。


「まあ、この環境で回避・防御特化にする奴は、誰もいないだろうな。集団戦が基本のゲームなんだし」


 俺は、ドロップ品を回収して街へ戻った。

 アナウンスがあるはずなので、そのうち全員が気が付くはずだ。

『討伐者不明』にできるなら、その方がいいかもしんないし。



 ◇



「ふう~」


 一度、ログアウトする。

 VRゴーグルを外し、飲み物をとる。喉がカラカラだ。


「マジで倒せたんだな。俺……、結構凄くね?」


 ソロ用の資金稼ぎと、サポーターや傭兵として、細々と活動していた。

 このゲームを選んだのは、ゲーム内貨幣を換金できるからだった。しかも、違法でもない。税金すら払っている。


 そのゲームで、初の討伐を成し遂げたんだ。

 自慢したいけど、友人がいないのが悲しい。


 ──コンコン


 ドアのノックが鳴った。


 作業着を着た人が入って来た。

 170センチメートルくらいで、体重が100キログラムくらいありそうだ。

 汗が止まらないらしい。歩きながらストローで水分補給をしている。


「映像部の者です。いや、凄かったですね。さすが、後藤室長の連れて来た人だ」


 映像部? 何の仕事をしているんだろう。

 この会社の部署なんか知らないんだけど。


 話を聞くと、討伐動画を公式としてネットにアップしたいとのことだった。

 まあ、そうだよね。それが、俺に依頼された仕事なんだし。

 でもそうか、見られていたんだな。


「身元がバレなければ、お任せします。そんな契約なんだし」


「う~ん。直前に短剣を買ったよね? 不人気の武器だから、履歴でハイエナ君だとバレると思うよ? ちょっと誤魔化して履歴を増やしておくね」


 それもそうか。

 俺は脇が甘いんだな。


「ほとぼりが冷めるまで、セカンドキャラで活動かな~」


「どこまでも人見知りなんだね。それで、声を入れたいんだけど、時間あるかな?」


「えっ?」



 ◇



「テイク10NG。今日はここまでにしよう」


「はあはあ……。すいません」


 俺は、音痴だ。というか、歌えない。声量も出ない。

 運動していないので、肺活量が致命的に少ない欠点もある。


 原稿を渡されて、防音室で読むんだけど、舌が上手く回らなかった。

 お偉いさんたちが、相談を始めた。


「これは、無理そうだね。代理を頼もうか」


「契約している配信者に頼みますか? バーチャルアバター持ちで、ソルヴァリア・ハンティング3の配信をしていない人をピックアップします」


「う~ん、文字で済ます方法もあるのだが」


「公式の動画配信ですよ? 最悪、音声合成で新しいアバターを作り……」


「彼の声は、低すぎる。配信向きじゃないんだよ。それに原型を留めないほどの合成を行うと、クレームが来そうだ。男性の声を女性に変えただけで、炎上した配信者もいたんだし」


 ……俺の人間性が、ダメっぽいね。

 まあ、任せよう。



 自室に戻り、再度ログインする。


(現実世界から隔離されるから、こちらの世界の方が安心するな)


 ちょっと気になったので、セカンドキャラで街の様子を調査して行く。

 街に出ると、噂話が聞こえてくる。これは、ウィンドウで確認できる。



土塊つちくれのドラゴンが倒された! 討伐者は、不明のまま』

『運営仕事しろよ。つうか公式発表しろよ』

『上位ランカーの誰かでしょう? 現在はログアウト中? 何で討伐者不明なままなの?』

『競売の履歴から分からないのか?』

『何がドロップしたのかが分からないって。オンリーワン装備の奴を捜索中らしい』

『どうやって討伐したのか分からないと、競売の何を調べればいいか分からんって』

 ………

 ……

 …



(大丈夫……、かな?)


 ドロップ品を確認したいけど、明日にしようか。

 多分だけど、このゲームで俺しか持っていないアイテムがあるはずだ。

 売れれば、いくらになるのか、非常に気になるけど、自制心を持とう。


 俺は、上位ランカーを目指すより、ソロでひっそりと生活していたい。


「さて、セカンドキャラで金策を考えるか」



 退勤時間になった。

 ヘリコプターと車で送迎だ。

 まだ二日目だけど、慣れないな。


 自宅に着くと、妹が料理をしていた。


「ただいま」


「おかえり」


 まだ機嫌は、直らないみたいだ。

 それと、良い匂いがする。


「今日は……、ステーキか? 豪勢だな」


「二日分の食費だかんね。そんで、今日のお昼は何を食べたの?」


「あ~。集中してて食べ損ねたな」


「ちょっとさ、明日はテイクアウトしてきてよ。ほい、パッキン」


 疑ってんのかな? まあ、一回くらいは良いだろう。肉を詰め込んで来てやろう。

 妹の好物は、『肉』なんだよね。妹の料理する場合は、魚はまず出てこない。必ず、塊肉を材料に使ってくる。カレーの場合は、カツが必ず付いてくる。


 俺はパッキンを受け取った。



 ステーキ肉は、硬かった。顎の力で、噛み砕いて食べる。

 妹を見ると、サイコロ状に切ってるし。


「なあ、俺のも小さくしてくれないか?」


自分テメーで切れよ」


 口調が怒りを表している。

 明日から炊事洗濯は、分担作業にしようか。

 肉の焼き方を教えないとね。

 表面だけ高温で焼いて、レンチンすれば、柔らかいステーキ肉が食べられると教えなかった俺のミスなんだろう。

 俺は、包丁でステーキ肉を小さく切った。


「ごちそうさま」


「おそまつさま」


 ──ピンポーン


 インターホンが鳴った。

 妹を見るが、首を横に振る。


 こんな時間に誰だ?

 防犯カメラを見る。


「後藤さん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る