第29.5話 大切な居場所で
天界沈没騒動の末にユキを一員に加えたわたしたちは、アキの家に帰ってきた。
「よーし、お風呂だ~!」
チカがはしゃぎ、ユキの手を引っ張る。ユキは嫌がるんじゃないかと思ったんだけれど。
「……まあ、いいだろう。積もる話もあるしな」
意外にも、すんなりと納得していた。ユキ、変わったなぁ。
「……狭いな」
浴槽に浸かるユキは、まんざらでもなさそうに呟く。
「にひ、ユキも丸くなったね」
「色々あってな。共有しておきたいところだが……ラク、頼めるか?」
ラクはヘアピンを光らせる。
「『アキちゃんに聞こえないように』、ってことだよねぇ~?」
「流石だな。では私から、チカとラクに何があったのかも含めて説明しよう」
ラクがもふもふになってたのもユキのせいだったの? 確かに気になる……。
「……後は皆の知る通りだ。私は天界で増えすぎた感情を噴出させてしまい、リコに助けられて、落ちてきたところをフユたちに助けられた、というところだな」
「じゃあ私とラクちゃんが会ったもう一人の私って……」
「ああ、紛れもなくシミュレーション世界のチカとラク本人だろう」
「そうなんだ……」
どうやら、もう一人のアキがユキと話していたように、チカとラクの元にももう一人の自分が出てきたらしい。そして感情と一緒に記憶も引き継がれたようだ。……それにしても。
「……ねえ、なんでわたしだけ何もないの?」
「今回はフユ以外とアキが仲良くなる世界を見て、その結果を踏まえた調査だったからな。フユについては『もし二人が別の方法で仲良くなっていたら』というシミュレーションをしようか少し悩んだが、特に結果が変わるとは思えなかったしな」
「そうなの?」
「……正確には、フユとアキが出会った場面に介入して未来の様子を見せるシミュレーションは行ったのだが。その世界のフユは私の狙いを看破したし、そのまま初対面のアキと仲良くし始めたんだ」
初めてアキと会ったときのことを思い出す。確かに、会って少し話した時点でアキのことだいぶ好きになってたかも。
「……確かに、わたしならまあ、やるかも?」
「あと、どの世界でも『この世界は現実ではなくシミュレーション』と知った時の受け入れが早すぎてな。なんというか、フユは例外過ぎる。感情についての調査をするうえで参考にならない」
「にひひ、褒められてるのか迷惑がられてるのかわかんないな」
「……褒め言葉だ。」
ほんとかなぁ?
「それで、私がもう一人の私から受け取った記憶についてなんだけど……」
今度はチカが話し始め、もう一人のチカの思い出を語られる。もう一人のアキとの思い出を。
……ん? んん?
「えっ、ちょっと、待って。つまり、そっちのチカはアキと……」
そう尋ねると、チカは恥ずかしそうに頬に手を当て、目をそらす。
……うわー。
「あっちのわたしも同じような感じだよぉ~、あっちのアキちゃんと一緒にお風呂も入ったしぃ、キスもしたねぇ~」
「ら、ラク!?」
からかう役のチカが恥ずかしがってダウンしているせいなのか、なぜかラクが追撃をしてくる。
「あくまで別の世界のわたしとアキちゃんの話だから、今家にいるアキちゃんとは関係ないねぇ」
それを聞いて、思わずほっとする。
「良かった、二人が本気でライバルになるのかと……」
「でもぉ~、フユちゃん?」
「な、なに?」
「フユちゃんはアキちゃんともユキちゃんともお付き合いしてるんだよねぇ~?」
……しまった。この理論で攻められると絶対勝てない。
「わたしたちも、フユちゃんからアキちゃんを奪うまではしなくても、仲良くするくらい、いいよねぇ~?」
「……い、いいよ……」
わたしとしてはそう答えるしかない。ユキ、余計なことを……!
「ははは。シミュレーション上のアキの記憶はこっちのアキにはなさそうだからな、安心してくれ」
「はははじゃないー!」
ユキの頬をつねる私。柔らかく笑うラク。まだ恥ずかしがりながらも爆笑するチカ。
これからの私とアキの生活、どうなっちゃうのー!?
お風呂場で天使四人がわちゃわちゃしていた頃。僕は一人、先程のことを思い返していた。
「『お母さんによろしくね』……?」
リコから皆には内緒と言われ、耳打ちされた言葉である。
お母さんはお父さんと一緒に、お父さんの仕事の件で海外へ行っている。研究者と言っていたが、何の研究をしているのかはよく知らない。
少なくとも、お母さんに天使の知り合いがいるとは思えない。普通の人間だと思うし。
……いや、僕とフユ達みたく、お母さんにも会って友だちになった天使がいたりするのか?
まあいいや、メッセージくらい送ろうかな。スマホのメッセージアプリを開き、文面を打ち込む。僕を巻き込んだ天使と天界のごたごたについては……書かなくていいか。
元気ですか、こちらは元気です──。
「あれ、アキからメッセージ? 今の日本は深夜じゃぁ……」
そのメッセージを見たアキの母親は、文面の追伸に目を丸くする。
「『お母さんの知り合いらしいリコって人から、お母さんによろしくねと言われました。心当たりはありますか?』……リコ!?」
天使四人が寝る用意を終え、アキのいる布団に集合する。
「……わ~!」
「わーじゃないよ、わーじゃ……」
何かあった日の恒例と化した天使の羽根布団フォーメーション。チカの一声で始まり、アキはなすすべもなく囲まれる。
(アキが取られちゃうかも……確かにわたしもアキとユキ両方と付き合うだなんて良くないかもしれないけどさぁ)
フユはアキとユキの腕を抱きながら、頭をぐるぐるさせていた。思わずアキの腕を抱く力が強くなる。
(こんなに幸せなのは逆にちょっと怖いな。ただ、今はフユと一緒にいられること、シミュレーション世界の皆の想いを繋げられたことだけを噛み締めていよう)
ユキはそっと目を閉じ、確かに感じられるフユの温かさを受け入れていた。
(ひゃ~、アキくんとまともに目を合わせられないよ~! ……でも、アキくんと一緒に居たいなぁ)
それもそのはず、何も阻むものがなくなったシミュレーション世界のアキとチカの関係は相当に進展していたのだ。チカは恥ずかしがりながらも、もう一人の自分のため、真横のアキに密着する。
(わたしの大好きなチカちゃんも、もう一人のわたしが大好きだったアキちゃんも、今はこの手の中……と~ってもふわふわで幸せな気持ちだねぇ~……)
ラクは魔導具で体重を十分の一くらいにし、羽根を全員分の大きな羽根布団とすることを名目にアキの真上を位置取っていた。チカとアキを両腕で抱き、自らの羽根に埋もれる。
(けれど、恋愛というのはお互いに向ける感情を関係性として了承することを目的に行われるものであって──)
(心地よいな、皆がいるというものは。やはり一人ではどうにもならなかった、ということか)
(あったかい……やっぱりアキくんとラクちゃんがいるとホッとするなぁ~……)
(えへへぇ、皆が眠くなってきたらヘアピンで認識をふわふわにして、二人におやすみのキスをしちゃお……)
「……やっぱり狭いなぁ」
思い思いの感情が入り乱れる中、夜はそっと更けていく。
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