第24話 Endless stray thinking.
「……はぁ」
胸の中の憂鬱さが消えない。
これまでのシミュレーションにおいて、友人たちに訪れた幸せな日々を私が奪ったのだという自覚は、思ったより私の歩みを止めているようだ。
しかし、私には知らねばならないことがある。……で、あれば。
「やっぱり、私が行くしかないだろうか」
私が最初にアキと出会い、交流する世界。これしかないだろう。
シミュレーションを始める。
「……あっ」
フユの立ち位置をこれまでと同じにしてしまった。私はどんな顔でフユにアドバイスを頼めば良いんだ? ……そんな心配とは関係なく、星空のような異空間が開く。
──放課後の校舎裏は、いつものように静かだった。
夕陽がコンクリートの壁をオレンジ色に染め、遠くの運動部の掛け声が少しひんやりした風と共に吹き抜ける。
校舎の長い影がかかったブロック塀の上に、アキは一人座っていた。
騒がしい教室や校庭から離れ、一人で落ち着ける時間。アキはこの場所を気に入っていた。
友達がいないわけではない。ただ、騒がしくしていると疲れてしまい、こうしてぼんやりとする時間が欲しくなるのだ。地面に散らばる石をつま先でつつきながら、ぼんやりと空を見上げる。
ゆっくりと流れていく雲は代わり映えこそないけれど、眺めていると落ち着くのだ。
「こういった平穏な毎日が、ずっと続くと良いんだけど……」
アキは独りごちる。しかし。
「……残念だが、そうなることはないぞ」
その声は、にわか雨の前の冷たい風のようにアキの背中を凍らせた。
「……えっ、だ、誰!?」
アキが大慌てしている。あまり見たことのない姿に、思わず笑ってしまう。
「私はユキ──人間たちのいう『天使』だ」
「天使……?」
羽根を出す。他の天使との馴れ初めを見るに、いきなり羽根を出しても拒否反応などはないはず。
「へぇ、本当にいるんだ……」
せっかく私が前面に出てのシミュレーションなのだから、どんどん検証を進めていかないとな。
「それで、ユキはどうしてここに?」
アキもまあまあ順応が早い。フユほどじゃないが。
「観光だ」
「観光……?」
アキが目に見えて困惑している。適当なことを言い過ぎたか。
「どうやら人間は天使より感情豊からしいのでな。感情というものを学ばせてもらいに来た」
「なるほど……それで、どうして僕に声をかけたの?」
「……暇してそうだったからだ」
「暇とはひどいなぁ……」
まいったなとでも言いたげに笑うアキの顔は、始めて見たかもしれない。
「さて、だ。暇なら私に付き合ってもらうぞ」
「なにそれ、いいけど」
アキは割と流されやすいが、流されやすいだけではないような気がする。
「人間界になにか面白そうなことはあるか?」
「あったら僕もそっちに行ってるよ」
「それもそうか、じゃあ『私と一緒なら』でどうだ」
「うーん、博物館とか行く? 人間のことを知るには知識からじゃないかな」
「ふん、面白そうじゃないか」
まあ、私は人間界に詳しいわけではないからな。しばらくはアキに任せてみるか。
……あっという間に一週間が経過した。
平日は放課後に、休日は朝からアキといろいろな場所に行った。それなりに仲良くなったのではないだろうか。
「……アキ、私についてどういう印象を感じる?」
「ん? 印象ねぇ……面白い人、いや天使だなって」
「なんだそれは……」
おかしい、他の天使ならもういちゃいちゃしているタイミングなのだが。
「それにしても……何が平穏な毎日がずっと続けば良い、だ。アキほど面白いものに惹かれやすい奴もそういないだろう」
「そ、そうかなぁ?」
照れるような顔をするアキ。──今の私はこの時の「面白い天使」発言に対し「面白いものに惹かれやすい奴」の返しをしたことに深い意味を考えていなかった。
しかし、だ。なんだか変な気分だ。何なんだろう、この気持ちは。
……仕方ない。どの面下げてといった感じだが、フユに相談するか。
「ええっ!? アキと何回もデートしたけど関係が進展しなくて私に恋愛相談を!?」
「そ、そういうのでは無くてだな……」
フユが目に見えてニヤニヤとした顔をする。
「恋愛なんて先に惚れた方が負けなんだから、ぐいぐいアプローチするしかないっしょ!」
「負けって……」
そういえばフユはアキから告白されていたんだった。フユも天使であることを明かしたりはしていたのだが、チカやラクの時のアキは受け身だったようにも思える。
それはそうと。もしアキを自分から告白させるほどに惚れさせた天使がフユなのであれば、アキをもっと深く知ることでフユをも知ることができるはずだ。
……前にアキ本人にそんなことを言ったような気もする。
「ねえ、アキのどんな所が気に入ったの?」
興味深げにフユが訪ねる。今はまだシミュレーションだということを伏せているので、それっぽい理由を考えた。
「うーん……初めて会った時に『平穏な日常が続いてほしい』とか言っていたくせに、実際には面白いものに惹かれがちな奴であることだろうか」
そう答えると、フユがニマニマとした顔になる。
「……何だ、その顔は」
「え、だって、アキに印象を聞いた時に『面白い天使』って言われたんでしょ? じゃあ、アキもユキに惹かれてるってことじゃん」
……そうだろうか?
「まあ、関係性を進めるなら一歩踏み出す必要があるんじゃない? お泊りデートとかどう?」
フユはそんなことを言ってきた。……踏み出す、か。
アキ本人や、シミュレーション内のチカと、「飛び出した側」についての話をしたことを思い出す。自分の惹かれたものを、日常を捨てて追いかけていける奴ら。アキやフユはもちろん、チカもそうだったし、恐らくラクもそうなのだろう。
──私だけそうじゃない、ということか。
「……フユ」
「?」
「私は、未だに天界での生活を捨てられないらしい。だが、フユは天界の生活を捨てて人間界にまで来た。どうしてそんな勇気を出せたんだ?」
フユはよくわからないという顔で思案する。
「うーん、そもそもわたしは天界に未練ないんだよね」
それもそうか。
「あとは……人間界でやりたいことをたくさん考えれば、自然と足が進むんじゃない? わたしは人間界で学校に行ったり、お菓子を食べたり、色々なことがしたかったんだよね」
「なるほどな……」
幸い、アキと色々なところに行ったおかげで人間界の知見を得られている。「人間のことを知るには知識から」というアキの提案は的を射ていたようだ。特に人間界のコーヒーは美味しかったな。
「まあ、恋は盲目って言うし、本当にアキのこと以外目に入らなくなっちゃったら逆に悩みもなくなるんじゃないかな?」
「……ふむ、そうか」
思い返してみると、他の天使たちは全員本気でアキを好きになり、何があってもアキと一緒に居たいと追い求めながら行動していたように思える。
観測者としてどこか他人事のように考えていたのかもしれない。アキのことをもっとちゃんと知るためには、一歩引いたような態度を改める必要があるのだろう。
「わかった、やってみよう」
「えっ!? ほんとにお泊りデートを!?」
「……そうではなく」
一度セーフハウスに帰る。人間界で暮らす用のキャンプセットというやつがあり、快適とは言い難いが生活には困らない──はずなのだが。
「……?」
シャワーから水が出ない。色々いじってみたが、直らないなこれは。
「──仕方ないな」
まあ、いい理由にはなるだろう。
「お風呂貸すのは良いけど……そういえばユキってどこに住んでるの?」
「人間界滞在用のキャンプセットがある。人間の言葉で言うなら……野宿になるな」
「野宿!?」
人間界で住居を手に入れるには天界の機関にて人間界の戸籍を調達してもらう必要があるので、一時滞在するだけならキャンプセットを使うか、人間界のお金を貰って宿泊施設を利用するかになる。
元々移住する気のフユは戸籍を持っているが、それ以外の天使は基本持っていない。とはいえ、シミュレーション世界でのチカやラクは初日からアキの家に転がり込んでいたな。人間界的には不法滞在なのだろうか。
余談だが、天界では「人間界の宿泊施設には悪魔が棲んでいる」という噂が流れている。言葉通りの意味で堕落してしまうのだろうか?
「しばらく僕の家に泊まる?」
「……いいのか?」
「部屋空いてるし、ユキなら大丈夫かなって」
「ありがたいな。よろしく頼む、アキ」
こうして。私はアキの家に転がり込んだ。
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