第18話 あまにがな来訪者

 休日の公園は、穏やかな風と揺れる木漏れ日に包まれていた。まるで平穏そのものといった雰囲気と自然の匂いに、心が洗われるような気分になる。

 僕たちはチカの「ピクニックしようよ~!」という提案に乗り、この広い公園に来ていた。だだっ広い芝生の一角にレジャーシートを敷くと、食べるものがいつものお菓子であったとしても、なんだか非日常感を感じて心地よい。

「おにぎりもあるよぉ~」

 ラクがランチボックスを取り出す。海苔が巻かれた小ぶりなおにぎりだ。

「私はね~、サンドイッチ作ってきた~!」

 チカもランチボックスを取り出す。小さめのサンドイッチが綺麗に並んで入っていた。

 お弁当を広げる二人を見ながら、二人の変化について考える。天界を追放されて、二人が「もっと感情を知りたい」と言ってから、だいぶ感情豊かになってきたんじゃないか?

 ふとフユを見る。そういえば、フユはなんで感情に満ちあふれてるんだろう。

「わたし? ……手作りメニューを期待してたら申し訳ないけど、お菓子しか持ってきてないよ?」

 ……感情って、なんなんだろう。


 おしゃべりをしながらご飯を食べる三人を尻目に、寝転がって空を眺める。

 背中で揺れる羽根に目を瞑れば、普通の女の子三人って感じだ。会ったばかりのフユみたく羽根を隠さなくても、羽根に気づかれないのなら、人間界で生きていくのに何も問題ないのだろう。

 ラクの魔導具は相手が天使だと知ってたりする人間にはあんまり効かないみたいだけど、そうでない人には眼の前で空を飛んでいても気付かれないらしい。天界を追放されても魔導具は使えるらしいし、ありがたいなぁ。

 仮に何の対策もなく羽根を出したり飛んでたりしたら大騒ぎになるんだろうけど。そう考えながら、高空よりこちらに向かってくる天使を眺める。

 ……天使?

「えっ、あれ誰!?」

 僕が驚いて声を上げると、三人も上を向いた。

 最初に「えーっ、ユキ!?」と反応したのはフユだった。「ユキちゃんじゃ~ん、ピクニックに混ざりたいのかな~?」とチカが軽い反応をする。

「友達なの?」

「ユキちゃんはねぇ~、天界でフユちゃんと仲が良かった子だよぉ~」

「そうなんだ……どんな子?」

「クールだけど、フユちゃんのことが大好きな子だよぉ~」

 フユの口から聞いたことはない。まあ、フユのことが好きなら悪い天使ではないだろう。なんてたって、フユは可愛いからな。


「……フユ」

「久しぶり、ユキ」

「久しぶりって、あのなぁ……」

 薄氷でできているかのような羽根と茜色の髪の天使、ユキは降りてきてそうそう頭を抱えていた。フユに振り回されていた姿が見えるようだ。しかし、ユキの眼光が鋭くなる。

「……フユ、いつまでこんな腑抜けた生活を続けているつもりだ?」

 フユはどこ吹く風な様子である。

「天界に居た頃の、言の葉で天を切り裂くようだったフユは何処へ行ったんだ?」

「今はなまくらみたいに言ってくれるねぇ。こっちは突然天界に拉致られたり追放されたりした身だというのに……」

 やれやれといった顔で返すフユ。ユキの様子を見るに、天界でもこうやってフユと話していたのだろうか。

「それは……まあいい、私から事情を話せば情状酌量が認められるかもしれないだろう」

「認められたとしても、別に天界に帰る用事はないよ? 天界にはお菓子があんまりないからね」

 のらりくらりと話し続けるフユと、歯痒そうなユキ。二人のやり取りを聞きながら、ラクに話しかける。

「天界でも二人はこうだったの?」

「そうだよぉ~。ユキちゃんはフユちゃんに強く言い返せないねぇ~」

 なるほど、フユは天界でもあんなんだったのか。

「キラキラを感じるね~!」

 チカは「キラキラ」という言葉を好意や愛情の隠喩だと思っていないだろうか? 確かに間違ってはないと思うけど、なんか引っかかるような……。

「そうだ~! フユちゃん、ユキちゃんとデートしてきなよ~!」

「「で、デート!?」」

 二人の声が重なる。仲良いなぁ。

「……アキ、どう思う?」

「見せてやりなよ、堕天使となったフユのかっこいいところを」

 割とてきとうなことを言ったけど、フユは納得したような顔になる。友達は大事にした方がいいからね。


 そのままレジャーシートから離れ、ベンチとかがある方へと歩いていくフユとユキ。

 チカが「なんでも見えるくん」でこっそり覗こうとするけど、ラクに「チカちゃん、プライバシーの侵害はだめだよぉ~」と止められる。もしや、最初から覗くつもりで提案したな?

「天界でのフユもあんな感じだったの?」

「そうだよ~。アキくんに夢中なこと以外そのままって感じ~!」

「でも天界ではちょっとつまらなさそうにしてたねぇ~。今は幸せそうで、人間界に来て良かったねぇって思うよぉ~」

 なるほど、ほぼほぼ想像通りのようだ。あとは、フユのことが好きだったらしいユキにも話を聞いてみたいものなのだが……。



 私とフユは、他の三人から離れて公園のベンチに座っていた。

「……ユキさあ」

「なんだ?」

「わたしを天界に引き戻したの、ユキでしょ。目が覚めたら檻の中でびっくりしたんだよ?」

「……」

 図星であった。自ら天界を出奔したフユから人間界の感情を抜くため、罪人でもないのに「感情の質量の罪」の牢獄を使わせてもらうよう頼んだのも、他三人と同じ布団で寝ているフユを連れ去り密かに天界まで連れてきたのも私だ。

 ……その目論見は、牢獄の破壊でフユたちが天界を追放されたことにより完全に失敗してしまったのだが。

「にひひ、正解みたいだね。みんなには内緒にしといたげる」

 やはり、フユに隠し事はできなさそうだ。

「どうして、人間界へ行こうと?」

「天界ってね、つまんないんだよ。みんな感情が薄くて、天使同士で話し合ってもわかりきった答えしか返ってこないんだもん。知ってる? 何日か前にチカにクッキーの食べ過ぎを注意したら、嫌われちゃった~って言いながら家出しちゃったんだよ?」

「……それは楽しいのか?」

「楽しいよ、わからないだらけの中でもわかることを大切にして生きてくのは。口に入れないとお菓子の味はわからないけど、大体の味を想像してお菓子を選ぶのと一緒だよ」

「そうか……」

 天界に戻って来るつもりはなさそうだ。昔からだが、フユは頑固だ。

「それはそうと、ユキも大概じゃない?」

「私がか?」

「だってそうでしょ、勝手に出てったわたしを天界に連れ帰りたいーって思って色々やってるんだから。天界の天使の中でも上澄みだよ」

 ……そう言われるのはなんだか嬉しい、けれど。

「なら……なんで私に何も言わず行ってしまったんだ?」

 一番聞きたくて、でも一番答えを聞きたくない問い。それを問われたフユは、別に悩むでもなく答える。

「だって、あの時のユキに言ったら絶対引き止めてくるじゃん」

「それは……」

「わたしは知らないものが見たくて人間界に来た。チカは人間界でのわたしとアキを覗き見して、自分の中の気持ちが何なのか知りたくなって人間界に来た。ラクは……よく知らないけど、まあ行きたいと思ったから来たんだよ」

 フユはそう言って、私を指差す。

「……そして、今のユキはわたしを天界に連れ戻したくて来てる。わたしたち、割と似た者同士なんだよ?」

「そうかもしれない、が……」

「一緒に人間界で仲良くしよう、って話なら歓迎だよ? あ、でも恋人にはなってあげられないけどね、にひひ」

「……あのアキという人間か」

 フユは天界より人間界を選んだ、それは納得できる。でも、私よりアキという人間を選んだことについては納得ができない。

「アキはね、面白いんだよ? 人間なのに、天界の天使みたいに一人でぼーっと空を見てて、でもわたしの早口で小難しい話にも付いて来て、全部聞いたうえで自分なりの答えをくれるんだ。……なにより、ちゃんと自分の言葉で『好き』って伝えてくれたからね」

「……そうか」

 やっぱり、フユには、何も隠せない。



「チカちゃん、サンドイッチ美味しいよぉ~」

「よかった~! ラクちゃんのおにぎりも美味しいよ~!」

 チカちゃんが笑ってくれる。わたしはふと、チカちゃんが人間界へ行った日のことを思い出した。

 魔導具でフユちゃんとアキちゃんを覗き見して、今と同じ笑顔で「気になるから人間界行ってくるね~!」と言って、一人で行っちゃったチカちゃん。その時は追いかけられなかったけど、「次は付いて行く」と決意して、また人間界に降りていくチカちゃんを追いかけることができた。

 甘い匂いが天界まで届いて、なんて変なことを言いながら現れたわたしを見たチカちゃんの笑顔を、昨日の事のように思い出せる。

 あの日、勇気を出せたから、今もチカちゃんと仲良くできているのだろう。

「チカちゃん、ほっぺたにご飯粒が付いてるよぉ~」

 ふわふわでキラキラな毎日。わたしは幸せだよ、チカちゃん。

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